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ヒトトヒトサラ

あの店のヒトサラ。
ヒトサラをつくったヒト。
ヒトを支えるヒトビト。
食にまつわるドラマを伝える、味の楽園探訪紀。

ヒトトヒトサラ43 / TEXT+PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:山口洋佑 / 2016.12.02 ヒトトヒトサラと道府県:盛岡(後編)冷麺! じゃじゃ麺! わんこそば!盛岡三大麺紀行!(と長い寝酒)

 ようやく三大麺を制覇し、ホッとひと息の取材班。「仕事が終われば打ち上げが当然! 打ち上げで飲みすぎれば反省会でまた飲める!」というダブル・スタンダードを胸に、最後はやはり、盛岡の歴史を生き抜く古き良き銘店へ。
 神明町の商店街に藍色の暖簾を揺らして佇む「金ちゃん」は、三代目店主の金田一考子さんがひとりで切り盛りする小さな居酒屋だ。が、その使い込まれた厨房から飛び出すのは、ジャパニーズ・キュイジーヌを標榜する創作ダイニングも一目置くであろうオリジナル・メニューの数々。考子さんのゆったりとした盛岡弁との対比にも惚れ込みつつ、愛される店の愛される理由を訊いてきました。

7軒目:盛岡市神明町「金ちゃん」

金田一考子さん 初代「金ちゃん」の外観

 この店はあと2年で70年になるね。ここには本当にいろんな想いが詰まっているんですよ。……思えばわたしが最初の夫のところに嫁いだのは、二十歳のとき。そこで4人の子どもを授かったんだけど、主人もお父さんもお母さんも亡くなってしまって、これからどうやって生きていこうと思っていたときに、「お金はないけど食べさせてあげるぐらいはできる」と言ってくれたのが、2番目の主人のしょうちゃん(金田一正一さん)。もともとこの店はしょうちゃんの両親が盛岡駅前の木伏(きっぷし)で始めたお店なのね。
 しょうちゃんのお父さんは鉄砲撃ちの名人でね、山の中で「その日のお肉」を探してきては、料理して出していたんですよ。鮎とかきのこなんかも美味しいのを採ってきてね。それをなんとか使い切らなきゃいけないっていうんで、ときにはお祭りに屋台を組んだり、高松の競馬場に出店したりもしてたわね。当時はこんな感じの酒場だったんですよ(写真右)。それが新幹線の区画整理でなくなって、ここに移ってきたのが昭和53年頃のこと。

奥にはテーブル2卓の座敷も。

 だからわたしはもともとお店には立っていなくて、美容院とか化粧品の販売をしていたの。でも、レジが合わないのがショックで心臓に悪いから(笑)、今度は流れ作業がいいやって、縫製工場で働いたりしたんだけど、そこでもやっぱり女社会ならではの苦労があって。……だからしょうちゃんがお母さんからこの店を譲り受けたときに、「いっしょに継いでいこう」と言われなければ、今ごろどうなっていたのかわからない。そんな言葉をかけてもらったことで、ようやく第2の人生が開けていったんですよ。

 しかしその幸せも長くは続かなかった。しょうちゃんこと金田一正一さんも、病気により61歳という働き盛りで天へと召されてしまい、そこからは考子さんが「三代目店主」としてこの店を守ることになる。
 苦労したのは味の再現だ。某高級料亭で修行を積んでいた正一さんは、常連たちを少しでも喜ばせようと、当時としては驚くほどに先鋭的な味をつくり続けていたからだ。


 お母さんやしょうちゃんがレシピのノートなんかを残してくれていればまだ助かったんだけど、そんなものはなかったからね。ただ、いつも材料を買ってくるのはわたしだったから、そこから計算していけば答えが見える。うちの料理は、これまでに先立っていったしまった人たちの味というのを、思い出を頼りに復活させて、なんとかわたしが引き継いでいる、それだけなんですよ。
 いちおうメニューはあるけど品切れしているものも多いし、偽りがある(笑)。しかもお値段は税別。超不親切な店だからね(笑)。

まずはビールを(セルフで)いただきます! 「さっき冷蔵庫に入れたばかりだから、あんまり冷えてないかもしれないね。コップに氷を入れてあげようか?」とは、「実は取材ってきのうだと思っててね。さっきは閉め出しちゃってごめんね」という考子さんの優しさ。いえいえ十分に冷えてます! 待った甲斐がありました!
この日のお通しはふんわり卵が優しいゴーヤ・チャンプルー。写真右は「きのう畑から収穫したばかり」だという茗荷の酢漬け。これまた酢加減が絶妙!

