Copyright (C) ASAHI GROUP HOLDINGS, LTD. All rights reserved.

SIDE ORDERS〜サイドオーダーズ

グラスを傾けつつ嗜みたい、酒香るエッセイにして、ヒトとヒトサラ流のカルチャー・ガイド。ミュージシャンや小説家、BARの店主や映画人。街の粋人たちに「読むヒトサラ」をお願いしました。

サイドオーダーズ03 / TEXT:ちゃんもも◎ PHOTO:嗜好品LAB:石田祐規 / 2014.07.16 わたしとプチ・ニューヨーク──ちゃんもも◎

 六本木のネオンには、匂いがついているとわたしは思う。
 そこに降り立つたびに、初めて飲んだテキーラと、そこらじゅうの男性が身につけていたDIESELの香水の匂いを思い出して、切なさでむせ返りそうになるんだ。

 わたしは高校生の頃から、大人びた友だちがブログにアップする「六本木」に淡い憧れがあった。ましてや六本木での夜遊びなんて……。想像しただけでもドキドキしてしまう田舎暮らしの女子高生には、それがとてもレベルの高い大人の遊びに思えた。もちろん行ったことはないが、聞くところによるとクラブがたくさんあって、芸能人やお金持ちがいっぱいいて、どこを見渡しても輝いている、日本でいちばんゴージャスな場所、みたいに映っていたのです。

 それからしばらくして、だんだんと東京という街にも慣れてきた頃、わたしはついに六本木での「夜遊び」に誘われる。いろいろと規制の厳しくなった今ではなかなかありえないと思うが、前出の、10代から六本木を主な生息地としている女の子からの誘いだった。いわゆる「六本木族」的な人物のお誕生日をクラブでお祝いしてるとかなんとかという理由で誘われたと記憶している。わたしは「もうどうなってもいい!! 今日は憧れの街でキラキラするんだ!!」という意気込みでドレスワンピをヒラヒラさせて、12cmのヒールをコツコツさせて、長い髪はふわふわに巻いて、できる限りの背伸びをして、タクシーに乗り込んだ。六本木にいくのに電車を使うことは、ニューヨーカー気取りの自分ルールでは禁止されていた。

 そういった行動のすべては『SEX and the CITY』(以下SATC)の主人公であるキャリー・ブラッドショーの受け売りだ。というのも、『SATC』や『GOSSIPGIRL』を始めとした煌びやかなニューヨーク、そこでのスキャンダラスな物語に胸をときめかせていたその頃のわたしにとっては、六本木という街のイメージこそが「日本のニューヨーク」。新宿とも渋谷とも違う、あの街のイメージに取り憑かれていたのだ。

 キャリー・ブラッドショーはニューヨークで成功した、ニューヨークという街の魔法にいつまでも染まっているような女の子、という感じのアラフォー女性だ。映画版『SATC』の冒頭では、期待を胸いっぱいに膨らませてニューヨークにやってきた女の子や、「わたしたちを見て!」といわんばかりにコツコツとヒラヒラと歩く若い女の子たちが登場する。
 ニューヨークで輝くことこそが田舎者の瞳には夢のように映るため、世界中の少女たちは、華やかな幻影を求め、自分なりの「プチ・ニューヨーク」へと繰り出してくるのだ。
 かつてのキャリーがそうしたように。

 さて、初めての六本木でわたしはどうなったかというと、ほとんどなにも覚えていないのです。初めて記憶をなくしたんじゃないかと思う。覚えているのは、クラブの入り口まで迎えにきてくれた「顔パス」の友だちに手を引かれるまま受付をすり抜け、グングンとVIPルームまで引っぱられていって、まずはテキーラ・コークを頼んだことぐらい。本当はキャリーのように「コスモポリタン」を飲むのが夢だったのだけど、あまりにも身の丈にあわないその言葉を発するのが恥ずかしくて、ついつい友だちが頼んでいたものにあわせてしまった。舞い上がって、大人ぶって無理をしたことは容易に想像できる。でも気分は果てしなく爽快だった。すっかり明るくなった外に出て、わたしには誰かわからない男性が迎えにきて、誘ってくれた友だちといっしょに車で送ってもらったのでした。

 それからというもの、わたしはその友だちに連れ出されるままに、若さ全開の危うい日々を過ごすようになる。
 六本木には香水臭い男性が多い。そういう人は今でも苦手だけど、その頃のわたしにとっては、寂しさと高揚感はふたつでひとつのセットになっていた。人間関係なんてどーでもよくて、「あー香水くせー、きっともうこの人に会うことはないんだろうけど今は楽しいからいいや」と大人をナメて、ただ若い子とお喋りしたいだけの、今となっては本当にお金持ちだったのかどうかもわからない彼らにチヤホヤされることを自分の魅力と錯覚して、家に帰っては『SATC』の世界を自分に重ねて、「次あんなふうに言われたらこう返してやろう」などと作戦を立てていた。すべてがその場しのぎ。すべてが若さの暴走。「自分ではない自分」を楽しむ喜びに昂っていたのだと思う。

 少し寂しい話ではありますが、わたしを連れ出し、儚いネオンを共にしてくれた、その大人びた友だちとも、もう会うことはない。わたしは早い段階で六本木で遊ぶことに満足して、なり損ないのキャリー・ブラッドショーでいたいとも思わなくなった。六本木でしか遊んだことのないわたしたちは、それを機に緩やかに離れていったのでした。お互いに「六本木専用の相棒」だったということなのでしょう。

 そんな20才だったわたしも今や23才。たった3年と思われるかもしれないが、わたしにはあの頃が遥か昔のことのように思えるのです。3年前の自分は何もかもがまるで別人だ。

 今でも六本木には、田舎から上京し、コツコツと音を立てて歩く、大人になりたての少女たちがいることだろう。でも、そんな煌めきに身を任せられるのは本当に一瞬。お馬鹿さんならではの痛みは、ありったけの若さをもってでしか包み込めないもの。そこに気づいた賢い少女は涙をこらえ、でも少し安心したように、そっと、大人になることを選ぶのです。
 そして気づくことになるのです。キャリーのコスモポリタンは、誰かに奢ってもらうのではなく、自分のお金で堂々と頼むからこそおもむきがあるのだと。

 今のわたしは、小粋なBARで、ひとりコスモポリタンやマティーニを頼む。独身チキチキレースのゼッケンをわりとしっかりめにつけることで、ようやく前を走るキャリーの背中が見えた気もする。
 舞台を代官山寄りの渋谷に変えたわたしは、いまこそ本当の「プチ・ニューヨーク」を楽しんでいるように思う。

SIDE ORDERS :
・『セックス・アンド・ザ・シティ』(1998~2004)

ちゃんもも◎CHAЙMOMO
1991年神奈川県生まれ。モデル/タレント/文筆家。2012年よりフジテレビ系列のリアリティ・バラエティ『テラスハウス』に出演。両親との死別や整形手術の経験までを告白し、同世代からの圧倒的な共感を集める。2014年より渋谷のオルタナティブ・スペース「SHIBUHOUSE/渋家」の代表に就任。女性アイドル・グループ「バンドじゃないもん!」のメンバーとしても活動している。

前の記事
失われた馬場を求めて
─樋口毅宏
次の記事
妄想の味覚
──本信光理