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SIDE ORDERS〜サイドオーダーズ

グラスを傾けつつ嗜みたい、酒香るエッセイにして、ヒトとヒトサラ流のカルチャー・ガイド。ミュージシャンや小説家、BARの店主や映画人。街の粋人たちに「読むヒトサラ」をお願いしました。

サイドオーダーズ16 / TEXT:百々和宏 PHOTO:嗜好品LAB / 2015.09.30 三つ子の魂・酒場デスティニー──百々和宏

 ワタシは昭和47年、福岡市南区にある酒屋の長男坊として生まれました。
 終戦後満州から引き揚げて来た祖父がこの地で酒屋経営を始め、祖父の死後は父親が継いだんですが、この店が木造トタン屋根のオンボロ建物で、小学校の友達から「お化け屋敷」と名付けられる程で。
 店舗と住居は繋がってて、平屋ながら敷地は広かったので友達とよく家の中でかくれんぼして遊びました。
 7、8段まで積み上げられたビールケースの上に隠れようとワタシがよじ登っててビールケースタワーを倒し、ビール瓶50本割って大目玉を喰らったり。
 その時全身に浴びたビールはやけにほろ苦かった。
 そんな我が家に関する忘れられない記憶。
 小学6年の頃、保健室を掃除していてゴミ箱の中に「マル秘」のハンコが押された地図コピーを見つけます。
 それは校区内の地図で、幾つかの場所に印とコメントが書き加えられてて、なぜか我が家にもチェックが付いてる。
 コメントにはこう記されてました。

「酔っ払いが沢山」

 これ、校区内のデンジャーゾーンを洗い出して明記したマップだったんです。
 有刺鉄線が張り巡らされた竹やぶ、アダルトグッズ販売中心の怪しいレンタルビデオ屋、町の不良がたむろするゲームセンター、そんな危険地帯の一つとして我が家も有害認定されていたのです。
 その時のワタシの気持ちを言い表すのは困難ですが、太陽に届けとのびのびすくすく育ってきた若木が突如暗闇へ向け幹も枝もねじ曲がってイビツな造形になっちゃうような、そんなインパクトのある出来事でした。
 思えばあれがアウトサイダーを自覚した最初の出来事だったのかもしれません。
 ただそれはそれで、まさに今執筆しているこのエッセイへと繋がってると考えたら悪くないのかもしれません。

 ワタシの実家、「百々酒店」は店の半分が立ち飲みスペースとなっている角打(カクウチ)酒屋。
 当時、コップ摺り切りの二級酒が150円、ツマミはチーズや味海苔が50円。今で言うところのせんべろ酒場ですね。
 カウンターに客が6人も並べばダークダックス状態。
 常連さんは近所の印刷工場の従業員や大工さん、年中赤ら顔のご隠居さんなどブルーカラーな方々で、スーツ姿の客は見かけた事がありません。
 というか、イチゲンさんなど間違っても入ってこない店だったので10数名の常連さんが店を回してたというのが正確なトコロ。
 この常連さんがまさしくアウトサイダー揃いでして。
 血気盛んな職人さんが多かったモンで、酔っ払うとすぐ近所迷惑を顧みず大声で怒鳴り合いを始めます。
 父親が喧嘩の仲裁に入ったり、お客を羽交い締めにして外へ連れ出す姿を何度も見ました。
 お客用のトイレは一応あったんですが、離れた場所にあったので皆さん面倒臭がって外で立ち小便してしまいます。
 それでお隣アパートの壁や近隣のブロック塀には全て「立ち小便するな!」ってスプレーででっかく殴り書きされてました。
 コレ、言っときますが戦後の闇市の話じゃなくて昭和60年かそこら、そろそろバブルがやってくる時代の話ですからね。デンジャーゾーン指定も納得です。
 そう、ある時ウチに泥棒が入りまして。盗まれたのがヘネシーやオールドパーなど高級酒ばかり狙い撃ちで、他に荒らされた形跡が無い事から父親は「勝手知ったる客の誰かの仕業だ」と憤っておりました。
 その後警察が家にやってきた記憶もないので、多分事件にしなかったんでしょう。
 もしかすると父親には犯人の目星が付いてたのかもしれません。
 昭和の終わり頃のちょっとイイ話、という事にしておきます。

