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ヒトトヒトサラ

あの店のヒトサラ。
ヒトサラをつくったヒト。
ヒトを支えるヒトビト。
食にまつわるドラマを伝える、味の楽園探訪紀。

ヒトトヒトサラ40 / TEXT+PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:山口洋佑 2016.09.30 目黒区鷹番「鉄板BISTRO Akahoshi」赤星智和さんの「手作りハンバーグ」

東横線の学芸大学駅を下車。「学大横丁」の高架下を進むと目に止まる、鉄板焼き店。ところで「鉄板焼き」といえば、限りなく正六面体に近づいたブ厚い和牛肉に長い長い鉄の爪(カービング・フォーク)が突き刺さった高級店のそれを思い浮かべてしまうものだが、「鉄板BISTRO Akahoshi」の料理は、そんな既成概念を痛快に裏切り、驚くほどにデイリーユース。
店主の赤星智和さんは「鉄板焼きには付加価値がつきすぎているんですよ。〈シャトーブリアン〉だってもともとは1本のヒレ肉として仕入れているもの。あんな天井知らずの値段を取ることはないと思うんですけどね」と笑う。こちらとしては「そこまで赤裸々な本心を!」「そこまで敵をつくる発言をありがとうございます!」と盛り上がってしまうのだが、そこにもジェントルかつ涼しげな笑顔を返してくれる。
漆黒のカンバスを彩る、素材のコントラスト。磨き込まれた小鍋の光。チリチリグツグツとすぐ目の前で展開される幸福のシズル感には、たくさんの想いが溶け出していました。

1枚の鉄板は、焼く、蒸す、煮る、すべてをこなせる最高の調理器具。もう「既製品を売る」ということはしたくありません

「鉄板焼きの付加価値」のことに関しては、自分もシャトーブリアンやリブロースなんかを扱う高級店、それこそ大手ホテルの鉄板焼きで働いていたことがあるから言えることなんですけどね。僕はもともとは対面商売やサービス業に興味があったので、一流のホテルマンになることを夢見て、地元(福岡)の「麻生外語観光」──そこはトラベル部門とかサービス部門、ホテル事業部なんかで細かな専門分野を学ぶ学校なんです──に入学したこともあるんです。結局は1年目の研修で「これは向いていない!」と辞めてしまうんですけど、なぜかそこの先生に可愛がられて、ホテルの鉄板焼きを紹介されて……。ほかにも自分は洋服が好きだったんで、5坪ぐらいの小さな店を任されたという経験もあります。そこでの接客も最初は楽しかったんですけど、情けないことに、どっちも3年ぐらいしか続かなくて……。

赤星智和さん

 ホテルの鉄板焼き。小さな洋服屋。そこに共通していたのは、「既製品を売る」ことだったという。

 たとえばホテルの場合は、厨房で切り分けられた野菜や肉をマニュアル通りに焼き続けるという仕事だったし、洋服の場合もアメリカで縫製されてきたシャツやパンツを、ひたすらに売り続けるという仕事だったんです。もちろんそういう仕事だって、真剣に打ち込んで極めさえすれば、また違った未来が開けると思います。それができない自分を「浅いなぁ」と感じてもいました。あの頃は靴職人の友だちの工房に遊びにいっては「自分だけのモノ作りができるのは羨ましいなぁ」みたいに嫉妬していましたし、かといって「これは自分には無理だ」という諦めもあって、とにかく迷走していたんですよ。どうしても自分は「実践派」なんです。興味のままに新しい職場に飛び込んでみては、ブツかるところでブツかって、そこから右へ行くか左へ行くかと決めるという、遠回りタイプ。たとえるなら、部屋の間取りをインプットされていない「ルンバ」みたいなもんですかね(笑)。

