現地に赴きその興奮を丸ごと持ち帰る中東料理研究家、
サラーム海上の超本格テマヒマ料理教室!
たまの休日を潰してでも挑戦してみたい、
エキゾな舌の半日紀行。鼻を殴るスパイスが、
キッチン発のショート・トリップへといざないます!
マジカル・スパイシー・ツアー05 / TEXT:サラーム海上 PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:鈴木哲哉 / 2015.08.21 真夏の熱視線!「フィッシュヘッドカレー」
19世紀のエコレシピに挑戦!おかしらは華人の残飯だったのだ。
たまの休日、あえて1日がかりで超ド級の本格エスニック料理をつくるこの連載。第5回目は真夏にふさわしい赤道直下の料理。シンガポールやマレーシアの名物であり、僕の世界一好きなカレーでもある「フィッシュヘッドカレー」をつくろう! しかも鯛の「おかしら」は炎天下の築地市場までわざわざ買いにいったよ~!
まずはフィッシュヘッドカレーの歴史をおさらい。多民族国家のシンガポールには、インド系、とくに南インドのタミル・ナードゥ州やケーララ州からの住民が多い。彼らは19世紀以降、イギリス統治下のシンガポールに仕事を求めて移住してきた民族だ。それまでも魚を常食としてきたケーララ系の住民は、イギリス人や華人が魚の解体後に捨てていたおかしらを使うことで、美味しいカレーをつくり出した。これがフィッシュヘッドカレーの起源である。
その後、この料理の美味しさに気づいた華人やプラナカン系(マレー半島に同化した華人)がそれぞれに、中華風フィッシュヘッドカレー、プラナカン風フィッシュヘッドカレーをつくり出し、このカレーはシンガポールやマレーシアを代表する名物料理のひとつとして広まった。現代ではおかしらの値段も高騰し、専門のレストランで給される高級料理となっている。
シンガポールのインド人街、リトル・インディアには、「Muthu's」や「Apollo Leaf」というフィッシュヘッドカレーの銘店が並んでいる。両店とも2000年頃までは冷房もなく、窓も開けっぱなしの、いかにも南インドの大衆レストラン風情だったのだが、シンガポールの経済成長とともにリニューアル。現在では冷房を完備し、無意味なほどにお洒落な造りに改装された。最後に訪れたのは2008年なので、しばらく経ってしまったが、しかしそれでも僕は「Muthu's」のフィッシュヘッドカレーこそが世界一美味しいカレーなのではないかと秘かに思っている。
今日はそんなフィッシュヘッドカレーを再現してみよう!
鯛の耳元に「ビスミッラー……」そんな感傷を打ち砕く匠の技!
鯛のおかしらはどの魚屋でも事前に注文しておけば取り寄せてもらえるのだが、今回はあえて築地市場まで出向こう! 築地市場はあと1年ほどで移転してしまうのだから、これが最後の取材になるかもしれない……と感傷的になってはみたものの、この日の気温は35度と暴力的。本当に足を運ぶ理由があるのか? 近場で済ませたほうが無難じゃないのか?……という後悔の念が頭をよぎる。
築地本願寺で編集者と待ち合わせ、外国人観光客の行列でフィーバーしている寿司屋の前を抜け、パタパタ(電動ターレット・トラックを意味する築地の業界用語)がせわしく行き交う場内水産部に足を踏み入れると、すぐにお目当ての鯛専門店が見つかった。
「何をお探しで!」
といなせなアニキ。生け簀の前にはぶ厚い木のまな板と包丁が並び、まな板は真ん中がグリっとすり減っている。ここで何万尾、何十万尾の鯛がさばかれてきたのだろうか。
「鯛のおかしらをふたつください」
「なんだ、おかしらだけ!?」
と言いながらも、気のいいアニキは水槽の中から長さ35cmほどの大物をつかみ揚げ、こちらに見せてくれた。おお、なんと活きのいい! 身体全体がオレンジ色に輝いていて、美しい~!
「お兄さん、これでいい?」
「もちろんです!」
の声と同時に、アニキは包丁の背で鯛の頭をガツンと叩き、気絶させてから、エラのうしろにガリっと包丁を入れた。その瞬間、鯛の目がオレを見たような……(南無~! ゴメンなさい~! 美味しく食べるから許して~!)。イスラーム教徒向けのハラル・ミートの精肉工場では、屠殺する牛の耳元に「ビスミッラー(神の名において)」というアッラーの言葉を唱え続けるアルバイトがあると聞く。オレもこの鯛に「ビスミッラー」と唱えるべきだったのだろうか……そんな感傷にひたる自分の目を覚ますかのように、アニキは鯛の尾びれから背骨に針金をブスっと突き通し、一瞬で血抜きまでを済ませてしまった。その素早さったら、まさに匠の伎! いいものが見れました! 築地市場まできた甲斐がありました!
