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SIDE ORDERS〜サイドオーダーズ

グラスを傾けつつ嗜みたい、酒香るエッセイにして、ヒトとヒトサラ流のカルチャー・ガイド。ミュージシャンや小説家、BARの店主や映画人。街の粋人たちに「読むヒトサラ」をお願いしました。

 サイドオーダーズ15 / TEXT:YKOYKO(タカハシユキオ) PHOTO:嗜好品LAB / 2015.09.04 はじめてのエッセイ──YKOYKO(タカハシユキオ)

 自分の幼少期に社会現象となったアイテムに、ビックリマンチョコというものがある。親からお小遣いをもらうたびに駄菓子屋へと通い、48ミリ四方のシールを目当てに薄いウエハースに挟まれたチョコレートをかじったという記憶は、今なお鮮明だ。デザインの物語性と、キラシールの希少性。ウィキペディアで調べてみれば、「発売された翌年から毎月の販売数は1300万個にのぼり、出荷金額は1000億円を超えた」とあるから、自分と同じ体験をしてきたという方も多いのではないだろうか。

 話は変わるが自分は音楽が好きである。中1の誕生日に両親に買ってもらったビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(とりわけ終曲の「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」)に衝撃を受けたのをきっかけに、90年代には「渋谷系」にハマった。フリッパーズ・ギターやピチカート・ファイヴの作品、また、彼らの「過去の音楽も現在の音楽も等価に扱う」というスタンスは自分の耳を変え、さまざまな音楽にどっぷりと浸る日々が続いた。
「さまざまな」とは本当にさまざまなわけで、そこにはJ-POPの王道から、アヴァンギャルドなノイズ・ミュージックまでが含まれることとなった。
 しだいに7インチ四方や12インチ四方のアナログ・レコードを集めるようにもなり、昔からモノをコレクトする趣味というのは、基本的に変わっていないことにも気づいた。ビックリマンシールもレコードも、正方形の宝物なのだ。

 30歳を過ぎた自分に転機が訪れたのは、2011年の秋だった。ヒャダインこと前山田健一氏に興味を持ち(奇しくも自分と同い年であり、ピチカート・ファイヴが大好きという共通点もあった)、彼が楽曲提供をしている、ももいろクローバーZのファースト・アルバム『バトル アンド ロマンス』を聴いてみた。その瞬間、アイドルには無関心であった自分の音楽的価値観は脆くも崩れ去り、アルバムを聴き終える頃には完全なモノノフ(※ももいろクローバーZのファンの略称)となっていた。
 メンバー5人のキャラクター、従来のアイドル・ソングの常識を覆す楽曲、シングルのカップリングにも名曲が多く、しかもその楽曲をあえてオリジナル・アルバムに収録しないという手法は、かのレディオヘッドを思わせ、自分はももクロの全音源をコンプリートするべく、会場限定CDなどといったアイテムまでをかたっぱしから掻き集めた。
 チケットが入手できる限り、ライヴにも足繁く通った。まさか30歳を過ぎてペンライトを片手にアイドルを応援している現在の自分を、ロック漬けの日々を送っていた20代の自分が想像できただろうか。

 そんな「ももクロ三昧」な日々を過ごすうち、幼少期の自分と現在の自分を1本の線で繋げるようなニュースが飛び込んできた。ももクロとビックリマンチョコがコラボした、「ももクロマンチョコ」なるものが発売されるというのだ。ビックリマン好き、そしてももクロ好きなら買わないわけにはいかない。

 ビックリマンチョコの販売価格は30円だったと記憶しているが、「ももクロマンチョコ」は倍以上の値段で販売されていた。ウエハースの食感も明らかに違っていて、今のものはピーナッツが入っていないようだ(子どものアレルギーに配慮した結果かもしれない)。しかしそんなことは重要ではない。肝心なのはシールであり、このシールこそが、幼少期の自分と現在の自分、さらには現在の自分と未来の自分までを1本の線で繋げることになった。