 そう自嘲する赤星さんだが、不器用なほど嘘のない人柄ゆえに、歳上には愛された。

 本格的な飲食の道に入ることを進めてくれたのも、洋服屋の社長なんです。今でも福岡に帰れば会いにいくような恩人で、これから辞めていくという自分に、「だったらまた飲食をやれ。お前が仕入れた食材をお前の好きなように変えながら提供できるのが本来の飲食業だ」と励ましてもらえたんです。僕はそこで、最初のホテルの料理長の言葉、「鉄板焼きはフレンチでもイタリアンでもなんでもできるぞ。1枚の鉄板は、焼く、蒸す、煮る、すべてをこなせる最高の調理器具だ」というのも思い出して、ようやくエンジンがかかるわけです(笑)。
 そこからは友だちのツテを頼りにヨーロッパに渡って、当時三ツ星だったあるフレンチの店で丁稚奉公させてもらいました。ようやく包丁にも向き合って(笑)。その時代の事件ですか? や、あっちはすべてが事件ですよ。宿舎でルームシェアしている同僚は全員が僕よりも若いフランス人で、意味なくプライドも高い。語学の苦手な僕を馬鹿にしているようなムードもあったし、なにより買い置きの酒や食料を勝手に飲み食いされるのにハラが立ちましたね(笑)。「あるから食ったんだ」と言われても、こっちは言葉で返せない。でも、しょせん奴らの喧嘩は舌戦ですから。ちょっと胸ぐらを掴んでやったら思いっきりビビってましたよ(笑)。
 そのあとは日本に戻って、代官山の「リストランテASO」やスペイン料理の店に潜り込んで、なんとかこの店をオープンしたのが35歳のときです。今年でようやく4年目に突入しましたね。

冷たいステンレスと人肌の木目が美しい店内(写真は開店前の様子)。入り口のすぐ脇には4人がけのテーブル席も。
鉄板に置かれたステーキカバーや各種小鍋。「鉄板焼きでもこういった鍋でちょこまかやってるところは珍しいと思いますね。小鍋でソースを温める、だんだんと音が出る、香りが出る。それらを全部ひっくるめたものが僕の料理だと思っています」
店内にレイアウトされた小物の数々は内外の雑貨屋巡りで少しずつ買い揃えっていったもの。「いずれは自分の店をやろうと思って集めてきたものです。あの頃はやらなきゃいけないことが明確じゃないぶん、想像の世界で遊べて楽しかったですね。今は目の前のリアルに向き合うことで精一杯ですよ(笑)」

鉄板焼き=高級というイメージを覆したい。やっぱり価格の面でも安心・安全じゃないと

 本稿の前置きには「既成概念を痛快に裏切り…」と書いたが、それもそのはず、料理人としてはあまりにも「出たとこ勝負」であり、同時に「自分ならではの逸品を売りたい」と欲し続けた赤星さんの「鉄板焼き」が、面白くないわけがないのだ。
 この日最初に供されたのは、旬の野菜を豪快に焼き上げた「絹川なす ミートソースがけ」、そして(こちらは鉄板を使わないものの)地元・九州の特選素材を敷き詰めた「特上馬刺しのカルパッチョ」だ。


 この茄子は愛媛の名産品で、「名水100選」にも選ばれた愛媛県西条市で栽培されているものですね。それをハーフにカットして、鉄板で焼いたグリエール・チーズに重ねてから、カレー風味を効かせたミートソースをたっぷりと乗せてお出ししています。見た目がちょっと味噌田楽みたいで可笑しいですよね(笑)。

「絹川なす ミートソースがけ」。へたのキワまで青々と香り高く「食べる健康」とでも表現したい旬の味覚に、チーズ&ミートソースのハイカロリーなアレンジメント。
皿に溜まった茄子のジュースは「名ソース100選」か。箸をスプーンに持ち替え、最後の1滴までを味わいたい。

