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ヒトトヒトサラ

あの店のヒトサラ。
ヒトサラをつくったヒト。
ヒトを支えるヒトビト。
食にまつわるドラマを伝える、味の楽園探訪紀。

ヒトトヒトサラ42 / TEXT+PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:山口洋佑 / 2016.11.02 ヒトトヒトサラと道府県:盛岡(前編)冷麺! じゃじゃ麺! わんこそば!盛岡三大麺紀行!(と長い寝酒)

 駅弁を抜いたとはいえ満腹である。3大麺のラスボス「じゃじゃ麺」は翌日に見送ることにし、ここからは長い長い晩酌(というか寝酒)にシフト・シェンジ。
 マジックアワーに揺らめく盛岡駅前から桜山神社の鳥居を目標に歩き、まずは老舗居酒屋「中津川」に入店。ブツ切りの烏賊にワタをたっぷりと加えて炒めた「いかふ焼き」の素朴な味わいに感激するも、こちらは取材不可。とはいえ大将・女将の対応は温かく、ビールや熱燗をおかわりすること小1時間。「もう塩辛すら入りません!」となった我々は、盛岡から全国にその名を轟かせる伝説のBARに向かったのであった。

桜山神社へと抜ける呑み屋ストリート。ここで呑めば御利益がありそうです。
「中津川」の外観。その日のおすすめがみるみる消えていく、活気ある店内。
そのお隣には、じゃじゃ麺の老舗「白龍(ぱいろん)」が。

3軒目:盛岡市下ノ橋町「SCOTCH HOUSE (スコッチ ハウス)」

 ウイスキーを愛する者にとって、「SCOTCH HOUSE」の名は、ある種の免罪符である。この日の先客は「東京のBARでもこのお店の名前を出したとたんにお店の人の態度が変わったりするんですよ」と誇らしげであり、この店の噂を聞きつけシンガポールから駆けつけたというバーテンダーは、ひと晩で◯万円の会計(=授業料?)を支払っていったという。
 世界の蒸留所を巡り、その確かな舌と審美眼にて強固なパイプを築いてきた心優しきフィクサーにしてコレクター、関和雄さんに(「あんまり高いのは飲めませんよ~」という小心に応えていただきながら)話を聞いてきました。

関和雄さん。「プラモデルは今でも大好き。歳とってからつくろうと思ってたけど、全然やらないね(笑)。こないだはフランス人のお客さんがドイツ軍の戦車にしかめっつらをしてたな。もちろん僕は知らんぷりしてな!」 「アイラ島のもので、なるべく潮気を感じるものを」というリクエストに応えていただいた「ポートアスケイグ 100 Proof」。カリラ蒸留所の港でボトリングされた、ドッシリとしたピート香がたまらない1本。舌先には、確かに荒ぶる波を感じさせる。 国産ウイスキーの星「宮城峡」の逆輸入ボトル「Miyagikyo 1999 SMWS 13 Year Old 124.3」!

 ここのオープンは2000年の8月だね。うちは外観がこんなだから、みんな「プレハブで営業してるBAR」なんて笑うんだけど、それまで自分でコツコツと集めてきたボトルを並べて、お客さんといっしょに飲んでいこうと始めた店なんですよ。
 ウイスキーというのは蒸留できる本数に限界があるから、飲まれたらもう終わりなわけ。もし全国のBARに同じ本数が入ったとしても、みんな飛行機でパッと行きやすいところから荒らしていくでしょ? 僕がこんな場所で小さく営業している限りはレアなものも残る。そういう意味ではここは最後の秘境ですよ。もうどこにいっても飲めないものがたくさん残ってる。
 僕は蝶の標本から始まって、プラモデル、レコード、そしてスコッチといろんなものを集めてきたのね。そのかわり車も買わないし、ゴルフもやらない。医学生相手に学術書を売っていたサラリーマン時代の給料はすべてコレクションに費やしてね。もっとお金があれば女性を集めたかったけどね(笑)。
 ……集めたい気持ちの原点? それは親に訊いてよ。うちの親父も自分で蓄音機なんかをつくっちゃうような人だったから、やっぱりそういう血が流れているんだろうね。
 ニッカウヰスキーの「余市」だって、ファースト・リリースを持ってますよ。みんなは飲んじゃうんだけど、俺はコレクターだからとってある。あの頃はパソコンなんてないから、必死でFAXを送ってたね。
 もちろんコクレションに傾倒したきっかけは、旨いからですよ。最初はスカイ島のシングルモルト「タリスカー」にハマってね。極端な話、ウイスキーというのは60年代のものであればなんでも旨いんですよ。戦争に負けて貧乏な時代のもの。貧乏だからこそ貴族しか飲まなかったし、量もつくらなかった。それ以降は誰もが飲むようになって、樽からなにから不足してきて、近代化・効率化が進んじゃったから、よっぽど正直にやっている蒸留所だけが評価されるようになってる。