 ビックリマン風のかわいいキャラクターになったももクロのメンバーを見た瞬間、妄想は爆発した。
「自分の好きなミュージシャンが、もしビックリマン風にデフォルメされたらどんなイラストになるだろうか」
 そんな思いつきから、アイドルとは対極に位置するノイズ・ミュージシャンたち──灰野敬二さんやメルツバウの秋田昌美さんら世界的才能──を、その音楽に対するリスペクトを込め、イラストにしてみた。
 完成したイラストは、自分でも信じられないほどにポップかつかわいらしく描けていた。すっかり満悦した自分は、そのイラストをTwitterに投稿したところ、瞬く間に拡散され、イラストレーターとしての自分が世間に広まっていったのだ(それまでイラストなど描いたことなどなかったにもかかわらず!)。

 それから2年余り、気がつけば、ビックリマン風にデフォルメされたミュージシャンは100人を超えていた。
 戸川純、江戸アケミ、ジョン・ケージ、ラ・モンテ・ヤング、矢野顕子、大瀧詠一、小沢健二、星野源、ベック、ジェイムス・ブレイク、そしてヒャダイン……。
 以来、雑誌のコラムに取り上げていただいたり、大好きなジム・オルークや、VampilliaやBiSといったアイドルたちの特典グッズとして採用していただいたり、なによりミュージシャン本人のところへシールを届けることができるようになったりと、以前の自分にとっては信じられない奇跡が続発した。今月には初の作品集『ビックリブック』も発行することができた。ビックリマンなど知らないはずのアメリカのロック・バンド、Deerhoofからも連絡があり、友好関係を築くことができた。
 もし自分がももクロのファースト・アルバムに感銘を受けていなかったら、そしてビックリマンにこだわっていなかったら、間違いなくこんな状況にはなっていなかったと思う。「好き」と「好き」を混ぜ合わせた結果、好きなことを職業にできつつあるのだ。

 ところで自分がイラストを描くときは、必ず鉛筆の下描きから始める。お酒が大好きなので、ビールやハイボールを片手に構想を練ることも多い。イラストレーターとしては不真面目なのかもしれないが、ほろ酔い気分のほうが作業がはかどるし、突飛なアイデアが浮かんでくるのだ。
「新作のジャケットに使われたシンボルをデフォルメしてしまおうか、いや、ミュージック・ビデオに登場したあのキャラを入れたほうがいいかも……?」
 そんなふうに飲みながら試行錯誤するのが、なにより楽しい。現実を忘れ、空想の世界に入り込むことができるのだ。

 そして、自分が空想の世界に入り込むとき、いつも心に鳴り響く曲がある。
 それは、やけのはらの「BLOW IN THE WIND」という曲。そして、「ムッシュ」ことかまやつひろしの「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」という曲。
「BLOW IN THE WIND」には、ゆったりと切ないグルーヴにのせて、「普通じゃないものに今でも夢中さ」というフックが登場する。
 また、「ゴロワーズ~」には、さらに決定的な一節が歌われている。

君はたとえそれがすごく小さな事でも
何かに凝ったり狂ったりしたことがあるかい
たとえばそれがミック・ジャガーでもアンティックの時計でも
どこかの安いバーボンのウイスキーでも
そうさなにかに凝らなくてはダメだ
狂ったように凝れば凝るほど
君はひとりの人間としてしあわせな道を
歩いているだろう

 僕は今日も夢中でイラストを描いている。

SIDE ORDERS :
・やけのはら『SUNNY NEW LIFE』(2013)
・かまやつひろし『あゝ、我が良き友よ』(1975)
・YKOYKO(タカハシユキオ)『ビックリブック』(2015)

YKOYKO(タカハシユキオ)
Yukio Takahashi

1981年静岡生まれ。イラストレーター。2013年末からミュージシャンを愛らしくデフォルメしたキャラクター・イラストを制作。twitterを中心に絶大な支持を集め、数多くのイラストを手がけるようになる。2014年よりUstreamで音楽プログラム「YKOYKOTV」を企画。2015年、初の作品集『ビックリブック』を発売。ykoyko.tumblr.com

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