現地に赴きその興奮を丸ごと持ち帰る中東料理研究家、
サラーム海上の超本格テマヒマ料理教室!
たまの休日を潰してでも挑戦してみたい、
エキゾな舌の半日紀行。鼻を殴るスパイスが、
キッチン発のショート・トリップへといざないます!
マジカル・スパイシー・ツアー04 / TEXT:サラーム海上 PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:鈴木哲哉 / 2015.05.26 25ミリの決死圏!「マントゥ」
スプーン1杯に40個?マントゥこそは究極のミニマル料理!




たまの休日、労を厭わず超ド級の本格エスニック料理をつくるこの連載。第4回目は猛烈に手間のかかるトルコ料理「マントゥ」に挑もう!
マントゥという言葉の響きから、日本や中国の「饅頭(まんじゅう)」とのつながりを感じ取った人、あなたは正しい! 小麦粉を練った生地を蒸かしてつくった饅頭(や包子)は、中国から西へ西へと、ウイグル、チベット、ウズベキスタン、パキスタン、カザフスタン、アフガニスタン、トゥルクメニスタン、アゼルバイジャン、アルメニア、トルコにまで広まった。チベットでは「モモ」と呼ばれるが、そのほかの地域ではマントゥ、またはマンティと呼ばれ、軽食として人々に愛されている。
それぞれの地域で大きさや形状、中に詰める具の種類や調理法は異なるが、基本的には小麦粉を薄く延ばした生地に挽き肉や野菜を包み、蒸したり、茹でたり、揚げたりしたものである。日本での饅頭はといえばあんこの入った和菓子を指すぐらいなので、その定義はあまりにも広い。小籠包のような中華料理を、マントゥの親玉だと捉えても間違いではないだろう。
ウイグルやパキスタンのマントゥは日本の餃子の形状(長さ10センチ程度)、カザフスタンでは中華肉まんの形状(直径7センチ程度)が一般的らしい。だが、トルコのものは極端に小さいのが特徴だ。アナトリア半島の田舎では、小さければ小さなものをつくれる女性ほど料理上手とされ、尊敬される。中でも観光名所カッパドキアに近い内陸の町カイセリは「マントゥの町」として知られ、スプーン1杯で40個がすくえるほど小さくつくるのが理想とされる。どれだけ小さいんだ! さすがにそのサイズは無理だとしても、スプーン1杯に20個ぐらいを目標につくってみようじゃないか!
といっても、ひとりで生地を延ばし、切り分け、包み、すべての作業を行うには無理がある。以前、自宅でマントゥをつくった際は、4人ぶんをつくるのに4人がかりで3時間以上かかった。トルコでもマントゥづくりは村の女性たちが1ヶ所に集まって共同で行うのが基本だ。そこで今回は僕の「ワールドミュージック講座」の受講生の女性と、僕の中東料理イベント「出張メイハネ」の常連の男性に手伝いにきてもらうことにした。集合は3時。窓の外はまだまだ明るい。
我は数字の奴隷なり。まるで「サラーム設計事務所」
では料理のスタートだ。まず最初は小麦粉と卵、ぬるま湯をこねて生地をつくるところから始めよう。ここは自動パン焼き機の生地こねコースに任せてしまうことにする。最初から手を抜いていいのかって? なにを言うか! この先に待ち受けている苦労を知ったら、そんな戯言は吐けなくなるぜ!
パン焼き機が生地をこねている間に、マントゥに詰める具をつくる。玉ねぎとパセリはフードプロセッサーですりおろし、いったんざるに移し、水分をしっかり切ってから、ふたたびプロセッサーに戻し、ラムの挽き肉としっかり練り合わせる。味つけは塩胡椒だけで十分だ。これで具は完成。




パン焼き機の中で、生地が耳たぶほどの固さになったら、取り出して、作業がしやすい量に分けておこう。僕は半分=約265グラムずつに分け、ひとつは乾かないようジップロックに入れておいた。
生地は手の平で丸い形状にしてから、たっぷり打ち粉をふった打ち台に置き、めん棒で力を入れて延ばす。長方形の打ち台の形に合わせるように、まめに回転させながら四角く薄く延ばしていく。強力粉の弾力のある生地を1ミリの厚さにまでまんべんなく延ばすのは全身を使う重労働だ。




