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サラーム海上のマジカル・スパイシー・ツアー

現地に赴きその興奮を丸ごと持ち帰る中東料理研究家、
サラーム海上の超本格テマヒマ料理教室!
たまの休日を潰してでも挑戦してみたい、
エキゾな舌の半日紀行。鼻を殴るスパイスが、
キッチン発のショート・トリップへといざないます!

マジカル・スパイシー・ツアー02 / TEXT:サラーム海上 PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:鈴木哲哉 / 2014.08.13 内臓覚醒!サラーム流「バークーテー」

 電子レンジや圧力鍋、インスタント食材など、料理も時短がよしとされるこの時代に、あえて各国の伝統的なレシピを使って超ド級のエスニック料理をつくるこの連載。たまの休日だからこそテマヒマを惜しまずに食の旅行を楽しもう!

今回は熱々のスープ料理で日帰りシンガポール! というわけで、まずは三軒茶「誠心堂薬局にて生薬の調達。薬局なのでカルテへの記入が必須。食事の欄で「なんでも食べる「肉類が多いに丸をつけた!
生薬は煮ている間にこぼれ出ないよう出汁袋に。

仕込みスタート! 本場ではつかわないゆで卵をつくる。おでん度アップがサラーム流だ。 せっかくなので大根も! こちらもおでんのネタ状に面取りし、隠し包丁を入れておこう。 干し椎茸もたっぷり使いたい。戻し汁にも旨味がたっぷり。捨てずにいっしょに鍋へ! ここで肉登場! スペアリブを茹でこぼす。フランス語ならブランシールだんべえ~? 流水にさらし、血や汚れをきれいに落とす

猛暑を戦うスープの滋養!

 第2回はシンガポールやマレーシアに暮らす華人の料理「バークーテー」。バークーテーを漢字で書くと「肉骨茶」。随分とグロテスクな文字の並びだが、要は骨つきの豚肉=スペアリブを滋養強壮あふれる漢方の生薬、スパイスなどとともに時間をかけて煮込んだスープである。
 バークーテーはマレー半島がイギリスの植民地だった時代に、中国本土、主に福建省から入植してきた人々が生み出した料理。彼らは港で苦力(クーリー)として働いた。低賃金で重労働だった彼らにとって、安く手に入るのはそぎ落とした後の骨の周りに残った肉だけだったため、それらを用いて滋味あふれる料理が生まれたといわれている。その際に医食同源をめざし、マレー半島の安価な漢方の生薬をたっぷり使い、骨片といっしょに煮こんだ。現在では肉がたっぷりついたスペアリブを用いるが、バークーテーの美味さは肉ではなく、あくまでスープにあるのだ!

 僕はスープや汁物料理が大好きなんだ。おでんやラーメン、豚汁やけんちん汁を食べると、自分が日本人だなあと実感する。体調がいまいちすぐれない時や二日酔いの時、真冬にも、旨味の効いた汁を飲めば大抵の不調は治ってしまう。なので海外に行ってもスープ系の料理を探してしまう。フランスに行ったらなにはなくともポトフやオニオングラタン・スープだし、モロッコでは鶏と野菜のクスクス(おでんのように澄んだ透明のスープなら、なおよし!)、トルコなら羊の胃袋をトロトロになるまで煮こんだイシュケンベ・チョルバス(専門店は環七沿いの豚骨ラーメン屋を思わせる臭いがするため、女性客はゼロ。オヤジしかいない!)、韓国なら干し鱈のスープであるプゴク、そして、シンガポールならバークーテーだ。

 シンガポールといえば、今や東京や北欧の諸都市を抜いて世界一物価の高い町となってしまった。3つの高層ビルの上に船型の建造物が浮かぶ高級ホテルや、映画「アバター」の惑星から抜け出てきたような蛍光イルミネーションに飾られた熱帯植物園、名産の果物ドリアンを模した形状のコンサート・ホールなど、バブル時代の東京でもつくれなかった驚くべき21世紀のモニュメントばかりが目立っているが、全国民がそうした近未来的な環境で生活をしているわけではない。
 赤道直下の40度近い気温と熱帯雨林性の高湿度の中、庶民はフードコートやホーカーズと呼ばれる簡素な屋台街で、中国各地由来の料理やそのご当地発展版であるニョニャ料理、マレー料理、インド料理などをファストフードよろしく、急いでかっこんでいるのだ。バークーテーは国民の30%を占める華人の大好物である。豚肉料理のため、イスラーム教徒のマレー人やヒンドゥー教徒のインド人は食べない。

