あの店のヒトサラ。
ヒトサラをつくったヒト。
ヒトを支えるヒトビト。
食にまつわるドラマを伝える、味の楽園探訪紀。
ヒトトヒトサラ47 / TEXT+PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:山口洋佑 2017.1.31 【ヒトトヒトサラと道府県:小樽(前編)】寒いから旨い! 旨いけど寒い!冬の小樽を飲み尽くす、よだれも凍る強行軍
極寒の荒野には極寒の季節に! 針のような向かい風に耐えてこそ、その土地本来の味に出会える! うまい熱酒が飲める!……という若干の強がりと怖いもの見たさを胸に、「ヒトトヒトサラと道府県(=地方編)」第2弾は、北海道へとフライト。
そこには2015年6月のバックナンバー「ヒトトヒトサラ18」にてチーズの世界の奥深さ紹介してくださった銀座の名店「チーズ&ワインカフェ ブーケ」の森田満太郎さんが、故郷である小樽へと一時帰省し、老舗居酒屋「かすべ」を大胆リニューアル、我々のアテンダーとしても獅子奮迅! という後押しもあった。
容赦のない冷気の洗礼と怒り狂う日本海。しかしそこには、目深にかぶったフードを外した瞬間の、大きく開ける視界にも似た、驚きの味覚が待っていた。
まずは小樽人の逞しさを垣間見る、地元ソウルフードの味わいに迫った前編からどうぞ。
1軒目:小樽市信香町「田中酒造亀甲蔵」
東京から約5時間。ついに降り立った小樽の空気は想像を絶する厳しさであり、「さ・む・い」の3文字のみが頭を支配。その「寒い」はもはや「痛い」に近く、革ジャンにフライト・ジャケット、ステテコにジーンズにジョガーパンツと、どんなに着膨れしたとしても気休め程度の「街全体が冷凍庫」状態である。
やはりこんなときには日本酒。身体の内側から暖を取るほかない取材班は、この土地に現存する最後の酒蔵、「田中酒造」へとタクシーを走らせたのであった。
ここは小樽がニシン漁で栄えていた時代の海産物倉庫だったんです。もともとうちは岐阜のほうで酒づくりをしていたんですけど、ここを買い取って、売店や蔵の見学スペースと統合したのが20年ほど前。
その頃は小樽にも20社ぐらいの酒造メーカーがありましたが、今はとうとううちだけになりました。一升瓶をドンと抱えて飲む人も減りましたし、ワインやハイボール・ブームの影響もあったと思います。
それでもうちみたいな小さな蔵が生き延びているのは、小樽という土地のお陰です。酒というのは冬場に仕込むもので、いわゆる「寒造り」というのが常識なんですが、ここは年間を通して冬なので(笑)、いつでも仕込みができる「四季醸造蔵」として回転できているからなんですね。「吟風(ぎんぷう)」や「彗星(すいせい)」といった酒造好適米は100%北海道産ですし、酒というのは8割が水ですから、それも天狗山の伏流水を深くから汲み上げています。
あとは、ほとんど流通を通していないというのも大きいですね。うちの酒はここでしか買えないものが大半ですし、帯広や積丹町など限られた地域にしか卸していないんです。わたしも以前は流通の仕事をしていましたから、酒に関しては、表も裏もよくわかってるつもりですよ(笑)。
こうして小樽という土地の特性を活かしきった酒の味わいは、清冽そのもの。喉をスルスルと流れる淡麗さを特徴としながらも、その余韻は力強い米の香り。まさに「搾りたて」という言葉がしっくりとくる、大地の恩恵である。
うちの酒造りというのは、本当に昔ながらのやり方なんです。米を蒸して、もろみをつくって、それをゆっくりと絞って、夜中も出てきては温度管理をして……。そんなふうに、人の手で、本当にわずかな量だけを生産しているんです。
うちの生産量というのは年間5~6万本程度ですから。これは大手の酒造メーカーであれば1日で出荷してしまう量なんですね。