しかし、もっと大変なのはその次の工程。延ばした生地をきれいな正方形に切り分けていく作業である。トルコのおばちゃんたちは慣れたもので、目見当でささっとナイフを入れていくが、僕はそうはいかない。生地にきっちりと定規をあてて、3センチごとにナイフの先で印をつけていく。縦方向、横方向にしっかり印をつけ終えたら、ナイフを定規に当ててスーっと切っていく。余った切り端を落とし、横15列、縦12段、計180個の3センチ角マントゥ生地が切り出せた。ふ~、この作業はドっと疲れた~! 中腰なので背中にも負担がかかるし、柔らかな生地から正確な正方形を切り出すのは意外と神経をすり減らすんだ。しかし、ここを手を抜かずに進めれば、仕上がりがずいぶん違ってくるぞ!




いつになったら終わるのか。「包み」は無風のトランス体験
午後5時、ここまでは手持ちぶさたで、僕が四苦八苦しているさまをスマホで撮影していたヘルプのふたりだが、ここから先は君たちにかかっている。生地に具を詰めてもらいましょう! 生地に耳かき1杯ほどの具をのせ、四辺を軽く水で湿らせくっつけていく。対角線どうしをくっつけてチューリップのつぼみのようにつくってもいいし、隣の角どうしをくっつけて巾着状にしてもよいが、後者のほうがソースがたっぷり絡むし食感もよいようだ。イスタンブルではイタリアのトルテッリーニ状に丸めた指輪のようなマントゥも食べたことがあるから、要は茹でたときに中の具が飛び出さないようにしっかりと生地で包み込めばよいということ。ふたりは初めての作業に試行錯誤しながらも、少しずつコツをつかみ、ちびちびと作業を進めていった。



その間に僕は残り半分の生地の切り出しだ。今度はさらに小さく、2.5センチ角の正方形に切っていくことにする。生地を丁寧に薄く延ばし、2.5…5…7.5…10…12.5……15……17.5と数えながらナイフの先で印をつけていく。マジで腰は痛いし、目は疲れるし、生地の上に汗を垂らしたらイヤだし、もう発狂寸前! ウォ~、オレはこういう作業嫌いなんだよ! 文句を言いながらも、今度は横16列、縦19段、計324個の2.5cm角マントゥ生地の切り出しを完了! 早くビールが飲みたい!



すでに午後7時、外は真っ暗になっていた。ヘルプのふたりを見ると、包み始めから2時間が経つのに、まだ最初の180個が終わっていない。すまん、ふたりでは人手が足りなかったようだ。僕も作業に加わるべきだが、その前に、2種類のソースをつくっておこう。ヨーグルトソースは水を切ったプレーンヨーグルトにすり下ろしたにんにくと塩少々を混ぜるだけ。もうひとつのバタートマトソースは100グラムのバターを鍋で溶かし、トマトペースト、乾燥スペアミント、プル・ビベール(トルコの赤唐辛子粉)を混ぜ合わせたもの。

さて、残りは2.5センチ角の小さなマントゥを詰めるだけだ。いつまでも減らない具を前にしたヘルプの泣き言「残りはハンバーグにしましょうよ~」を受け流しつつ、3人がかりでラストスパートするものの、すでに作業開始から6時間が経過。すべての具を詰め終えたのは午後9時だった。大変お疲れさまでした!


苦労が胃袋に落ちてゆく、諸行無常の5分間
あとは詰め終えたマントゥを茹でるだけ。ひとつかみの塩を入れた水を火にかけ、沸騰したら、マントゥをドボドボと落としていく。最初は3センチ角から茹でていこう。1分ほど茹でると、それまで沈んでいたマントゥがいっせいに浮かび上がってくる。浮かんだマントゥをすくって小鉢に入れ、その上にヨーグルトソース、バタートマトソースをかければできあがり!