「おいくらですか?」
「ああ、おかしらだけなら持ってっていいから!」
というわけで、お金も受け取ってもらえず、さばいたばかりのおかしらふたつをいただいてしまいました~。ありがとうございます!(編注:誰もがもらえるわけではありません。また、取材/撮影には事前交渉が必要です)
築地の次はミャンマーへ。まだまだ続く灼熱地獄!
素晴らしいおかしらを入手したので、今度はスパイスを求めて高田馬場のミャンマー食材店をめざそう。連載第1回目にも訪れた新大久保のハラルフード店でもよかったのだが、高田馬場の駅前に、ワンフロアすべてにミャンマー人経営のお店が入った雑居ビルがあると聞き、行ってみたくなったのだ。
築地から日比谷線と東西線を乗り継ぎ東京を横断、高田馬場に到着。JR山の手線のガード下の信号を渡った目の前に、件のビルがあった。店舗の名前が書かれたプレートを見ると、8階には確かにミャンマー文字ばかりが並んでいる。エレベーターに乗り、マンションの一室を改装したお店に入ると、築地市場に続いて、ここも冷房が効いていない! しかも、店内に並ぶ食材はハラルフード店に足繁く通っている僕でも初めて見るものばかりで、目がチカチカとする。干し魚に干し海老、筍の水煮、丸っこいミャンマー文字が並ぶ、ケバケバしい緑色の袋。ミッ◯ーマウスをそのままパクったこれは即席麺かな? ふ~、今回は取り急ぎ、今日の料理に重要な役割を果たすタマリンドとバスマティ米だけを買って退散することにしよう。
しかし灼熱地獄は経堂に着いても続いていた。実は我が家のダイニング・キッチンにも冷房がないのだ!(ときにイベントなども開催する34畳の空間には業務用220ボルトのエアコンがついていたが、これが月間数万円の金食い虫! すぐさま契約を止めてもらったのであった……)こんな日に超ド級エスニック料理なんてひどすぎる! それならば、と、ここで男のチカラ技、圧力鍋を使って時短クッキングといこう! 「この連載で時短って、本末転倒じゃない?」なんてことは言わないの~! 築地まで出向いておいて鯛のおかしらだけを入手するという心意気(無駄?)こそが、俺たちのマジカル・スパイシー・ツアー! それに、圧力鍋を使うには大きな利点があるのだ。それは追い追いわかるとして、まずはご飯を炊こう。
バスマティ米は軽く洗い、1.5倍の水、月桂樹の葉、粒胡椒、少々の塩を混ぜ、これも圧力鍋で一気に炊いてしまう。
次は今日の料理でもっとも手間がかかる作業、鯛のおかしらの下処理だ。金属製のウロコ取りで、ガリガリガリガリ……とおかしらの表面を丁寧にこすっていく。鯛は魚の王様と呼ばれるが、ウロコの多さも王様クラス。額や頬、胸びれの裏側など、こすってもこすっても桜色のウロコが飛び散り続ける。しかしここで手を抜いてはいけない! ただでさえ骨が多い鯛にウロコまでが残っていると、安心してカレーの汁を楽しめなくなってしまうのだ。ガリガリガリガリガリガリガリガリ……と地道にこすり続け、おかしらふたつに30分もかかってしまった!
