

サイドオーダーズ21 / TEXT:辻村哲也 PHOTO:嗜好品LAB / 2016.02.29 僕の『付箋レシピ』(出張版)──辻村哲也
好きなことはやり続け、好きだと言い続けてみるものだ。僕の本業はフリーのプロダクト・デザイナーなのだけど、オリジナルの料理のメモ代わりに書いていたブログ「ツジメシ」を、『付箋レシピ』という本として出版することができた。
料理のレシピを1枚のイラスト・メモにしたものをメインに、文章での説明を極力なくし、そのイラスト・メモを「切って貼れる付箋」と称した、ちょっと変則的な料理本である。
この本ではタイの魚醤「ナンプラー」を多用している。Amazonの書評にも「ナンプラーを持っていないと始まらないレシピが沢山です。どのページをめくっても、ナンプラーです」と書かれているくらいである。そこはもう、ナンプラーを買っていただくしかない。

いつ頃からこんなにナンプラーを使うようになったのか、記憶が定かではないのだけど、そもそもは市販の「スープの素」というものの味が好きではなく、いろいろ試していた中で、いつの間にかナンプラーが出汁(だし)として使えるということを発見し、定番化したのだったと思う。「タイ料理屋で出てくる塩っぱくて臭いタレ」を「魚出汁の効いた塩水」と捉えると、ぐっと使うシーンが広がるのだ。特有の魚臭さは一度加熱するとあまり気にならなくなるので、エスニックに限らず和洋中、なににでも使える。ナンプラーの旨味は原材料の魚由来のイノシン酸がメインだと思われるので、グルタミン酸の豊富な醤油やトマトと合わせれば旨味の相乗効果も期待できる。煮物の汁や麺つゆのたぐいの味つけなら「ナンプラー+醤油+甘みに蜂蜜か砂糖かみりん」でほぼ押し通せる。

ナンプラーや最近流行りのパクチーもそうだが、各種発酵食品や内臓肉、苦みや青臭さのある香草、野菜類など、ひとくせある食べ物が好きな人は酒好きの傾向にあると思う。ぼく自身もそのたぐいは大好物だし(勢い余って「くせものやツジメシ」という店を友人のワインBARを借りて不定期開催しているほどだ)、食べるときはお酒抜きというわけにはいかない。いや、どんなときであろうと食事に酒抜きというわけにはいかないのだけど。(前に一度、あー腹減った! ビールビール! と街をさまよったあげくうっかりイスラム系のお店に入ってしまい、席に案内されメニューを見てからアルコール類がないことに気づき、料理は気になりつつもごめんなさいと席を立ち、パキスタン人の店主に悲しい顔で見送られたことがあった)
さて、ではくせのある材料を使った料理にはどんなお酒が合うのだろう。
酒と料理はともに郷土に育まれ時間に鍛えられてきたものなので、伝統的な料理には、まずその土地の酒を合わせるのが無理がない。たとえば「塩辛」など、油脂を使わない魚介類、塩分の強い発酵食品や魚卵などの生臭ものにはなんといっても日本酒だ。
また内臓類を始めとする肉の脂、臭いチーズなどの乳製品にはワインが合う。魚介類もバターやオリーブオイルなど油脂を使えばワインと折り合いをつけやすい(ワインを飲む国でマヨネーズを使う"sushi"が生み出されたことにも納得)。
さらに、取り合わせの法則は「色柄の組み合わせ」を例に考えても理解しやすい。酒と料理、また、料理に使う素材同士にも、うまくいく組み合わせには何通りかのパターンがあるように思う。実際の「付箋レシピ」とともに考えてみよう。
1)無彩色との組み合わせ
さまざまな色と、白黒グレーといった無彩色との組み合わせ。どんな色のシャツでもパンツは黒にしとけば変じゃないよね? というパターン。相手に影響する個性のない無彩色は組む相手を選ばないが特に手を貸すということもなく、1+1は2。
酒でいうと、端麗辛口の日本酒は和食における無彩色で、料理の邪魔をしない。甲類焼酎に至っては無彩色を通り越してもはや透明。いろんな割りものにも順応するし、雑多な居酒屋のつまみを過不足なく受け流す万能選手だ。
麻婆豆腐や麻婆春雨は、麻(マー)と辣(ラー)の強い個性の味つけに、相手の色に染まる豆腐や春雨。これも無彩色との組み合わせと言えるだろう。ナンプラーを使った「ゆずこしょうで麻婆豆腐風」はちょっと変化球だが、これも豆腐の懐の深さあってこその料理だと言える。この場合、和のテイストもあるので、合わせる酒はビール、日本酒、焼酎と、いろいろといけそうだ。

2)同系色の組み合わせ
色なら黄色とオレンジ、ピンクと紫、ベージュと茶色。味や香りなどが近いものや、どこかしら似たところのあるものと組み合わせると、喧嘩しようがないし、似ているけどちょっと違うもの同士がお互いを補い引き立て合う。
あっさりした食べ物にはさっぱりした酒、各種薫製類にはスモーキーなウイスキー、血のしたたるステーキに鉄を含む赤ワイン。ワインの世界では料理の色とワインの色を合わせるなんていうけれど、これも同系色の考え方といえる。
料理でいうと、中華の青臭い野菜の組み合わせの老虎菜(ラオツーファイ)がこの例に当たるだろう。くせのある肉類の間の手にも最適であり、これにはやはりビール、紹興酒、焼酎などが間違いないところ。

3)柄物同士の組み合わせ
花柄に、さらに別の柄を合わせるような主張の強いもののぶつかり合い。喧嘩することもあるが、ときに大化けすることもある。1+1が3や4にもなる、いわゆるマリアージュというやつだ。そこまでいかなくても、うまくいくと面白い組み合わせになる。ホルモン焼きに芋焼酎、揚げものに日本酒の古酒なんかはこのパターンだろうか。
食材なら菜の花とブルーチーズ、レバーとゴーヤーのようのようなくせもの同士の組み合わせ。僕のレシピだと「秋刀魚とゴーヤー苦煮」などがこれに当てはまる。ここに合わせる酒は、しっかりとした純米酒や生酛/山廃系の日本酒や本格焼酎がいいだろう。

いろいろと書いてきたが、結局のところ美味しいと思うかどうかは当人しだい。セオリーはあっても正解はない。たまに失敗することも含め、食材同士や酒との組み合わせをいろいろと試してみるのもまた食の楽しみのひとつだ。自分なりの組み合わせを楽しもう。
(一部のレシピは書きおろしです/書籍『付箋レシピ』には掲載されておりません)
SIDE ORDERS :
・辻村哲也『付箋レシピ デザイナーときどき料理人のスケッチごはん』(2013)
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