 この「レモンつくね」にしてもしょうちゃんの味をそのまま再現したもの。国産の鶏のミンチを焼いて、特製のタレを上からかける。うなぎなんかと同じで、タレには鶏の味が溶け出しているから、美味しいと思うよ。そこにレモンの薄切りを挟んでね。

「これはほとんどのお客さんが頼むわね。これをめざしてわざわざいらっしゃる人も多いんですよ」という金ちゃんの看板メニュー「レモンつくね」。

 香ばしい鶏つくねに切れ目を入れ、皮ごと薄切りにしたレモンを挟み込むだけで、なぜこんなにも新しい味になるのか。レモンからは爽やかな甘みだけが引き出され、ふだんは感じることのない味覚の発見に驚かされる。
 続いて出された「帆立のコキュール」もしかり。大きくカットした角食を揚げ、そこに帆立の旨味がたっぷり入ったホワイトソースを詰め込んだ、新しくもどこか懐かしい味わいのヒトサラだ。


 魚介類をホワイトソースで煮たのをコキュールっていうのかな? わたしも深くは調べたことないから誰か正解を探してちょうだい(編注:コキュールは仏語で貝殻を指す言葉。貝殻を見立てた器にホワイトソースを盛った、グラタンのような料理を意味する)。ホワイトソースの具は玉ねぎと帆立。帆立はボイルして細かくほぐして、肝の部分以外はぜんぶ入れてます。パンは「カナン牧場」という知的障がいを持つ人たちを支援しているキリスト教系の施設がつくっているもので、ここのはちゃんとカビるのよ。カビないものは偽物よね。野菜でもいつまでも腐らないのは怖いものね。

帆立のコキュール。「くり抜いた部分のパンも食べる? 写真にはないほうがキレイかな」と考子さん。

 まずはスティック状に揚げられたパンの耳に、たっぷりとソースをまとわせ、ひとかじり。ねっとりと濃厚な帆立の旨味に、こんがりと揚げられたパンの油分が加わり、ついついもう1本と手が伸びる。これこそは最高に贅沢な「夜のお菓子」であり、その幸せは、じっくりとソースが染み込むことで柔らかくなった「器(うつわ)」を切り崩すまで続く。

 アベックできた女の子がね、「器はわたしが食べるの!」って喧嘩するんだよ(笑)。
 あと、新メニューではトンカツつきの「和風ざる」っていうのもあるのよ。トンカツは開店当時からの名物で、すごく厚く揚げたのをつまみにお酒を飲むようなお客さんも多いのね。で、それとはべつに中華麺も出しているんだけど、余った中華麺をどうやって美味しく食べようかと思ったときに、トンカツを薄めにして、それをラーメンに乗せて食べるっていう「まかない」をやっていたの。トンカツには大根おろしもつきものだから、それもスープに溶かしてね。そしたら「それ食べたい」って常連さんが現れて、わたしも「いくらなら食べたい?」みたいな感じで、その場で値段も決めてもらってね。
 ……でも、こういう料理っていうのはどれもこれも、しょうちゃんがわたしに「美味しくしろよ」って言ってるだけで、自分の力じゃないの。そこに笑ってるしょうちゃんの写真があるから見てあげてよ。

 すでに盛岡三大麺を平らげてきた我々に、中華麺、そしてトンカツは重すぎると今回は見送ったが、「和風ざる(トンカツ付)」もまた、「晩酌」と「締め」が1杯のどんぶりに入った最高の「裏・盛岡麺」なのだとか。
 しかしこの店の売りはこういった「創作」ばかりではない。本日の煮魚をお願いしてみれば、これまた最高の味つけで。

(カメラマンに向かって)「お鍋覗いてるの? そんなことすると(鯛が)見ちゃヤダ!ってちっちゃくなるよ」
「真鯛(煮)」。堂々の一尾でなんと600円!
ホロホロホクホクの身に、クタクタのネギ。思わず焼酎の水割りに切り替える。

