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サラーム海上のマジカル・スパイシー・ツアー

現地に赴きその興奮を丸ごと持ち帰る中東料理研究家、
サラーム海上の超本格テマヒマ料理教室!
たまの休日を潰してでも挑戦してみたい、
エキゾな舌の半日紀行。鼻を殴るスパイスが、
キッチン発のショート・トリップへといざないます!

マジカル・スパイシー・ツアー01 / 2014.05.16 脳までシビれる「チキン・ビリヤニ」

インド料理店でも「本物」は珍しい

 サラームアリクム! こんにちは。中東料理研究家のサラーム海上です。トルコやモロッコ、レバノンなどの中東諸国やインドに毎年足繁く通って、現地の料理を喰らい、学んできました。
 現地に行ってもタジン鍋の代わりに圧力鍋、蒸し器の代わりに電子レンジ、自家製のミックス・スパイスの代わりにインスタント食材が普及しているのが西暦2014年の世界。どこの国でも都会人はビジネスに忙しく、時間が足りないのだから仕方ない。しかし、この連載ではあえて各国の伝統的なレシピを使って超ド級のエスニック料理をつくることにした!
たまの休日だからこそ手間ひまを惜しまず、脳味噌と舌に旅行をさせようじゃないか!

新大久保駅徒歩1分、行きつけのハラルフード・ショップ「THE JANNAT HALAL FOOD」。

 記念すべき第1回は「チキン・ビリヤニ」。ビリヤニとはインドやパキスタンでつくられるスパイシーな炊き込みご飯料理。日本ではまだまだ馴染みが薄いが、チキンやマトンの旨味がスパイスの香りや辛さとともに長粒米のバスマティ米に染みこんだビリヤニは、中世ペルシャを起源に持ち、ムガル帝国の宮廷でスパイスを取り入れて発展した高級料理なのだ。
 そんな高級料理なら、なぜ日本のインド料理レストランで目にしないのかって? それは複雑で手間のかかりすぎる調理法のためである。スパイスとともに半茹でにしたバスマティ米と、マサラでマリネした肉を別々に用意し、大きな鍋にレイヤーに重ね、小麦粉のパン生地でふたを密閉し、もう一度炊きあげるのだ。お昼どきに注文してもできあがる頃には夕食の時間になっている。インドやパキスタンに行っても本物のビリヤニは専門店や専門屋台でしか食べられない。

バスマティ米を「半炊き」に

ビリヤニ用のミックス・スパイスも売っている。

 そんな味を日本で再現するために欠かせないのは、ハラルフード・ショップ。イスラム教徒のためのこの食材店は、東京なら新大久保や池袋、上野に多く、インターネット・ショップも存在する。お店に一歩足を踏み入れると、スパイスが混ざった香りがプーンと鼻を刺激する。ありとあらゆるスパイスから、丸ごと一羽の鶏や骨つきの山羊肉、中東食材の乾燥豆や練り胡麻ペーストまで、エスニック料理好きにはパラダイスの品揃え。ここで鶏一羽、バスマティ米、ギー、各種スパイスを買い込んだ。

 自宅に帰り、最初の仕事は鶏をさばき、部位ごとに切り分け、皮をはぐこと。インドや中東では鶏の皮は食べないのだ。ホールスパイスをにんにく、しょうが、青唐辛子、香菜とともに擦り潰し、パウダー・スパイスやヨーグルト、レモン汁などと混ぜ合わせ、マサラの素をつくり、さばいた鶏肉に塗り込んで、冷蔵庫で最低3時間はマリネする。

スパイスやにんにく、青唐辛子、ヨーグルトなどを混ぜ合わせたマサラの素。
マサラの素を鶏肉に塗り込む。前日からひと晩漬け込めばさらに味が染みこむ。

 バスマティ米は洗い、1時間浸水しておく。続いて、玉ねぎの薄切りをたっぷりの油で飴色になるまで揚げ煮にして、油を切っておく。

バスマティ米は水で洗い、1時間浸水しておく。
フライド・オニオンはビリヤニに香ばしい風味と甘みを与えてくれる。

 ここでしばらく待ち時間。待つのも料理のうちだが、インド気分を盛り下げないように故ラヴィ・シャンカルのシタール演奏を10枚組CDで流しておく。体力があり余っているなら、強力粉を水で溶いて、なべのふたを密閉するためのパン生地を練っておこう。

