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ヒトトヒトサラ

あの店のヒトサラ。
ヒトサラをつくったヒト。
ヒトを支えるヒトビト。
食にまつわるドラマを伝える、味の楽園探訪紀。

ヒトトヒトサラ47 / TEXT+PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:山口洋佑 2017.1.31 【ヒトトヒトサラと道府県:小樽(前編)】寒いから旨い! 旨いけど寒い!冬の小樽を飲み尽くす、よだれも凍る強行軍

 桂苑からの帰り際、「ちょっと腹休めしたいので、このあたりにオススメのスナックなんてないですかね?」と尋ねてみると、「あそこは小樽の重鎮。ざっくばらんなママがなんでも教えてくれるよ」と、頼もしき呑ん兵衛の笑顔で教えてくださった初さん。
 であればさっそくいくべさ~。ここからは、とめどもない寝酒の時間である。

小樽市花園界隈は、こじんまりとした小料理屋の魑魅魍魎世界。「嵐山新地」の入り口には、翌日(後編)のラスボス「かすべ」の文字も。
人とすれ違うことはほとんどないが、どこの店にも酔っ払いの息吹を感じるというこの不思議。冬のムーミン谷に迷い込んだかのようだ。
看板に「夢鍋」とある「夢の」。いったいどんな鍋なのか……。

4軒目:小樽市花園「スナック 紋」

「アラ珍しいお客さんだね。よりによっていちばん寒いときにきたね。あぁ、桂苑の紹介ね。わたしは先代のお母さんと仲がよくてね、昔はいっしょに外国旅行とかしたのさ。息子はまだ酒も飲めない頃からここで遊んでてね、その後も店のツケで飲んでるってわけ(笑)」と、初さんのプライベートもダダ漏れの挨拶で出迎えてくれたのは、この界隈の名物ママ、可児美恵子さん。
 花園のスナックやクラブは軒並み閉店し、現在は居酒屋街となっているという現状を、持ち前のタフネスで笑い飛ばしてくれた。


可児美恵子さん

 わたしは水商売歴43年目になるから、そりゃあ昔の華やかさが懐かしくなるときもあるわけさ。このあたりは道が細いから、週末なんかは道を歩けないぐらいの混雑でね、わたしなんかも店舗の権利を買うのが大変だった。お客さんのほとんどは学校の先生とか役所の人たち、あとは社長さんなんかで、「交際費が余ってるからボトル3本入れといてくれ。支払いはいつもの口座にまとめて入れとくから」ってね。わたしもあの頃は毛皮とか着物で店に立ってね。

チャージは1000円。あとは思い思いの酔いを楽しむカウンター。

 それが、今じゃあひどいもんだね。そういう常連さんたちはみんなわたしよりも歳上だからね、み~んなあの世! 生きててもみんな歳だもの、もううちにドッと(客が)入ってくることなんてないってーの(笑)!
 だってこの界隈を管理している大家さんだって札幌に越しちゃってんだよ。だからわたしが貸し店舗の張り紙なんかを貼ってやってんだけどさ、それも風で飛ばされっから、もう貼り直すのも飽きちゃってね。どうせ誰も借りないっての!

 少し早い時間帯ということもあり、客は我々のみ。美恵子ママの独壇場は続く。

 でもね、客が誰もこなくたって、わたしはここにテレビを観にきてると思えばいいのさ。ここで観りゃあ経費で落ちんだから(笑)。好きな番組? 都会の人が雪で転んでるのを観るのはおかしいね(笑)!