 シンガポールのチャンギ空港からほど近い、かつての女郎街ゲイランにあるバークーテーの専門店に行くと、白のランニングにステテコ姿の華人のオッサンたちが朝から土鍋でグツグツと煮んだ熱々のバークーテーをフーフーいいながら食らっている。朝でも30度を超えるシンガポールで、こんな身体が熱くなる料理を大汗かきつつ食べてどうするんだ?と思うが、アジア一のマネー・センターで働く企業戦士たちのギラギラのパワーはバークーテーからきているのかもしれない。「失われた20年」を生きる我々日本人もバークーテーを食らい、学ぶべきモノがあるはずだ!
 幸い、日本の夏は高温高湿度でシンガポールにそっくり。バークーテーを再現するにはバッチリ。以前、8月にシンガポールを訪れた際は、モンスーンの影響で意外と涼しく、かえって東京に戻ってからのほうが暑苦しかったくらいの覚えがある。

いざ、煮込みスタート! ①水、にんにく、スパイス、生薬を鍋に入れ、火にかける。
②沸騰してきたよ~。キッチンを満たす生薬の香り。長ねぎは肉の臭みを取ってくれる。
③スペアリブを投下! これがトロッと柔らかくなり、骨もスルッと抜けてしまうのだから火の力は偉大だ。
④続いてさきほどの大根、干し椎茸をドカドカ投入! すでに鍋は満員御礼だが……
⑤さらにゆで卵まで入れる。これでもかとパンパンに膨れあがった男の料理。これでイイのだ!

「熟地黄」…読めない食材に燃え上がる料理魂!

 一般にバークーテーは、白いスープのシンガポール系と黒いスープのマレー系の大きく2種類に分けられる。シンガポール系は潮州起源といわれ、しょう油をほとんど用いずに澄んだ透明なスープが特徴。スープの味は肉の出汁と胡椒とにんにくが中心で、具材はスペアリブのみで非常にシンプル。それに対して、マレー系は福建起源といわれ、中華醤油や漢方生薬の熟地黄(じゅくじおう)などを使った醤油ラーメンのスープのような黒いスープが特徴だ。そして、スペアリブのほか、干し椎茸、湯葉、レタス、厚揚げ、油条(中華揚げパン)などの具が入ることも多い。スパイスには胡椒、にんにく、八角、シナモン、クローブ、カルダモンなどが双方の基本だが、前述の熟地黄、玉竹(ぎょくちく)、党参(とうじん)、川弓(せんきゅう)、甘草(かんぞう)、枸杞(くこ)の実、棗(なつめ)の実など、一般的には音読すら難しい漢方生薬が加わると、いっそう複雑な味となる。

煮込み待ちにもうヒトサラ。①マレーシア通の友人からの土産、濃厚・特大干し海老をもどす。
②赤唐辛子とオイスターソース、砂糖をペーストに。マレーふうの調味料をつくってみた。
③そのペーストと干し海老、にんにく、を使って空心菜を炒める! 強火のスピード勝負!
テーブル・セッティングを開始。右下に見切れた顔面コースターはデリーの「Purple Jungle」土産!

卵と大根で我が道をゆく!

 しかしせっかくつくるなら、シンガポール系でもマレー系でもなく、サラーム流だ! 本場の味から少々離れてしまおうが、おでんのようにゆで卵や大根までいっしょに煮こんでしまう。せっかくのスープの旨味を単に飲んで味わうだけでなく、たくさんの素材にからめて、100%引き出したいのだ! もちろん漢方生薬も使いたい。幸いいきつけの漢方薬局もある!
 かくして手に入れたのは熟地黄、党参、川弓、当帰、枸杞の実! それぞれの薬効を述べておこう。熟地黄には滋陰作用や補血作用、党参には血圧降下作用、疲労や食欲回復作用、川弓には鎮静作用、降圧作用、血管拡張作用、枸杞の実には血圧や血糖値を抑える作用、抗脂肪肝作用があるらしい。これでオレもこの夏を乗り越えられる!
 そして、この連載の常として、できるかぎりの手間を惜しまない! 圧力鍋を使えばスペアリブを5分~15分加圧するだけでホロホロに煮上がるのだが、否! あえてふつうの鍋を使い、トロトロの弱火で煮こみ、まめにアクを取り続けることでスープを透明に仕上げようではないか! と偉そうに言ってはみたものの、つくるのはきわめて簡単。ただ時間をかけて煮こむだけ。
 ひとつだけ注意事項。スペアリブの臭みを取るために、いったんたっぷりのお湯を沸かし、スペアリブを湯通しし、さらに冷水で洗い流すのは忘れるなよ。さらなる手間を惜しまないなら、前日から少々の塩を肉に揉み込んでおくのもよいだろう。そこまで用意したならば、あとは干し椎茸、ゆで卵と大根、すべてのスパイスとともに2時間半以上煮こむだけだ。枸杞の実は煮すぎると破裂してしまうので、2時間経ってから鍋に加えよう。

さらにもうヒトサラ。①ちりめんじゃこと松の実を電子レンジでチンして、ゴマ油を和えておく。
②それをたっぷりの香菜といっしょに冷や奴+プチトマトにのせる。これもビールがグイグイすすむ!