 煮魚は1日2匹しか売らない。早く見つけて早く食べた人が勝ち。ビリッと濃い味にはしたくないから、開き直って「今日はこの味!」って感じでやってます。台所には砂糖を置かないで、甘みはみりんとかお酒。極力自然の味でつけるようにしてね。……こういう家庭料理は自分の両親から習った味だね。小学校の頃から家の手伝いをしてきたし、食べることが好きな父親が料理を教えてくれたりもしたので。

 そのくせわたしは子どもたちをほっといたから、みんな味音痴になってね(笑)。息子なんてひどいのよ。わたしがこの店に出る前と帰ったあとにやってきては、冷蔵庫の肉を勝手に食べちゃったり。こないだも、わたしが育てたキャベツを使ってロールキャベツを20個ぐらい仕込んでたんだけど、それを半分以上食われてね。常連たちにそれを話したら、「それは金ちゃんの料理が美味しいってこと。おれたちも〈大きなねずみ〉が食わないものは食いたくないからね」って。みんな優しいよね……。
 やっぱり盛岡の人間というのは、想いはあれどちょっと控えめな人たちが多くてね、我が我がって人があまりいないのよね。だから商売が下手なんだろうね。モノを仕入れて、それを売ってどれだけ儲かったじゃなくて、まずは「誰が食べてくれるかな」って考えちゃう。寒いから脳の発達がうまくいってないのかな(笑)。でも、背伸びしたらしたぶんだけ自分が大変だし、お金っていうのは自分が生きるぶん、生かしてもらってるぶんだけもらえればいい。なるべく美味しいものなるべく安く食べてもらって、たまに「まだ頑張ってる?」って顔を出してもらえればそれでいい。

 常連たちを喜ばせ、常連たちに喜びを貰う。金ちゃんはまさにそんな居酒屋だ。居酒屋の鏡だ。

 盛岡っていうのは、わたしが生きていく上で、なくてはならない土地。地に足をつけて踏ん張れる、大切な土地。料理やお酒を通していろんな人が幸せを運び合う、宝物のような土地なんですよ。
 わたしの人生は、(家族が)亡くなった、亡くなった、また亡くなったの連続で、マイナーなものだった。親子を3人ずつ、2回も見送っちゃったから、わたしだけが残されて、家はあるけど人がいないという時間が、本当に長く続いた。でも、しょうちゃんの口癖は「ラッキー!」だったし、わたしもその言葉を胸に生きるようにしているのね。そんなふうに生きてきたら、ようやくこの歳になって、目の前に幸せがあるってことがわかったからね。(幸せは)求めてくるものじゃない。自分でそう思ったときから始まるものだし、この店も、「まだ生きてていいよ」って言われてるから続けていられる。いまだに「出てけ」とは言われないし、「もう少し金ちゃんやってなさい」って言われてるんだと思う。お客さんだって、しょうちゃんが連れてきてくれる。しょうちゃんが「そろそろ金ちゃん顔出せよ」って言ってくれているからきてくれているんですよ。

 そういって小さくはにかむ考子さん。苦労や涙を笑顔で語る女将の愛は深く大きく、新幹線の時刻の迫った我々に「こんなものしかあげられないけどさ」と自家製のお土産を持たせてもくれた。ジャックダニエルの古ボトルをトクトクと満たしていく、甘く酸っぱい梅酒には、まさに考子さんという人間そのものが溶け出しているかのようだ。
 いい酒、いい味、貴重なお話を、本当にありがとうございました! 必ずや梅酒の感想を伝えにきますので!


 たぶんね、人の繋がりって平面の地図みたいなものじゃないんですよ。かたちは球体で、中心の自分が笑ってさえいれば、それは木の実のようにだんだんと大きく育っていくもの。フチにいるようでいてフチなんかないし、この世の中に関係のない人っていうのはいないのよ。わたしもあなたたちももう繋がっちゃったわけだしね。
 えっ! 今日の話って録音してたの? もうやめてよぉ(笑)。

金ちゃん岩手県盛岡市神明町5-6 電話番号:019-623-4762
営業時間:17:30~23:00(ラストオーダー22:30) 定休日:日曜日

 これにて第1回「ヒトトヒトサラと道府県」は終了。取材に応じてくださったお店の方々、そして最高のアテンドをしてくださった佐藤作戦会議室の佐藤利智子さんに心から感謝いたします。どなたともまたいつか、美味しい酒を飲みながら、旨い肴を噛み締めながら、ともに笑えますように──。

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