

サイドオーダーズ05 / TEXT:飯島直樹 PHOTO:嗜好品LAB / 2014.09.24 サイダーが導くアウトサイダー音楽航路──飯島直樹
輸入レコードのお店を20年も続けていると、世界のいろんな街に知り合いができる。メール(昔はFAX)だけのつき合いもあれば、買いつけに行った先で知り合い、その後も長いつき合いになる友人もいる。中でもイギリスのブリストルには、日本に暮らす誰よりも頻繁に会ったりやり取りする友人たちが、数多く暮らしている。

ブリストルは、ロンドンから急行で2時間弱のところにある、小さな都市。アフリカやジャマイカ、インドやパキスタン、ポーランドにアイルランドなど、世界のいろんな地域の人々が移り住んできた歴史がある港町で、その影響から、音楽を始め豊かな文化が育まれてきた。いわゆる「ブリストル・サウンド」と呼ばれる、レゲエ~ダブ、ヒップホップの影響を受けた、ダウナーでメランコリックな音楽が生まれてきた街として知られるいっぽう、ザ・ポップ・グループやカオスUKといったパンク・バンドが数多く生まれた街でもある。そして、ストリート・アートのパンクス、バンクシーの出身地もブリストル。そんなブリストルでもつくられ、愛されている飲み物のひとつがサイダーだ。
サイダーは、日本では炭酸ジュースと区別するため「シードル」と呼ばれることが多い。Wikipediaによると……
「シードル(仏:cidre、英:cider、西:Sidra、バスク語:Sagardo)またはリンゴ酒とは、林檎を発酵させて造られるアルコール飲料で、発泡性であることも多い。日本の酒税法では発泡性酒類の〈その他の発泡性酒類〉に分類されている。発泡性がある場合が多いが、発泡性でないものは、ワイン同様に日本の酒税法では〈果実酒〉に分類されている」
……とある。ビールより安価なことから、若い労働者たちに飲まれることが多く、結果、パンクスを始め多くのミュージシャンにも愛される飲み物となったのだろう。僕の友人たちは、ナイトクラブに遊びに行く前の景気づけに立ち寄るパブで、レッド・ストライプ(ジャマイカのビール)か、ギネス(アイルランド)、そしてサイダーをひっかけることが多かった。サイダーは飲みやすさの割にアルコール度数がしっかりしているので、慣れないと思わぬペースで酔いがまわることも。日本でサイダーに近い存在はなにか考えてみると、値段と飲みやすさ、酔いやすさからして、ずばり缶チューハイだろう。そしてそれはブリストル・サウンドの創始者のひとりである、スミス&マイティのロブ・スミスの大好物でもある(彼の好みは某ブランドのグレープフルーツ味)。

僕にとってのサイダーは、ブリストルと、フランスのノルマンディだ。パンクなロックンロールを出発点にしたブリストルのバンド、ザ・ムーンフラワーズが、一時期ノルマンディの農場を購入し、メンバー揃って移住していたことがある。リンゴの木を栽培し、10月になると収穫するリンゴでサイダー、そしてそれを蒸留したカルヴァドスを造っていた。いくつもの樽が置かれている、彼らの蔵に入れてもらったことがあるが、あたりに立ちこめる、酸味と甘みが混ざり合った独特な匂いを、今もときどき思い出す。彼らが造るカルヴァドスはアルコールの度数が猛烈に高く、自分たちでも「デンジャドス」と呼び、舐めただけで烈火のような刺激を感じるほどだった。初めての収穫の年には、近所の農家からもカルヴァドスが差し入れられ、それに酔っぱらったバンドのリーダーが、裸にタオル1枚をマントがわりに羽織り、街までバイクで暴走した……という伝説も。ちなみに、1リットルのカルヴァドス(アルコール70%)をつくるには、13リットルのシードル(アルコール5%)が必要で、18kgのりんごを使うのだそうだ。

サイダーを感じる音楽を考えてみる。カオスUKの「Cider I Up Landlord」、ザ・ムーンフラワーズの「Apple Blossom」など、ストレートな内容の曲ももちろんあるが、ここではアルファのアルバム『Come From Heaven』を紹介したい。ブリストル・サウンドの代表格マッシヴ・アタックに見いだされデビューした2人組によるこのアルバムは、60年代のイージー・リスニングに、ヒップホップやレゲエのサウンドシステムの感覚とパンクなマインドを忍ばせたメランコリックな作品。カモメの鳴き声も入るゆったりしたサウンドは、サイダーの泡のようにゆっくりと、そしてゆらゆらと酔わせてくれる。ジャケットのセピア色も、夕景ではなくサイダーの色なのかも……とか。
先に「僕にとっての」と書いてみたものの、こうしてブリストルやノルマンディの繋がりについて考えてみたのは、この文章を依頼されてから。現地での思い出を、サイダーの泡ごしに反芻することで、自分の足跡というものが、よりくっきりと輪郭づけられた気もする。こんなふうにして自分の中の地図が繋がっていくのは、幾つになっても楽しい。そして、「やっぱり間違ってなかった」と、自分の音楽航路に妙に納得したりするのだ。
SIDE ORDERS :
・アルファ『カム・フロム・ヘヴン』(1998)
・ザ・ムーンフラワーズ『カラーズ&サウンズ』(2005)
・スミス&マイティ『ベース・イズ・マターナル』(1995)
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