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SIDE ORDERS〜サイドオーダーズ

グラスを傾けつつ嗜みたい、酒香るエッセイにして、ヒトとヒトサラ流のカルチャー・ガイド。ミュージシャンや小説家、BARの店主や映画人。街の粋人たちに「読むヒトサラ」をお願いしました。

サイドオーダーズ23 / TEXT:まのとのま PHOTO:嗜好品LAB / 2016.04.38 旅は道連れ 酔うは美酒(さけ)──まのとのま

真野 今回の原稿依頼はわたしたちの結成から海外取材の裏話までをユルユルと「LINE対談」してください、というもので。
乃間 でも、たぶん実際に話したほうが早いし。
真野 だったら飲みたいというのもあって。
乃間 実際にこうして飲んでるわけだけど(笑)、わたしたちのことを知らない人にも伝わるのかな。まず、わたしたちはふたりともイラストレーターで、そこにテキストを加えた〈イラスト紀行本〉というのをたくさん出版していて……というのは最後のプロフィールを見てもらえばいいのか(笑)。
真野 もともとは高校の同級生で、お互い違う美大に進んだんだけど、似たような趣味が高じて大学4年のときにミニコミ誌をつくったのが始まりだよね。
乃間 その旅本を描いてるときに出版社の方の目に留まって、初めて商業誌として出させてもらったのが『無敵の香港』。もう20年近く前のことだね。中国返還前の香港はカオスに満ちててわたしらのハートをわしづかみ! あれ以降、アジア各国を旅した紀行本をシリーズ化していただいて。
真野 アジアの各地で呑んだくれ……。「無敵~」の取材はハード・スケジュールだったんで、取材の合間と1日の終わりの酒がこの上なく美味しかった。その中でも記憶に残ってる1杯ってある?
乃間 う~ん、さっき数えてみたら11ヶ国19都市9島で飲みまくってきたわけで、どこもどの店も甲乙つけがたし!……だいたいが蒸し暑い国だから、ビールが美味いのは当たり前なんだよね。そういえば、バリのウブドゥのパダン料理店「SAMBARINDAH」でビールを頼んだとき、いきなり店の人が外に駆け出していくので驚いてたら、わざわざほかの店でビールを買ってきてくれたんだよね。イスラム教の店だったんで酒を置いてなかったことがあとでわかって、日本人なりに彼らの宗教観を考えさせられたりもして……あれは記憶に残る1杯だったな。申しわけない! でもウマい!って(笑)。
真野 アジアの旅だとビールはメシア様だからね~。同じイスラムでもトルコではあちこちにメイハネ(居酒屋)があって、ラクやワインも人気があったよね。今でも港町のアンタルヤで飲んだ白ワインとミィディエタヴァ(ムール貝のフライ)とか、カッパドキアの岩ワイン(現地の土でつくられた遺跡ボトルに入ったワイン)とテスティケバブ(壺焼きケバブ)なんかは忘れられない味だわ。
乃間 郷に入れば郷の味に従えってね(笑)。その土地の料理と酒は密接な関わりあるから、日本で飲むと「薄っ!」ってなるアジアのビールも現地で飲むとバツグンに美味しいしね。ベトナム・ビールは現地の蟹料理とかに合わせると最高なんだよね。

乃間 あとさ、ホーチミンとハノイでビールの銘柄や好みが違うってのも面白かった。各国の都市でもその図式ってあるんだろうけどね。
真野 うん。お酒ってその土地の食はもちろん、空気とか湿度に合わせてつくられてるんだな~って実感できた。
乃間 土地の酒といえば、シャンパンがシャンパーニュで造られるのと同じで、紹興酒は紹興でつくった酒こそが本物、なんて聞いて、紹興まで行っちゃったこともあったね。魯迅(ろじん)の小説に出てくる老舗酒場「咸享酒店」で安くて旨い紹興酒を飲めたのは幸せだった。日本で口にするものとはだいぶ違って。
真野 茶碗で出てきたよね(笑)。
乃間 あまり甘い酒は好きじゃないんだけど、あの紹興酒は天然の旨味と甘味でついつい碗が進む!って感じだった。
真野 クセのある臭豆腐や茴香豆と合わせたときのマリアージュったら。あぁ……また行きたい。やっぱり食とか飲みの体験って海馬に直結してるのか、時間が経っても鮮やかに思い出せるんだよね。
乃間 その店の匂いとか、客の喧騒までね。だから帰国して原稿描くときは脳内飲食しながら描く(笑)。
真野 あといろんな意味で面白かったのが北京! あそこで飲んだ白酒(バイジウ) は56度。初めて白酒を飲んだ上海ではあまりのホルマリン臭に「うっ!」となったけど、北京の家庭料理の店「劉宅食府」で爆肚(羊の胃の香草辛味和え)といっしょに飲んだときは「神!」と思ったよ。大胆な味覚にはやっぱり白酒! まぁ、あそこは店員も酔っぱらってるという大胆さだったけど。