 ワタシはミュージシャンです。バンドをやっているので年がら年中いろんな土地でライブをやります。
 ツアー中のお楽しみは全国の酒場巡り。ネオン街をパトロールしてゴールドラッシュの山師よろしく、嗅覚を頼りにお宝酒場を探します。
 近年はインターネットでいくらでも情報収集できますし、お店チョイスもスマートフォンに頼りがち。
 それでもパトロール中「むむ!これは!」てな店を見つけると飛び込みで暖簾をくぐります。
 ポイントは外観に刻まれた年輪、お店全体から漂う猥雑な空気感。
 暖簾の向こう、カウンターにキャップを被ったオッサンが数人座っていればゴーサインが出ます。
「三つ子の魂百まで」という言葉が当てはまるのか分かりませんが、結局ワタシが生まれ育ったあの頃の我が家の雰囲気を探してしまうのです。
 で、そんなこんなのトライ&エラーを活字にしたためたのが先日刊行された稚書『泥酔ジャーナル3』。
 スペースの都合、詳細は控えるので是非手にとって頂きたいんですが(←ステマ)、今回も老舗有名店、ハイクオリティ酒場に混ざってワタシの独断と偏見でセレクトした「一芸入試的」名(迷)酒場をたくさん載せてます。
 ただこういうお店は大概店主の老い先が短かったり、営業意欲が幾分欠如してたりするのでいつ閉店してしまうか知れません。
 実際10年前に1冊目の単行本を刊行したのち、重版が決まった際に掲載店舗の営業確認を取ったら4軒潰れてました。たったの1年半で。
「いつまでも、あると思うなバンドと迷酒場」
 ちなみに百々酒店はワタシが16歳の時に建て替えてコンビニになり、その12年後に潰れました。
 
 先日『泥酔ジャーナル3』刊行イベントを開催しました。
 その中のワンコーナーで掲載店舗店主からのお祝いコメント動画を流すってのをやったんですが、中でも広島の横川にあるお好み焼き屋「文ちゃん」のコメントが秀逸で。
 文ちゃんは86歳で、補聴器&ヅラ着用で、いつも昼間っからビール飲みつつお好み焼きを焼いてんですが、友人に頼んでコメント録りに行ってもらったら、文ちゃんは慌てふためいたそうなのです。

「いやいや、そりゃ親切に本まで送ってもろうたけどのぉ」

 完成した単行本はちゃんと郵送されておりました。

「茶封筒に入っとったけど、字が小さいで読めんでのぉ」

 何か言い訳が続きます。

「裏見たら1800円って書いてあったもんでビックリして(そこは読めたんですね)、古本屋持ってこうとしたけど新品やしの、アタシゃもう先も短いんでこれ以上モノ増やしたく無いし、ウチに置いとってもアレやから今朝のゴミで……お願いやから内緒にしとっての! 絶対お兄ちゃんに言わんといての!」

 友人はこのやりとりをちゃっかり隠し撮りしてくれてたので、そのままイベントで流しました。もちろんウケました。
 ワタシはこれからもそんなステキな店主に出会うべく暖簾をくぐり続けます。

SIDE ORDERS :
・『泥酔ジャーナル』(2007)
・『泥酔ジャーナル2』(2011)
・『泥酔ジャーナル3』(2015)

百々和宏Kazuhiro Momoi
1972年福岡生まれ。97年福岡で結成した真正ロックバンド、MO'SOME TONEBENDERのギター/ボーカル。2015年4月に〈地獄盤〉こと『Rise from HELL』を、8月には〈天国盤〉こと『Ride into HEAVEN』をリリースした。ソロとしては、2012年から2枚のアルバムをリリースし、バンド〈百々和宏とテープエコーズ〉や弾き語りで不定期にライブを行うほか、yukihiro(L'Arc-en-Ciel)、345(凛として時雨)と結成したバンド、geek sleep sheepのボーカル/ギターとしても活動中。また、酒呑みエッセイ&全国名酒場ガイド『泥酔ジャーナル』の著者でもあり、2015年8月には「泥酔ジャーナル3」を刊行。momokazuhiro.com

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