今は品評会用の出品酒を仕込んでまして、いちばんピリピリしてるときですね。
見れば若き職人が全身を使い、米に水を含ませている。中島さんは「これからの酒はいかに若い人に興味を持ってもらえるかにかかっている」と語り、それには若い人材や感性が必要になってくるのだという。そんな田中酒造の取り組みは「小樽美人」というフルーツ酒にも反映されていた。
このお酒にも北海道の恵みがたっぷりと入っています。ほとんどが余市で採れた果物を使用したリキュールで、梅、桃、ブルーベリーやアロニア、あとはヨーグルトのお酒。うちの蔵はバスツアーに組み込まれることも多いので、日本酒が得意じゃない人にも手に取ってもらいやすいですし、こういった商品が日本酒へのいい入り口になればと考えています。……とはいえアルコールはきちんと入っていますから、あまり何杯も飲むと足腰にきますけどね(笑)。
と、試飲させてもらった「小樽美人」は、軽い晩酌の友としても、休日昼間のソーダ割りにもぴったりの新名物。甘さを抑えた果実味の奥には、小樽の酒を次世代へと伝える、強い希望が感じ取れた。
田中酒造亀甲蔵北海道小樽市信香町2番2号 電話番号:0134-21-2390
営業時間:9:00~18:00(見学は17:30まで) 休館日:なし
ここは買い食い天国・小樽。パンとカマボコで小腹を満たす
なんとか喉の渇きも癒え、若干ながら身体も温まった取材班。となれば次は食である。次の取材までにはまだ時間があるということで、ふたたびタクシーを手配。「このあたりの観光なら任せとけ」という竹原運転手に名所を案内してもらいつつ、いざ、買い食い天国へ!
エグ・ヴィヴ(Aigues Vives)
小樽市忍路のパン屋さん「エグ・ヴィヴ(Aigues Vives)」は、おおよそ徒歩では訪問の難しい立地、車でも熟練のハンドルさばきが必要となる難所にありながら、ときに熱烈なファンの大行列をつくるという名店。小高い丘に位置する白木の工房は、ハイジが暮らしたアルムでの時間を連想させるシンプル&プレーンな様相で、その扉の向こうは、濃厚な小麦の香り、薪窯の香り、焼き立ての香りが充満していた(残念ながら店内は撮影NG)。
エグ・ヴィヴ(Aigues Vives)北海道小樽市忍路1-195 電話番号:0134-64-2800
営業時間:11:30~18:00(売り切れしだい終了)
定休日:土・日曜日/祝日(冬季・夏季休暇あり)
大八栗原蒲鉾店
小樽の天気はまったく読めない。さきほどまでは晴れ間に恵まれていたものの、突然の大雪! 身を守るように駆け込んだ「大八栗原蒲鉾店」のお母さん曰く、「まだまだこれはかわいいほう。こないだなんて吹雪の力で自動ドアが開いたり閉じたり大変だったんだから!」とのこと。
大正3年の創業時から製法を変えずに道産子の食卓を彩ってきたムッチムチのすり身でしばしの小休憩。ここもまた、買い食い天国。
あれもこれもと買い食いを続ける取材班に「なにもこんな時期にこなくてもよかったのにねぇ(笑)」とお母さん。コートを白くしながらもひっきりなしに訪れる常連客にはそれぞれに贔屓の商品があり、購入の量もハンパではない。
石臼での練り込みで白身魚に粘りをつけ、保存料/添加物とは無縁の(実は)健康食品。爪楊枝で放り込む、ひと口サイズの幸福。
大八栗原蒲鉾店、唯一の不満は「ここで飲めれば完璧なのにな」ということだけである。
大八栗原蒲鉾店北海道小樽市入船1丁目11-19 電話番号:0134-22-2566
営業時間:9:30~19:00(月~土曜日)10:00~18:00(日曜日/祝日) 定休日:なし
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