乃間 これだけどこ行っても飲んでるわたしたちが、唯一何日も断酒せざるをえなかった国がインド。酒税が高くて気軽に飲めない、町であんまり売ってない、宗教上飲まないなどいろいろあって、無敵シリーズ史上最長のノン・アルコールな日々で。
真野 おまけに乃間は熱中症、わたしは腹下しという海外初の病。インドの洗礼ですよ。
乃間 復活したあとのインド・ビールの美味かったこと! まさに聖水の如し!
真野 インドのビール、アルコール度数8%とかあるからね。というか、飲んでないインドの人のほうがテンション高いというのはなんなんだろう。恐るべしよ。
乃間 恐るべしといえば、香港グランドハイアットの「ワンハーバーロード」で頼んだ紹興酒が、ハーフで8000円もして。値段に気づかずガッツリ飲んだ、「あとの祭り」的お勘定は忘れられない……。
真野 一夜にして取材費ふっ飛ぶかと思ったよ。あと、それを言うならトルコの宮廷レストラン「Tuara」で飲んだワインが『100000000TR』(1億トルコリラ)だったときの衝撃! 日本円の感覚で心臓止まるかと思った。
乃間 教訓がまったく活かされてないとこが、まのとのまのよいところよね。
真野 反省点ね(笑)。反省点ならわたしは沖縄ヤンバルの民宿で宿のご主人秘蔵の甕泡盛を飲み干してしまって、翌朝悲しい目をされたことかなぁ。取材旅初の二日酔いになったし……あれはポンコツな相方ですまなかった。
乃間 二日酔いの真野を初めて見たよ。
真野  二日酔い知らずのわたしだけど、そういえば好きなサッカーチームが降格の危機に瀕したときは、悪酔いしたわ~。お寒い試合を観たあとは反省会と称して帰りの居酒屋で無性にシメ鯖とか食べたくなるのよねー。
乃間 なに、自分をシメちゃうわけ?(笑)。
真野 いや、いろんなものを……。

乃間 でも、こうやって逞しく飲み歩いてきたことで、今度は国内の酒場本も出させてもらうことができて。
真野 完全なるシュミ本というか。うれしいやら申し訳ないやら。ふだんは蘊蓄も語れない単なる呑ん兵衛だけど今回は取材だから気も引き締まる!……みたいなことはまったくなくて(笑)、あとで見たらメモがぐちゃぐちゃ。イミフなコメントとか書いてあってマズいなと。あれは国内飲みの気のゆるみだね。
乃間 でも、今までは敷居が高くて入れなかった名酒場にも行くことできて、本当にいい体験と勉強をさせてもらえた。仕事を抜きにしても、お酒って自分の生活の一部じゃない? わたしたちは同じ酒でもどういうシチュエーションで飲むのが美味いのかというのを日々探し求めてるわけで。
真野 酒の探求者か、単なる酔っ払いなのかはビミョーだけど。
乃間 わたしはアウトドアで昼間っから飲むのが好きなんだけどね。紅葉台や景信山、奥高尾の茶屋なんかで、なめこ汁や山菜天ぷらを肴に飲むビールはホント最高! あとは長尾平のホットワイン……、山ならどこでも焼酎のお湯割りで過ごせるけど。
真野 酒飲むために山登ってるだろ(笑)。わたしは平日昼間に近所の多摩川の川の家「たぬきや」で、おでんと生ビーかな~。あそこは一番天国に近い店だと思ってる。最近のお気に入りはキネカ大森で名画座2本立てを観てからの、煮込み酒場「蔦八」。天下一の煮込みと日本酒をチビチビやりながら(グザヴィエ・)ドランを語る至福。全然映画の内容と合ってないけど!(笑)。

乃間 こんな本を描いていると思わぬ出会いもあるよね。『東京無敵の銘酒場』をたまたま見てくれた酒造の方が連絡をくださって、いっしょに飲みに行くようになったり。
真野 今ではわたしたちの心強い酒場指南役! ほかにも地方の居酒屋で、地元の蔵元の方とお隣になって、そのまま酒話に花が咲いたりと、うれしい偶然が結構あるよね。
乃間 それもこれも、酒の神様のお導き!
真野 酒場巡りの楽しさって、美味しい酒と肴はもちろん、人も重要な要素だからね。 銘酒場には飲み方上手な常連あり。
乃間 わたしたちもめざしたい、そんな酒場に似合う酔っ払いに。
真野 んでは、もう1杯頼もうか。
乃間 もちろんおつきあいしますとも!

(2016年春「アサヒスーパードライ 新宿店」にて対談)

SIDE ORDERS :
・『無敵のベトナム』(2003)
・『東京 無敵の名酒場』(2013)
・『東京無敵のビールめぐり』(2014)

まのとのまMANOTONOMA
イラストレーターの真野匡(まの きょう)と乃間修(のま おさむ)のふたり組ユニット。イラストとテキストをシームレスに並走させた〈イラスト紀行本〉の手法を取り、『無敵のバンコク』『無敵の台湾』などアジア各国のパワーあふれるディープな街を巡った〈無敵シリーズ〉13作、『東京B面ぶらぶら散歩』『大阪ベタこて観光』(以上すべてアスペクトより)、『開運!!  京都パワスポ散歩』『開運!!  沖縄パワスポ散歩』などの〈パワスポ散歩シリーズ〉5作(徳間書店)、『東京無敵の銘酒場』『東京無敵のビールめぐり』(河出書房新社)などを多数出版。日々の飲み歩きに余念がない。

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