続いては、おかしらから臭みを抜く作業。ターメリック・パウダーと塩をこすりつけて、しばらく放置だ。
その間に、タマリンドをぬるま湯に漬ける。15分ほど経ったら、指先で果汁をしぼり出そう。ここにも種や薄皮が多く、果汁だけをきれいにしぼるのは難儀である。タマリンドは梅干しで代用できるのだが、梅干しを絞るほうがよっぽどラクかもしれない。
おかしらの下準備は続く。大鍋に湯を沸かし、そこにおかしらを入れて、湯通しする。5秒経ったらざるに揚げ、流水で洗い流そう。これで魚の生臭さはほとんど消えた。
炒めに45分、加圧に1分。これが男の時短料理。
ここまで丁寧に下ごしらえを済ませたら、カレーの必需品であるおろしにんにく、おろししょうが、玉ねぎのみじん切り、湯むきしたトマトのみじん切りを用意。今日はすべてフード・プロセッサーでガーっとつくってしまおう、ガーっとね。あとは順番に炒めるだけだ。
鍋にサラダ油を熱し、マスタード・シードがハジけたら、にんにく、しょうが、玉ねぎ、青唐辛子、カレーリーフを加え、玉ねぎが濃褐色になるまで根気よく炒めていく。いくら暑くても玉ねぎを炒めまくるのはカレーの基本。よそ見をしているとすぐに焦げてしまうが、弱火にすると1時間以上はかかる。ここはあえて強火にして、焦げそうになったら、分量外の水をまめに足しながら炒めるのが早道だ。それでも濃褐色になるまで火の前に立ちっぱなし。アヂい~! 額にアイスノンを巻きつけてでもやりとげるしかない!
45分後、手塩にかけた玉ねぎは、しっかりと濃褐色になった。ここで火を止め、パウダー・スパイスをすべて投入! さらにトマト、トマト・ペースト、タマリンドのしぼり汁、お湯を加え、弱火で10分間煮こむ。塩で味を整えたら、ケーララ風カレー・ベースの完成だ。最後に鯛のおかしら、そしてオクラなどの具材を投入し、圧力鍋のふたを「ガチャ!」っと閉める。おかしらよ、次にオレに会うときは、立派なフィッシュヘッドカレーへと生まれ変わっていてくれ。
圧力鍋の重しがカンカンと揺れ始め、「プシュー!」と蒸気が吹き出したら、タイマーをセットだ。オレの圧力鍋は最高2.5気圧の超高性能! 加圧時間はたったの1分! あとはひたすら自然減圧を待つばかり。
減圧を待っている間にサイド・ディッシュをつくろう。夏らしくトマトときゅうりと玉ねぎとひよこ豆のマサラ・サラダだ。食べやすい大きさに切った野菜にインドのサラダ&フルーツ用調味料「チャート・マサラ」をかけるだけ。この調味料の成分は、ドライマンゴー・パウダー、クミン・パウダー、アサフォエティダ(セリ科の多年草の根茎から採れる樹液を粉末にしたもの)、塩、胡椒、唐辛子など。インド人は生のフルーツやフルーツをしぼったジュース、スナック菓子など、なんにでもこれを振りかける。ドライマンゴーの酸っぱさ、硫黄に似たアサフォエティダの香り、唐辛子の辛さが特徴で、フィッシュヘッドカレーのつけあわせにもピッタリのサラダができた。
おかしらの骨と、オレの指。フィッシュヘッドは手食で攻めろ!
圧力鍋の重りが下がったら、恐るおそるふたを開けよう。ブシュー~! 鍋の中にたまっていた湯気がモンワ~と広がり、おお、食欲をそそるスパイスの刺激に海の香りが加わった、名状しがたい芳香が鼻孔を攻撃してくる! 中を覗くと、鯛のおかしらにしっかり火が通り、身はホロホロ。にもかかわらず鯛の身がまったく煮崩れていない! これぞ圧力鍋マジック! 加熱時間が圧倒的に短縮されたおかげで、魚も美しい姿のままなのだ。どうよ? 圧力鍋を持ってない人も、これだけで1台買う価値あり~!
しかし、まだ完成ではない。最後の最後に「テンパリング」という作業があるのだ。別の鍋にサラダ油を熱し、鷹の爪の輪切り、みじん切りの玉ねぎ、カイエンヌ・ペッパーを加え、油に香りと辛みを移してゆく。そして、玉ねぎがキツネ色になったら、カレーの鍋に油を「ジャッ」と注ぎ込むのだ。これでさらに味の深みが増した。
大きなどんぶりにおかしらを盛りつけ、香菜を散らしたら、ついに完成だ! 大きな眼孔の中から、白い目玉がこちらを恨めしそうに睨んでいる! うひゃあ、これはうまそう!
思い起こせばここまでの道のりは長かった。早朝に起き、築地市場に出かけ、高田馬場を経由して経堂に戻り、灼熱のキッチンでひたすらおかしらのウロコをこそげ落とし、玉ねぎを炒めた。あまりの暑さに、すべてを投げ出してしまおうと思った瞬間が何度あっただろうか。オレの脳裏にさまざまな思い出が走馬燈のように過ぎ去っていく。目頭が熱いのは男の超ド級料理を作り上げた感動のせいか、それとも唐辛子を切った手で汗をふいたせいだろうか? いや、余計な考えは頭から閉め出して、今はただ、フィッシュヘッドカレーに喰らいつくのみ!