BGMは故ラヴィ・シャンカルのシタール演奏10枚組CD、シビれます!
半炊きにしたバスマティ米。カルダモンの甘い香りと塩味が決め手。

 さて、大きな寸胴鍋にたっぷりの湯を沸かし、ホール・スパイスとたっぷりの塩を加え、沸騰したら、浸水しておいたバスマティ米を入れる。3分ほど茹でたら、ひと粒、口に入れてみよう。スパイスの香りと塩味がしっかりついていて、芯が半分残った半炊きになっていればOK。ざるに広げ、水分を飛ばしておこう。

パン生地の隙間から香りの蒸気!

鍋に鶏肉を敷き詰め、半茹でのバスマティ米(半量)を重ねる。

 大きな厚鍋の底にマリネした鶏肉を押しつけながら敷き詰める。そこに半茹でのバスマティ米を半量入れ、フライド・オニオンを半量散らし、室温に戻したギーをたらりとかけておく。さらに、その上に残りのバスマティ米をのせ、ふたたびフライド・オニオン、ギーを散らし、サフラン・ミルクを回しかける。サフランは世界でもっとも高価なスパイス。スパイス王国のインドでも1gで500円以上もする。そのため庶民派の店ではビリヤニにサフランを使わない。しかし、本物のサフランは香りがまったく違うのだ! ここはせっかくの休日料理! この際、ケチらずにたっぷり使うべきだ!

フライド・オニオンとギーを散らす。
そこに残りのバスマティ米を重ねる。
さらにフライド・オニオンと香菜を散らし、サフランを沸騰させた牛乳に溶かしたサフラン・ミルクを回しかける。
鍋はパン生地で密閉し、フライパンの上に重ね置きし、弱火にかける。 火を止め、さらに30分蒸らしてふたを開けたところ。文字にはできない複雑な香り!

 鍋を強火に4分かけてから、いったん火から外し、コンロの上に鍋よりもひと回り大きいフライパンを置き、その上に鍋を重ね置き、今度は弱火にかける。火の熱を遠くから当てるのが焦がさないためのポイントだ。パン生地の隙間からプシューっと香り高い蒸気が吹き出してくる。密閉された鍋の中で、バスマティ米は肉汁やマサラの水分で蒸し炊きとなり、色や香りが絡みついているはずだ。25分炊いたら火を止める。しかし、ここでできあがりではない! 最後に念のため30分蒸すのだ! ラヴィ・シャンカルの10枚組はまだまだ終わらない!
 30分経過したら、パン生地の隙間にナイフを入れよう。ふたの隙間から、肉の焦げすぎた匂いではなく、お米とスパイスの錬金術のような香りの湯気がモワっと広がったら、間違いなく成功だ。しゃもじをなべの側面に沿ってぶっ刺し、底に沈む鶏肉ごとガバっと皿に盛りつけよう。粘り気のある日本米と異なり、バスマティ米はパラパラとお皿の上に散らばる。そして、白い米、マサラで黄色く染まった米、サフランでオレンジに染まった米、と微妙に色合いや味が異なるのがイイのだ。

鍋の中の多層構造が見えますか? 底の鶏肉ごとガバっとお皿に盛りつけよう。
美〜味〜い〜! こう見えてもオレは日本人、お米ならいくらでも食べれるよ!

 さっそくいただきま〜す! スパイスや肉の旨味が密閉された鍋の中で凝縮したご飯料理チキン・ビリヤニをひと口食べれば涅槃の境地?! 夢中でたいらげたあとは、もうインドの夢を見るだけ。サマーディはすぐそこです!