サービスで出された紅鮭の飯寿司(いずし)。米と麹の乳酸発酵。肉厚の酸味が優しい。
乾きものの盛り合わせ。昔懐かしのゼリー菓子も。

 この商売を始めた頃は40ぐらいで辞めようと思ってたんだけどね。まだ続けてんだから呆れるね。ちょっとした病気をしたときに潮時かと思ったんだけど、常連たちにさ、「ボケるから辞めるな。ピアノに寄りかかっても死ぬまで歌ってた淡谷のり子になれ。手も震えてくるからマドラーだっていらなくなるぞ!」なんて言われてね(笑)。
 でもね、人間お金ばっかり追い求めてちゃダメだよ。わたしはお金がないから、そのぶん借金もできない。借金がないからこうしてやっていける。あんまり欲ばるとロクなことにならないね。

 ここで常連ふたりが同時に御来店。「このママは悪い奴だよ~。小樽でナンバーワンの性悪ババア!」という罵倒を受け、やおらタバコに火をつけたママさんの態度が豹変。

「新年早々ババアバアアうるさいんだよ! 初めてのお客さんもいるんだから静かに飲んでろ!」「ババアはババアだろうが! ババアババア!」「お前もジジイだジジイ!」

 極上の甘噛み合戦である。人間歳を取ると、みな子どもに還るというが……。

(笑)まぁ、このへんの常連たちはみんな家族みたいなものだからね。そこに雪かき用のシャベルが立てかけてあるだろう? そうやって置いておけば、必ず誰かが手伝ってくれる。こう見えてもちゃ~んと考えてんだ(笑)。
 まぁ、わたしもあと何年続けていけるかわからないけど、このへんの「家族」と過ごす時間ってのは悪くないね。このぐらいの幸せってのはどこにでも転がってるもんなんだよ。

北海道小樽市花園1丁目12-1 電話番号:0134-32-6985
営業時間:19:00~25:00 定休日:木曜日/祝日

5軒目:小樽市花園「章 ~あこやん~」

 小樽初日の最後に待ち受けるのは、「かすべ」満太郎さんの定宿でもある味処「章~あこやん~」。氏のようなプロの見解をもってしても「なぜあの料理があの値段で出せているのかわからない」と苦笑する、奇跡のような名店である。
 買い食いを入れればここまで計7軒。すでに足腰も胃袋も限界の取材班であったが、厨房とカウンターを忙しく駆け回る女将・三上隆子さんの笑顔、そしてきっぷのよさを見ていると、しっぽり落ち着いてなどいられない! 火傷するほどの熱燗を起死回生のブースターに、最後までしっかり食べ散らかしてきました。


三上隆子さん

 あ、わざわざ東京からきてくれたんだ。じゃあ、こっちのシャコでも食べてみる? これはハネ(不揃い)だからお金はいらないよ。でも味はいいはずだよ。剥き方は知ってるかい? もったいないと思わずに、まずはこうして脚のついた両端をハサミで切っちゃう。腹の殻も削ぐように外してやると、ほら、こうして手できれいに取れるんだ。なんでも経験だから自分でやったほうがいいよ。お酒はなんにする? 熱燗? あそこにおすすめが並んでるから好きなのを選んで。田酒だけは700円だけど、ほかは全部500円ね!

 ヘヴィ級の先制攻撃である。肉厚の身からほとばしる甘~いジュースは熱燗にぴったり。しかもこれがタダ! ここで帰れば1000円札でおつりがきてしまう! と、改めてメニューを見てみれば、満太郎さんの言葉に嘘はなし。ここは「鯨汁」や「タラチリ鍋」といった満腹メニューまでがすべて300円均一という至上の楽園であった。

 うん、常連たちからは「せめて400円にしろ」という意見も出るんだけどね、わたしも旦那も昼間はべつの仕事をしているから、これでいいの。夫はサラリーマンだけど、わたしは漁場に出ていてね、魚の網を外したり、シャコを選(よ)ったり、これからはニシン漁が入るのかな。だからこういう素材が手に入る。それじゃなきゃとてもじゃないけど300円じゃあ出せない(笑)。日曜日はこの人(亘さん)が山菜を採りにいくしね。

すでに常連さんは赤ら顔。中央が渋~いバリトン・ボイスながら笑い上戸の旦那さま、亘さん。「わたしはアルバイト(笑)。こうして座って飲んでるだけで、なーんもしていません(笑)」

 そんなふうに出されたアテの数々は、どれもが超一流の酒泥棒! タラの刺身と肝といっしょに和えた本日のお通し、脂の甘さがたまらない鯨汁、そして「細目こんぶの若竹煮」は、隆子さんのお手柄である「細目こんぶ」と亘さんの収穫であるタケノコによる、円満夫婦を絵に描いたようなヒトサラで!