関さんのウイスキー愛~自身のコレクションをまとめた集大成『スコッチ・オデッセイ~1971黄金の特級時代を想う』(もりおか文庫刊)。2014年には新版が登場し、新たに日本未紹介のブレンド会社7社を紹介。限られた流通にも関わらず5000冊以上を売り上げ、日本中のバーテンダーの聖典となっている。
京都のBAR「カルバドール」の店主・高山寛之氏がノルマンディー「ミシェル ユアール」生産のカルバドスを選び抜きボトリングした日本市場限定品。「高山さんは世界に5人しかいないカルバドス大使のひとりで、これは樽から出した50度のもの。そのへんに売ってるものとはまったく味が違うはずだよ。盛岡も林檎が美味しい土地なんだから、どこかがつくればいいのにね」
写真左は「ラム樽を使っているので甘みもあり初心者にも飲みやすい」ブレンデッド・アイリッシュ・ウイスキー「ティーリング スモールバッチ」

 それにしてもSCOTCH HOUSEのボトル、そのラインナップは充実を超え壮絶、はたまた残酷の域にまで達している。中には「泥棒がくるから銘柄は書いちゃダメ(笑)」と制されるギネス級のヴィンテージ・ボトルも多数。それらに関しては、関さんですら「飲みどき」がわからないという。

 今の僕にとってのウイスキーは骨董品だから、もしかしたら死ぬまで飲まずに眺めているかもしれないね。「最後に飲む酒」というのもよく訊かれるんだけど、これも難しい。どれもみんな飲みたいしね。サクマ式ドロップスってあるでしょ? ぶどう味のが食いたいときもあればオレンジ味のときもある。ウイスキーもいっしょなんだよね。
 ……って、もう酒の話はいいよ! おれ、いつもはお客さんからの人生相談を聞いたり聞き流したりしながら、適当にアドバイスして笑ってるだから。こないだも昔つきあいのあった医学生が何十年ぶりにきて、「覚えてますか?」なんて言われてね。「そんなの覚えてるわけないじゃん!」って(笑)。
 あの頃の学生の中には教授になってる人もいれば夜逃げしてる人もいるんだろうな。でも、人生なんてそんなもんですよ。浮いたり沈んだりっていうのは僕だっていっしょ。ただ、なにかひとつでも人生を通して熱中できるものがあれば、それはそれで幸せだと思うけどね。

SCOTCH HOUSE (スコッチ ハウス)岩手県盛岡市下ノ橋町4-26 電話番号:019-604-5577
営業時間:18:00~26:00 定休日:なし

4軒目:盛岡市南大通「ひさご」

 いよいよ初日の飲酒紀行も大詰めである。「蒸留酒で熱くなった内臓を少しだけ冷まして帰りたい」という無限ループに陥った取材班が向かったのは、「盛岡有楽町街」なる通い路にひっそりと佇む炭焼酒房、「ひさご」。「有楽町街」といえども残存するのはこの店舗のみの裏路地であり、この店もまた、プチ秘境。
「取材も撮影もいいけど、顔と名前は勘弁してください」と煙草を灯す大将の貫禄にビビりつつも、フタを開ければなんとも居心地のいい銘居酒屋! 隣り合わせた常連客の優しさにも助けられながら、またしてもヘヴィ級の酒盛りが始まってしまい──

 この店は25年、いや、30年ぐらいになるのかな。自分は日本酒が好きだから、お客さんにいい酒を飲み継いでもらおうという気持ちで続けているんですよ。自分の思ういい酒っていうのは、やっぱり昔ながらの純米酒。酒の原点は「どぶろく」ですから、そういうどっしりとした米の味のする酒ですね。でも、今の主流というのは、外国人にもてはやされる吟醸酒、いわゆる「ライスワイン」でしょう? 海外で受けているとなると、明治維新からの舶来崇拝主義で、日本人も美味しいと思ってしまうし、80年代の終わりに『夏子の酒』って漫画がヒットして、そこから新しいお酒の時代がくるって言われ続けてきましたけど、それが全然きやしない……。あんまりこんなことばかり話してると「出る杭は打たれる」で、また敵が増えちゃうんですけどね……。

序盤はこちらの好みを探るよう、味も性格も異なる銘酒を戦わせてくれる大将。地元岩手の「磐乃井」や福井の「梵 BORN」、岐阜の「醴泉」などが(頼まずとも)ズラズラと!