チキン・ビリヤニ(6人前)

材料

鶏のマサラ用
鶏肉一羽:約1.2〜3kg/カルダモン:6粒/ブラックカルダモン:2粒/メース:2片/黒胡椒:20粒/コリアンダーパウダー:大さじ1/クミンパウダー:小さじ1/ターメリックパウダー:小さじ1/カイエンヌペッパー:大さじ1/プレーンヨーグルト:450g/青唐辛子:4本:へたを取りざく切り/香菜:2枝:みじん切り/スペアミントの葉:1パック:みじん切り(なければドライミントまたはパセリで代用)/おろし生姜:大さじ1/おろしにんにく:大さじ1/レモン汁:大さじ2/塩:小さじ1

米の半炊き用
バスマティ米:500g/カルダモン:3粒/ローリエ:1枚/クローブ:4粒/黒胡椒:20粒/シナモンスティック:1本/塩:大さじ2/水2リットル

フライドオニオン用
玉ねぎ:大1個:へたを取り縦1mmの薄切り/サラダ油:50cc

仕上げ用
ギー:大さじ3/サフラン:少々/牛乳:50cc
(鍋ふた生地用)
強力粉:100g/水:適宜

つけ合わせのライタ用
プレーンヨーグルト:300g/胡瓜:1本:皮を剥いて粗みじん切り

つくり方

1)鶏一羽を部位ごとに切り分け、皮をはぐ。所々に味が染みこみやすいように包丁で切れ目を入れておく。

2)鶏のマサラ用の材料のうち、カルダモン、ブラック・カルダモン、メース、黒胡椒をフード・プロセッサーで粉末にし、その他の材料すべてとともにボウルに入れ、混ぜ合わせる。

3)2を1にたっぷり塗りつけて、ボウルごと冷蔵庫に入れ、最低三時間、できれば一夜、マリネする。

4)バスマティ米を水(分量外)で洗い、ボウルに入れ1時間浸水しておく。

5)フライパンにフライドオニオン用のサラダ油を加熱し、玉ねぎの薄切りを加え、焦がさないようにじっくりと炒め、飴色になったら、油を切り、キッチンペーパーなどにあげ、余計な油を切っておく。

6)強力粉を水で溶き、よく練って、生地をつくり、細長いひも状に延ばしておく。

7)寸胴鍋にたっぷりの湯を沸かし、カルダモン、ローリエ、クローブ、黒胡椒、シナモンスティック、塩を加え、沸騰したら、4のバスマティ米を入れる。3分茹で、芯が半分残った状態になったら、ざるに広げ、水分を飛ばす。

8)牛乳を電子レンジなどで温め、サフランを入れ、軽くかき混ぜる。色が溶け出し、牛乳が黄色く染まるまで置いておく。

9)大きな厚鍋の底に3の鶏肉を押しつけながら敷き詰める。そこに半茹でのバスマティ米を半量入れ、平らにし、フライド・オニオンを半量散らし、室温に戻したギーを半量かける。

10)9の上に残りのバスマティ米をのせ、平らにし、残りのフライド・オニオンとギーを散らし、8のサフラン・ミルクを回しかける。

11)なべのふたを裏返しにして、ふちの部分に6のパン生地を貼りつける。生地がふたを一周したら、ふたを鍋にぎゅっと押しつけ、隙間が空かないように生地を延ばしながら鍋を密閉する。

ビリヤニのつけあわせにはヨーグルトと角切りきゅうりのサラダ「ライタ」が基本。混ぜるだけ!

12)11の鍋を強火に4分かけてから、いったん火から外し、コンロの上に鍋よりもひと回り大きいフライパンを置き、その上に11の鍋を重ね置き、弱火で25分蒸し煮する。

13)25分炊いたら火を止め、さらに30分蒸らす。

14)パン生地の隙間にナイフを刺し、ふたを開ければできあがり。お皿に盛りつけ、プレーン・ヨーグルトと粗みじん切りの胡瓜を和えたライタを添えていただく。

サラーム海上Salam Unagami
1967年群馬県生まれ。中東料理研究家/音楽ライター/DJ。中東やインドを定期的に旅し、現地の料理や音楽、文化をフィールドワークし続ける。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』(双葉文庫)、『21世紀中東音楽ジャーナル』(アルテスパブリッシング)ほか。朝日カルチャーセンター新宿の講師、NHK FM「音楽遊覧飛行エキゾチッククルーズ」ではナビゲーターを務める。
www.chez-salam.com

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