Copyright (C) ASAHI GROUP HOLDINGS, LTD. All rights reserved.

SIDE ORDERS〜サイドオーダーズ

グラスを傾けつつ嗜みたい、酒香るエッセイにして、ヒトとヒトサラ流のカルチャー・ガイド。ミュージシャンや小説家、BARの店主や映画人。街の粋人たちに「読むヒトサラ」をお願いしました。

サイドオーダーズ32 / TEXT+PHOTO:伊藤裕香 / 2017.1.31 テキーラ、その誤解と冤罪──伊藤裕香

「ギャップ萌え」とゆう言葉がある。
 いかにもチャラそうな男性が電車の中で熱心に本を読んでいたりとか、ふだんは近寄り難いクールな美女がふいに見せるお茶目な一面、とか──いわゆるそういう意外性に、思わずドキッとしてしまうとゆう類いのもの。

 わたしがテキーラに落ちたきっかけは、まさしくそれだった。

 遡ること8年前。
 当時、会社員として身を粉にして働いていたわたしは、あまりに理不尽でやりきれない仕事上の鬱憤を解消するべく、ひとりで1軒のBARの扉を開けた。

「こんなときはテキーラしかない!」
 強制的にテキーラを飲まされる機会は、それまでにも数え切れないほどあった。クラブや飲み会の席などで「ショット」と呼ばれるやつだ。テキーラとは味わうものに非ず、一気呵成に流し込んで酩酊するための液体であると信じて疑わなかった。
 でも、自主的にテキーラをオーダーしたのは、このときが初めてのこと……。
かくして供された1杯のテキーラ、これがわたしの運命を変えた。

 目の前にグラスが置かれ、まず、びっくりしたのはキンキンに冷えていないこと、そしてお決まりの塩とライムがついてないこと。とはいえ、1杯目をいつも通り一気に飲み干して、さらに驚いた。

「テキーラって、こんなに美味しかったっけ?」
 ほのかに甘くて、爽やかで、香りが良くて……。喉を焼く感覚はあるものの、覚悟していたより格段に飲みやすい。そのイメージとのギャップを確かめるべく、杯を重ねた。今度は、じっくり香りを嗅いでから、少しずつ慎重に味わってみた──やっぱり美味しい。こうして、わたしはこの晩を境にテキーラというお酒にすっかり魅了され、気づけば脱サラしてテキーラBARを開業するまでに至った。人生とは、わからないものである。

 では、そもそも、テキーラとはどんなお酒なのか?

 おそらく頭に浮かぶのは「べらぼうに強い酒」「男性的な荒々しい味」「原料はサボテン」「一気飲みするもの」、こんなところだろう……でも、このすべてがまったくの誤解なのだ。

「強い酒」というのはあながち間違いでもないけれど、テキーラには定められたアルコール度数の制限がある。35%~55%以内に収めなければテキーラの称号は得られない。そして、おおよそのテキーラの度数は40%。ウォッカやラム、ウイスキーなどのほうが、さらに高い度数のものもあるので、テキーラがほかのお酒よりキツイとゆうのは誤解、むしろ極端に強いものは存在しないので、安全ともいえよう。

 原料は「サボテン」ではなく「アガベ(和名:竜舌蘭)」。本稿冒頭の写真を見ていただければわかるよう、人の背丈ほど大きくなる、巨大なアロエのようなビジュアルの植物である。収穫までには7年ほど(!)も育てる必要があり、数百種類存在するアガベのなかでも、テキーラをつくることができるのはたった1種類だけ。良質な糖分を抽出できる「ブルーアガベ(正式名称:アガベ・アスール・テキラーナ・ウェーバー)」と呼ばれるものだ。ヘルシー志向の方ならば「アガベ・シロップ」という言葉に聞き覚えがあるかもしれない。砂糖より甘く、くせがなく、血糖値が上昇しにくいという実に有難い甘味料。これもテキーラと同じ「ブルーアガベ」によってできている。
 さあ、肝心かなめなテキーラの「味」。クセが強くて荒々しい……そんなイメージもまた誤りである。1200種類もあるとされるテキーラは、多種多様なバリエーションがあり、確かに、原料のアガベ由来の青々しい風味や辛味が強いものもあるけれど、近年の傾向としては、甘く、優しく、飲みやすい、極めて女性的な味わいのものが多い。

 あまり知られていないが、テキーラもウイスキーのように樽で熟成を施す酒であり、樽熟成を経たものは、バニラやキャラメル、フルーツのような芳醇な香りを楽しむこともできる。さらに、飲み込んだあとに喉の奥でスッと消えていくさっぱりした飲み口は、ウイスキーやジンに比べるとすごく軽やか。テキーラは、スピリッツの中では、いちばん女性に親しみやすい「女性的な」お酒なのだ。