 このメニューは4年目にして定番になっていますけど、新しい食材を見つけては試作を繰り返して、常連さんにもそのつど新しいものを食べてもらいたいと思っています。ただ、新メニューというのは自分の満足度とお客さんの満足度のバランスを取るのが難しいんですよね。黒板のメニューから外れたとたんに、「あれ復活させてよ」「え? そんなに好きだったんですか?」なんてことも多くて(笑)……そういえば最近、『こち亀(こちら葛飾区亀有公園前派出所)』が終わったじゃないですか。最終話の予告編で両さんが、「こういうときだけ〈最近読んでなかったけど好きだった〉とか〈もっと続いて欲しかった〉とか言いやがって!」と激怒しているコマがあるんですけど……彼の気持ちはすごくよくわかります(笑)。

「馬刺し」は高校生のときにバイトしていた居酒屋が使っていた食材を、地元の友だちのコネクションから仕入れています。九州の人間というのは、全員が全員、東京の馬刺しにはガッカリさせられていますからね。

ルッコラ、トレビス、くるみ、ネギの香味/食感がたっぷりとまぶされた「特上馬刺しのカルパッチョ」
味のベースはオリーブオイルで延ばした生姜醤油、そして皿の底に隠すことで後から追いかけてくるニンニクの風味であり、和/洋のちょうど中間を突き進む、ここだけの味わいとなっている。
フランスやチリ産のワインのみならず国産の酒もこだわりの品揃え。1杯目は「馬刺し」に合わせ、佐賀県「七田」の米焼酎を。

 熊本の地震被害は深刻で、まだ瓦礫などがそのままの地域も多いみたいです。車で寝たり、庭にテントを張って、みたいな話が入ってくるたびに心配になりますけど、やっぱり馬刺しも供給がストップしてしまった時期がありました。これまでは「並/上/特上」のうちの赤身が美味しい部分、「上」を使っていたんですけど、それが入らなくしまったので、いっそのこと「特上」にしてみたら、これはこれでファンが増えて、幸か不幸かもう「上」には戻せなくなっていますね(笑)。ただ、そのぶんどうしても値段は上げざるをえません。以前は1000円いかないぐらいで食べてもらえてたんですが、ちょっとだけ越えてしまうのが悔しいところで。

 特大の「絹川なす」は780円。馬刺しは素材が「特上」になれど1150円であり、冷製のヒトサラにしては堂々のボリューム。むしろこれは自慢の適正価格だと思うのだが──。

 うちの店のコンセプトは、世間的に高級なイメージのある「鉄板焼き」を、なるべく気軽に楽しんでもらいたいというものなんです。あまり高級なものは性に合わないし、やっぱり価格的な部分でも安心・安全じゃないと。質がいいのは求めているけど、無駄な高級指向は求めていませんね。たとえば僕がどこかの高級店みたいに「18000円のコースのみ」みたいなことをやってしまったとしたら、それはまたホテルや洋服屋の「流れ作業」に戻ってしまうと思いますし、僕としてはアラカルトでいろいろ頼んでもらって、「これが好き」だとか「あれが食べられない」みたいな、「やりがいのあるワガママ」に応えていくのが楽しいんです。
 じゃあ、次は「ズワイガニのオムレツ」でもいきましょうか。これも650円でお出しできています。

 小さなボウルにズワイガニのほぐし身と玉子を割り入れ、小気味よい金属音を響かせたのち、ジュワーッ!と広がるオレンジの満月。赤星さんはすぐさま2枚のヘラを両手に持ち替え、手前から、奥から、まるでマジシャンのようなスピードでオムレツを焼き上げる。そのシルエットは、目にも鼻にも舌にもうれしい。

ふんわりと巻かれた卵をふたつに切り分け2段に重ねることで、箸では持ち上げられないほどに柔らかな食感となった「ズワイガニのオムレツ カニミソバターの香り」。絶妙の塩気があらゆる酒の相棒に!
もちろんワインも頼みます!