今回のサイドディッシュはマントゥの白に対して、赤と緑のコントラストがド派手なサラダを2品。まずはビーツ、赤玉ねぎ、アボカド、カイワレ、バジルのサラダ。オーブンで1時間焼いて室温に戻したビーツを薄切りにして、やはり薄切りの赤玉ねぎとともに、バルサミコ酢、塩、胡椒、オリーブオイルで和えておく。アボカドは半分に割り、種を取り、3ミリの薄切りにして、お皿のまんなかに円形の土手をつくるように並べる。アボカドのまわりにはカイワレとバジルを散らし、そこにレモン汁とオリーブオイルをかけておく。最後にお皿の中央に真っ赤に染まった玉ねぎとビーツを配置すればできあがり。こちらはイスラエルの料理。

もうひと皿はスイカとトルコ産白チーズを小さなサイコロ切りにして、スペアミントの葉を散らしたサラダ。スイカ独特の青臭さがミントで消え、甘みだけが白チーズの塩っ気で強調される。フルーツのみずみずしさとミルキーなチーズの対比もたまらない。こちらはトルコやイスラエルの夏の定番。


では、いただきま~す! サラダで食欲を刺激しつつ、マントゥも熱々のうちにいってみよう。スプーンでひと山すくって、口に放り込め! うん! これは美味い! 口の中でいくつものマントゥがムニュムニュと存在を主張し、皮を噛み切るとラムの肉汁がジュワっと飛び出してくる! ヨーグルトの酸っぱさとまろやかさに、バターとトマトペーストの濃厚な味、スパイシーな赤唐辛子粉と乾燥ミントが混じりあう。これは手間ひまかけただけはある。いくらでもおかわりできちゃう!
2.5センチ角のマントゥで数えたら、こちらはスプーン1杯に18個を乗せることができた。カイセリの40個には敵わないが、まずは及第点じゃないだろうか。それに小さければ小さいほど、やはり食感がよいのだ! だが、つくるのは6時間以上もかかったのに、食べ終わるのはほんの一瞬、あっというまのできごと。まさに諸行無常!


マントゥ、これまでの連載中、もっとも時間も手間もかかり、疲労困憊した料理だったが、それでもこの食感、味は、ほかの何物にも代えがたい。またすぐにでも食べたいし、つくりたい。次回はさらに小さな2センチ角に挑戦してみる?
マントゥ(5人前)
材料

生地用
強力粉:240g/薄力粉:120g/卵:1個/塩:小さじ1/ぬるま湯:130ml
具用
羊または牛挽き肉:200g/玉ねぎ:小1個(すりおろし、ざるに入れ、水分をよく切る)/パセリ:2枝(みじん切り)/塩:小さじ1/胡椒:小さじ1/2
ヨーグルトソース用
ヨーグルト:450g/にんにく:ひとかけ(すりおろす)/塩:小さじ1
バタートマトソース用
バター:120g/乾燥スペアミント:大さじ2/プル・ビベール:大さじ2(韓国の赤唐辛子粉で代用可)/トマトペースト:大さじ1/水:100ml
薬味用
プル・ビベール:適宜/スペアミント:適宜
つくり方
1)強力粉、薄力粉、卵、塩、ぬるま湯を自動パン焼き機に入れ、ピザ生地コースなどにかけ、耳たぶほどの固さの生地をつくり、30分ほど寝かせておく。
2)キッチンペーパーを敷いたざるにヨーグルトを移し、1時間置き、水分を切っておく。
3)玉ねぎ、パセリをフードプロセッサーにかけてから、ざるに移し、手で絞って水分を抜く。
4)フードプロセッサーに3、挽き肉、塩、胡椒を入れ、しっかり混ぜ合わせる。
5)生地を半分に分け、麺棒で生地を広げ、厚さ1ミリに延ばす。定規をあてて、2~3センチ四方の正方形に切り分ける。
6)切り分けた生地の真ん中に、4を耳かき1杯ほど乗せて、四方の角をつまみ上げ、必要なら水(分量外)をつけて巾着状に包んで閉じる。残りの生地が乾かないように濡れ布巾をかけておく。
7)2をボウルに入れ、おろしにんにくと塩を混ぜ合わせる。
8)フライパンを中火にかけ、バターを溶かし、スペアミント、プル・ビベール、トマトペースト、水を加え、ラー油状のトマトソースをつくる。
9)大きな鍋にひとつかみの塩を加えた2リットルの水(ともに分量外)を沸かし、沸騰したら6を入れ、肉に火が通るまで2分ほど中火で茹で上げる。
10)皿に茹で上がったマントゥと煮汁少々を入れ、7と8をかけてできあがり。お好みでスペアミントとプル・ビベール(ともに分量外)を散らし、よく混ぜ合わせていただく。
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