箸に震える本皮も入った「鯨汁」も(しつこいようだが)300円! 右は「細目こんぶの若竹煮」
カワハギやマゴチにも負けない肝の妙味に悶絶の「タラの肝和え」。未体験の旨さに取材班とバカ殿の表情が完全シンクロ!

 小樽の正月っていうのは鯨汁が主流だったんですよ。安かったから大鍋で煮てね。でも今は500グラムで4000円もしちゃうから、なかなかやるところは少なくなってるね。
 細目昆布というのは、このへんにしかない昆布。市場に出ても2週間ぐらいでなくなっちゃう。これはどんなに炒めても煮込んでもドロドロにならないし、いつまでも柔らかいまま。佃煮なんかにしても美味しいね。

小樽の郷土料理「いももち」
隆子さん特製のものは、ジャガイモと片栗粉の黄金比にチーズとバターが切り込む変わり種。甘辛く、まさにモチのような食感を引き立てるべく、冷酒へと切り替える。

 あとはね、日本全国どこ歩いてもここでしか食べられないメニューがあるんだけど……お酒飲んでる人にはどうかなぁ。食べる? うん、そう言うと思った(笑)。

 はい、これは「焼きめん」って裏メニュー。うちの血筋はみんなが商売一家でね、親はカラオケなんてない時代からバンドを入れてクラブをやっていたし、小樽最初のディスコを経営していた人もいてね、わたしは小学生の頃からそういう盛り場が大好きだったし、大きくなってからは親のところで働き始めたんだけど、その当時にわたしが考案したオリジナル・メニューというのがこれなのね。だからわたしがこの店を任されたときも、昔を知ってるお客さんは「焼きめんはないのか?」とか「今日の裏メニューは?」とか聞いてくるんだ(笑)。

 かくして対峙した本日2食目の麺料理「焼きめん」とは、焼いた中華麺の中央に生卵を落とし、大量のかつおぶしと刻み海苔で覆い、カラフルな「なると」をあしらった、大盛りのヒトサラ。見た目は焼きそばのようにも見えるが、口に運んで驚いた。こ、これは確かにここだけの……

 味の決め手は細切りの焼豚なの。この焼豚の製法というのはわたしだけのもので、それがないとこの味にはならないので、世界でここだけの味。行儀が悪いと思わないでぐちゃぐちゃに混ぜて食べてね。しっかり煮汁も使って味をつけてるから、お酒のつまみにもいいし、これだけを食べにくる人もいる。
 ただ、これを最初に頼まれちゃうと、せっかく美味しいものがいっぱいあるのに、これしか食べてもらえなくなっちゃうでしょ。だからメニューには載せてないの(笑)。

生卵を全体に絡めてズルズルといただく。焼豚のパンチはらーめんを思わせるが、食感は焼きそば。確かにこれは「焼きめん」である。

「かすべ」の満太郎さんのみならず、この店の常連は花園エリアの飲食店経営者が多いのだそう。小樽の海に触れ、小樽の夜を知り尽くした隆子さんの味。この世にローカルフードは数あれど、この「焼きめん」こそは花園の心。本当にごちそうさまでした。それではお会計を……

えぇええええええ!

 うちはどんなに食べてもこんなもんだよ。自分の部屋みたいに寛いでくれればそれでいいの。じゃ、転ばないように気をつけてね。またいつかね。

(次回・後編へ続きます)

章 ~あこやん~北海道小樽市花園1-8-26
電話番号:0134-29-1144 営業時間:18:30~23:00 定休日:日曜日/祝日

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