右からブランコ、レポサド、アネホ。熟成期間が長くなると色と香りが濃くなる。

 飲み方は一気飲み! というのも、今すぐに認識を改めて欲しい、悪しき刷り込み。テキーラはグラスに注いでから5、6分経つと、香りが開く。まさに花のつぼみが開くイメージで、空気に触れることでだんだんと甘い香りが広がってくる。一気に飲んだのでは、そんな奥深さも知ることはできない。味と香りを楽しみながら、ゆっくりと飲むべきお酒なのだ。樽熟成の有無と熟成期間によって「BLANCO(ブランコ)」「REPOSADO(レポサド)」「ANEJO(アネホ)」と呼び名が変わるテキーラは、それぞれに相性のいい食材や料理があり、食中酒として楽しむこともできる。

 また、テキーラはスピリッツの中で唯一、シャンパンやコニャックなどと同様に「原産地呼称」のお酒であるというのも大きな特徴。メキシコのハリスコ州に、テキーラ村というテキーラ発祥の地があり、そこを中心として定められた、ごく限定した地域でしか生産することはできない。ほかにも、2回の蒸留が義務づけられていたり、前述した度数制限があったり、原料のアガベを51%以上使用する決まりがある。添加物や、二日酔いの元凶であるメタノールの含有値にも制限がある。テキーラの生産はCRT(テキーラ規制委員会)という現地の半官半民の機関によって厳しく管理され、その品質が保たれているのだ。

 こうしてキチンとつくられているなかでも、わたしがとりわけ推奨したいのは「100%アガベ」のテキーラ。テキーラは大きく分けると、原料のアガベを100%用いた「100%アガベテキーラ」と、「ミクストテキーラ」といわれる、49%以内に別の材料(サトウキビなど)を加えたものに二分される(見分けるポイントは、ボトルのラベルに「100%DE AGAVE」の文字があるかどうか)。100%アガベのテキーラは、ワインのように、つくられる土地のテロワール(自然環境)も影響するので味わい深く、飲んだ翌日のアルコールの抜け方も感動的に良い。これは、自分の身体で、飲んで感じてもらうよりほかにない。

L.A.のテキーラBAR ジョージ・クルーニーがプロデュースするテキーラ「CASAMIGOS」

 日本では依然として冤罪を被り、嫌われ者なテキーラだが、世界一のテキーラ消費国・アメリカでは、取り巻く環境は180度異なる。100%アガベのテキーラは「プレミアム・テキーラ」として認知され、上等なテキーラをゆっくり楽しめるテキーラBARもふつうに存在する。ジョージ・クルーニーやジャスティン・ティンバーレーク、カルロス・サンタナといったテキーラを愛する有名人が自らオリジナル・ブランドのテキーラをプロデュースしているし(そのどれもが美味しい!)、映画「ソーシャル・ネットワーク」の中でも、成功を祝う酒として上等なプレミアム・テキーラが登場するほど人気者の地位を築いている。ほかのお酒では考えられないような、ユニークでオシャレなボトルデザインも、その一役を担っているかもしれない。骸骨の形、ハイヒールの形、香水の瓶のようにエレガントなもの。テキーラ・ボトルの形は実に自由で百花繚乱、飲む前から眺めるだけでワクワクできる稀有なお酒だ。

 最後に……そこまで言うならテキーラを飲んでみるか! と思ってくださった方へ。
 手っ取り早く、いつものBARで「テキーラをくれ!」というのは少し待って欲しい。残念なことに、そう、本当に残念なことに、巷のBARでは「ギャップ萌え」できるような美味しいテキーラと出会える確率はそう高くはないから。大概が、カクテル・ベースとして冷凍庫に冷やしたミクスト・テキーラしか置いていないことが多いのが現状だ。それがいかに良いBARであったとしても。

 何故か?
 それは、若い頃からお酒に触れる機会が多かったバーテンダーの人たちにこそ、テキーラ嫌いが多いからだと思う。皆、テキーラには苦い思い出があるのだ(勿論、テキーラを理解してくれているバーテンダーもたくさんいらっしゃいます)

 そこで、美味しいテキーラとの安全な出会い方として確実なのは、「TEQUILA BAR」と検索して出てきた店や、テキーラのソムリエ「テキーラ・マエストロ」がいる店を選んで足を運ぶこと。もうひとつは、全国展開している「TEQUILA FESTA」へ参加してみるのもいい。近々では、2017年3月12日(日)に東京・日の出「TABLOID」で開催予定の、アジア最大級のテキーラ・イベントだ。200種類に及ぶテキーラを心ゆくまでテイスティングできるので、バリエーションの豊かさを知るにも、好みの味を探るにもいいチャンスだと思う。

 テキーラとの幸せな出会いが新しい世界を開き、あなたの人生をより豊かなものにしてくれることを心から願ってやまない。

伊藤裕香Yuka Ito
金沢生まれ。東京育ち。出版社在職中に出会ったテキーラに魅了され、2013年「TEQUILA BAR Gatito」(東京・大井町)、2015年「TEQUILA BAR Elote」(沖縄・那覇)をオープン。日本テキーラ協会公認「グラン・マエストロ・デ・テキーラ」取得。「TEQUILA FESTA」運営スタッフ。公私ともにプレミアム・テキーラの普及、広報活動に日々尽力している。ひそかに「温泉ソムリエ」の肩書きも。

前の記事
シガレット&アルコール、ミュージック
──久保憲司
次の記事
酒器?酒器?大好き?
──木村衣有子