 たとえば岩手の酒というのは仕込みの時期の気温が低いから、あまり味がのってこない。ただ、そのぶんきめ細やかできれいな飲み口の酒ができる。その反面、関東や関西の酒というのは温度が高いぶん発酵が進んでいて、味が濃い。自分としてはきれいに磨かれた岩手の酒よりも、たとえば福井の純米酒「九頭竜」あたりが好きなんですね。

 いきなりの地元バッシングにただならぬ緊張感。しかしそこには「すべてを見渡してこそ酒本来の旨さを楽しめるようになる」という公平性も垣間見える。酒も人も、いろいろあるから奥深いのだ。

 そうですね。酒っていうのは嗜好品ですから。好きなものを飲んでもらえればいいんです。岐阜の「射美」なんかもいいですよ。杉原酒造というすごく小さな酒蔵が、親父さんと息子でやっている。楽しい蔵ですね。

 その名の通り、まさにこちらの好みを射るようにして出されたこの酒に、「おうぅう…」と低い歓声があがる。5分前は超満腹のリキッダリアンであった取材班の食欲も、いつのまにか再燃。日替わりメニューを見れば、実に魅力的な酒のアテが殴り書きにされている(しかもこれが1品200円/3品で500円という安さなのだ)。迷ったときは「この機を逃したらもう……」という珍味を頼むというのが酒飲みの鉄則。今回は「猪の背皮と茎にんにくのぬた」をお願いした。

 これは今日だけの料理ですね。炭火焼き用に猪を仕入れたら、トンポーロウに使う豚肉みたいに、背皮がそのままついてきたんですよ。そこの脂が面白かったので、包丁で剥いで、細切りにして、こんなふうに使ってみました。

結局は「こはだ」「タタキ長イモ」をつけ3点盛りにしてしまった「本日の小付」(しつこいようだがこれでなんと500円!)。「長芋はアンバランスのバランスですね。とびっこと柚子胡椒を乗せてあるのでよくかき回して食べてください」
「猪の背皮と茎にんにくのぬた」。これも単品であれば200円。明らかに安すぎるが、ここでは日本酒が主役であり、あくまで「小付」は酒を美味しく飲ませるためのもの。そんな想いも伝わってくる。

 コリコリとした背皮の歯ごたえに茎にんにくの甘み、それがねっとりとした酢味噌で和えられた、まさに未体験のぬた。すぐさま日本酒を追わせると、猪の脂がプンと香る。……となると「本体」も食べたくなるというのが人情ってもので。

「猪の炭火焼き」

 猪は大分からもらってます。あの土地の人は狩猟の文化が根強くあるので獣の処理が上手いんですね。猪は赤身を食べるジビエっぽい感覚もありますけど、本当に美味しいのは脂。それがまた、すごく酒にいいので。

 遠赤外線と火の粉によりじっくりと焼き上げられた猪の煙は、この店を人里離れた山小屋に変える。店内の全員を大家族へと寄せてしまう。カウンターで鰯の丸干しをつまんでいた常連客は、荷物から四合瓶を取り出し「家で飲もうかと思ったんだけど、ここで開けちゃおうか」と大盤振る舞い。すぐに人数ぶんのグラスがカウンターに並ぶ。
「へぇ、取材にきてるんだ。だったらこの店の〈おふろ〉を体験しなきゃ」と常連さん。「どこに脱衣所が?」と困惑する取材班に、大将が解説してくれた。

「おふろ」っていうのは、このお椀のお湯のことです。熱湯が張ってあるので、ここにグラスをドボンと沈めてもらって、酒の温度を変えながら飲んでみてください。(日本酒を)グラスに注いだときはビールと同じぐらいの温度だから、なかなか味が開かないんですけど、「おふろ」に入れて20度ぐらいに温めてやると、表情が出るんですよ。あとはうちで加水して飲んでもらうのもいいと思いますよ。メスシリンダーとスポイトで適度なところまで薄めてやると、これもまた香りが立つんです。

「自分の好きな度数を探せる加水はお酒の楽しみのひとつ。蔵が勝手にやることはないと思いますけどね」

 ここでふたたびの常連さん。「〈おふろ〉はいいよね。僕らみたいな素人でも、同じ酒にこんなにも厚みが出るのかと驚く。この店の欠点があるとすれば、酒がどれも旨すぎるから、逆に自分の好みが探しづらいところかな。大将の顔が怖くても、きちんと〈これは苦手かも〉って判断していかないと(笑)」
 こんなアドバイス、そして大将のこだわりには申し訳ない気もするが、昼間から4軒(正確には5軒)の名店をガッツリ飲み歩いた旅人にとって、もはや苦手な酒などあるはずもなし。あらゆる酒が、あらゆる盛岡が、どこまでも旨いのだ。
 この日最後の1杯は、廣田酒造店「廣喜」の「仕込み水」であった。岩手の味を支える水の恵みを一気に飲み干し、ようやく最後のお会計。本当にごちそうさまでした!

 はい、ありがとね。やっぱり岩手のよさっていうのは、酒の温度じゃないけど、気候がハッキリしているところかもしれないね。ここは春夏秋冬の移り変わりがすぐにわかるから、酒の美味しさも際立つ。だって、夏の19日まで飛んでた蚊が、20日には落ちるからね(笑)。

 ポトリと床に落ちるのは、むしろ我々である。かくして取材班は特大の満足感と多幸感に背中を押されつつ、ズルズルと宿へと這い戻ったのであった。

(次回・後編へ続きます)

ひさご岩手県盛岡市南大通1-1-24 電話番号:019-654-6716
営業時間:17:30~24:30 定休日:不定休

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