 煮こんでいる間は手が空くので、ビールなぞ飲みながら、ほかの料理をつくっておこう。栄養のバランスを考えるなら、空心菜と干し海老炒めはいかが? プチトマトと香菜とじゃこと松の実をのせた冷や奴もビールがすすむんだ! バークーテーはご飯にぶっかけて食べるのも美味しいから、白米を炊くのも忘れずに。

そうこうするうちに完成に近づくバークーテー。①2時間煮こんだら、枸杞(くこ)の実を加える。
②さらに30分煮込み、スペアリブが骨から外れるようになったら、レタスと乾燥湯葉を加える。
③完成! バークーテーはご飯にかけて食べる。よく言えば、お茶漬け、悪く言えば「ねこまんま」!
これがサラーム流バークーテー定食! 肉には刻み生姜と赤唐辛子の輪切りを入れた中華醤油がぴったり!

 さて、煮こむこと2時間半、地道にアクをすくったので、スープは透明だ。黒いのはしょう油の色ではなく、熟字黄の色。塩としょう油は控えめに、上品に薄口に仕上げよう。バックパッカー時代にインドネシアで買った味王(←うま味調味料)ブランドのお椀に移し替え、最後にレタスと乾燥湯葉に軽く火を通し、いただきま~す!
 ふ~、アツアツ、ハフハフ! 肉は柔らかいし、スープは基本的に薄味ながらも、漢方が効いて、複雑な味わい! そして、その旨味が染みた大根や椎茸も最高! あっというまに1杯を平らげてしまい、2杯目に突入! あれ、オレったら日頃の暑さにバテ気味で、先ほどまで食欲なかったはずなのに! これぞ生薬効果か?!  生薬と肉と大汗の先にぼんやりと浮かぶ、熱帯の涅槃浄土! ぜひお試しを!

暑くても、食べるたびに食欲が戻ってくるのがバークーテー! 2杯目にして肉も2本!
パンクなエプロンはロンドンのコベントガーデンで購入。Anarchy in the U.Kitchen!
肉をあらかた食べきってしまい、骨までしゃぶるサラーム47歳! 背後には腹の出た肉友が!

サラーム流バークーテー(6人前)

材料

具材
スペアリブ:1kg/大根:500g:おでんネタのように厚さ3センチの輪切りにし、面取りをして、隠し包丁を入れておく/卵:6個/にんにく:2塊:皮をむかずまるごと/生姜:20g/長ネギ:1本/水:3リットル/乾燥しいたけ:10枚:少量のぬるま湯(分量外)に15分漬け、もどしてから、柄は切っておく/乾燥湯葉:食べやすい大きさに割いておく/レタス:2分の1個:食べやすい大きさに割いておく

スパイス/生薬
白こしょう:20粒/シナモン・スティック:1本/八角:2個/クローブ:3粒/カルダモン:3粒/枸杞(くこ)の実:20g
(以下は省略可、お好みで)熟地黄(じゅくじおう):10g/党参(とうじん):20g/川弓(せんきょう):5g/当帰(とうき):20g/棗(なつめ)の実:2個

調味料
中華醤油:小さじ1(日本の醤油でも代用可)/オイスターソース:小さじ1/日本酒、または紹興酒:大さじ2/塩:適宜

つけだれ用
中華醤油:少々(日本の醤油でも代用可)/赤唐辛子:少々:1ミリの輪切り/生姜:ひとかけ:千切り

つくり方

1)鍋に卵を入れ、水(分量外)を張り、沸騰させ、10分茹でる。卵を取り出し、殻をむいておく。

2)寸胴鍋に湯を沸かし(分量外)、沸騰したらスペアリブを入れ、3分間、茹でこぼす。肉を冷水にさらし、脂分や固まった血液などを洗い落とす。使用した鍋はよく洗っておく。

3)寸胴鍋に3リットルの水を入れ、にんにく(皮をむかず塊のまま)、生姜、長ネギを入れ、火にかける。白こしょう、シナモン、八角、クローブ、カルダモンは大きめの出汁袋に詰め、生薬はべつの出汁袋に詰めて、鍋に入れる。

4)沸騰したら2のスペアリブ、大根、1のゆで卵を入れ、弱火で2時間、丁寧にアクを取りながら、時々水を足し(分量外)ながら煮る。

5)長ネギを捨て、枸杞(くこ)の実を加え、醤油、オイスターソース、日本酒または紹興酒、塩で調味し、さらに30分、弱火で煮込む。

6)肉が骨から簡単に外れるほど煮えたら、レタスと乾燥湯葉を加え、湯葉がもどったらできあがり。

7)醤油を小皿に用意し、輪切りの赤唐辛子と千切りの生姜を足し、肉につけていただく。

サラーム海上Salam Unagami
1967年群馬県生まれ。中東料理研究家/音楽ライター/DJ。中東やインドを定期的に旅し、現地の料理や音楽、文化をフィールドワークし続ける。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』(双葉文庫)、『21世紀中東音楽ジャーナル』(アルテスパブリッシング)ほか。朝日カルチャーセンター新宿の講師、NHK FM「音楽遊覧飛行エキゾチッククルーズ」ではナビゲーターを務める。
www.chez-salam.com

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