カレーのソースを口に含むと、これは美味い! 美味すぎる! 炒めた野菜とスパイスの複雑な味わい、タマリンドの酸っぱさ、鯛の出汁が三位一体となって、舌をまろやかに刺激する。バスマティ米との相性も最高だ。思わずスプーン……ではなく、右手がおかしらに伸びる! 骨の多いこの料理には、手食が最適なのだ。鯛の身に指を突っ込み、骨を残らず取りだしてから、ご飯と混ぜ合わせる。そして、そのまま人差し指と中指の先に適量をのせ、親指で弾くように口に入れる。日本では食べ物をお皿の上で混ぜ合わせるのはマナー違反だが、本場ではそれが基本。そして、よく混ぜ合わせたカレーはスプーンではなく、指で食べるほうが美味さが倍増する。食の伝統にはやはりそれなりの意味があるのだ。
今回の結論、「フィッシュヘッドカレーは指で食べろ!」
フィッシュヘッドカレー(6人前)
材料
鯛のおかしら:2尾
ターメリック・パウダー:小さじ1
塩:小さじ1
タマリンド:45g(200ccのぬるま湯に漬け、果汁を絞りだす)
サラダ油:100cc
マスタード・シード:大さじ1
にんにく:6かけ(すりおろす)
しょうが:30g(すりおろす)
玉ねぎ:中2個(粗みじん切り)
青唐辛子:12本(5mmの輪切り)
カレーリーフ:10枚
トマト:3個(皮を湯むきして粗みじん切り)
お湯:1.5リットル
トマト・ペースト:大さじ1
塩:大さじ1
オクラ:2袋(へたを取っておく)
黄パプリカ:2個(へたと種を取り8~12個の縦割に)
香菜:1束(粗みじん切り)
パウダー・スパイス
ターメリック・パウダー:小さじ1と1/2
カイエン・ペッパー:小さじ1と1/2
パプリカ・パウダー:大さじ2
クミン・パウダー:小さじ1と1/2
フェヌグリーク・パウダー:小さじ1と1/2
コリアンダー・パウダー:大さじ3
テンパリング用
サラダ油:50cc
鷹の爪:輪切り小さじ2
玉ねぎ:大さじ3(みじん切り)
カイエンヌ・ペッパー:小さじ1
つくり方
1)鯛のおかしらは丁寧にウロコを落としてから、塩とターメリック・パウダーを表面や内側にこすりつけておく。
2)タマリンドを200ccのぬるま湯に漬け、指先で果汁をしぼり出し、種や薄皮を取り除く。
3)大鍋にお湯を沸かし(分量外)、沸騰したら、1のお頭を入れる。5秒経ったら取り出し、ざるに上げて流水で洗い、臭みを取る。
4)大きめの圧力鍋にサラダ油を熱し、マスタード・シードを入れ、バチバチとはじけたら、すりおろしたにんにくとしょうがを加え、香りが出るまで炒める。
5)玉ねぎ、青唐辛子、カレーリーフを入れ、玉ねぎを焦がさないようにときどき水(分量外)を足しながら、濃褐色になるまで根気よく炒める。
6)45分ほど炒めて、玉ねぎが濃褐色になったら、いったん火を止めて、すべてのパウダー・スパイスを入れ、よく混ぜ合わせる。
7)ふたたび火を点け、ざく切りのトマトを入れ、トマトが溶けてきたら、タマリンドのしぼり汁、ぬるま湯、トマト・ペーストを加え、10分煮たら、塩で調味する。
8)3のおかしら、オクラ、黄パプリカを入れ、圧力鍋のふたをして加熱する。
9)圧力鍋の重りが勢いよく動き出したら1分加圧し、火を止める。
10)自然減圧したら、圧力鍋のふたを外す。
11)小さな鍋にサラダ油を熱し、鷹の爪の輪切り、みじん切りの玉ねぎ、カイエンヌ・ペッパーを加える。玉ねぎがキツネ色に焦げ出したら、火を止めて、10の鍋に回しかける。
12)大きな皿におかしらを中心に彩りよく盛りつけ、みじん切りの香菜を散らしてできあがり。炊いたバスマティ米にかけていただく。
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