 うーん、そう言っていただけるのはうれしいんですが、ふだんはなるべく鉄板の前には座っていただかないようにしていますね。どうしても温度が上がってしまうというのもありますし、料理の写真を撮られるブロガーさんにこっちが緊張してしまうというのもあるんですけど(笑)、なにより鉄板とカウンターの間というのは、僕が皿を置く調理台としても機能しているグレーなスペースなんですね。以前、調理途中のものを、そこからパクッと食べてしまったお客さんがいるんですよ(笑)。「オレのだと思った!」って。こっちは待たせているお客さんのことを思って顔面蒼白です(笑)。

 そんな逸話に笑っているうちに、丸型にカットされた食パンに焼き目がつけられ、まさにそれが「グレーなスペース」の丸皿に置かれる。確かにこれが野菜や肉であれば、うっかり箸を伸ばしたくなるというのも納得の光景だ。アーモンド型に形成されたパティ、そしてフォアグラ、小鍋からはトリュフの香り。いよいよ今回のヒトサラにして「Akahoshi」の看板メニュー、「手作りハンバーグ フォアグラのせ トリュフソース」の登場である。

 ハンバーグは工程が複雑なので、一度に3人前をつくるのが限界です。まずはA面B面をしっかりと焼いて、鉄板に置いた網に移して、ステーキカバーで蓋をすることで蒸し焼きにしながら火を通していきます。蒸し焼きといってもオーブンよりは熱がこもらないので、温度の見極めが大切ですね。ソースはフォン・ド・ヴォーをベースにブランデーと白ワイン、細かく刻んだ黒トリュフを小鍋で温製にしたものです。もともとはフランスのペリゴール地方の料理で、作曲家で美食家のジョアキーノ・ロッシーニが愛した牛ヒレ肉とフォアグラの料理というのがあるんですけど、うちはそこまでの値段を取りたくないというのもあって、ハンバーグで出してみようと思って。
 僕がフォアグラやトリュフの美味しさに目覚めたのも、やっぱりヨーロッパですね。日本だとそこまでありがたいものだと思わなかったのが、本場のものを食べることで、「こんなに美味しいものがあるのか!」と。

「手作りハンバーグ フォアグラのせ トリュフソース」

 フォアグラの皮膜にナイフを入れ、そのままハンバーグまで滑らせると、罪な脂と赤身の野趣とが混ざり合う。素材すべての肉汁やトリュフの香りがたっぷりと染み込むことでしっとりと濡れたベースのパンもまた……

 あ、そのパンは食べずにそのまま僕に戻してください。最後にもうひと品お出ししますから。

「旨みのテフロン」で焼かれるナポリタン。僕の料理の原動力は、お客さんの反応やリクエストです

 最後?…最後?…最後!……もうこの幸せな時間が終わってしまうのか! と、すかさずグランド・メニューをおさらいする取材陣。悪食の目はシメの欄に「ナポリタン」の5文字を発見! これは言わずと知れた「焼くから旨いパスタ」の代表格であり、赤星さん曰く、「もしかしたらうちではハンバーグよりもよく出るかもしれません。どこかで飲んだあとに、ワインといっしょにサラッと食べて帰るというお客さんも多いですよ」とのこと。胃袋は一瞬でリセットされてしまった。

 自分はオイルやトマトソースを使った「イタリアン然」としたパスタもやってきましたけど、この店のパフォーマンスを最大限に発揮するのであれば、やっぱりナポリタンですね。鉄板はいろんなものを焼いているうちにだんだんとこなれていって、「旨みのテフロン」ができあがるんです。開店直後につくったナポリタンよりも閉店間際につくったもののほうが確実に美味しい……という体(てい)にしておいてください(笑)。

たくさんの旨みを吸い込み色のついた鉄板は、パスタのでんぷん質をも軽快に滑らせる。このヒトサラも、音からして抜群に旨い。
「その穴蔵の家賃っていくらですか?」「確かに油とか塩とか美味しいカスが落ちてきますけど、必ず病気になりますよ!」

 パスタは太めのものを茹で置きしておいて、それを焼き込むことでさらに膨張するので、ナポリタン特有のモチモチとした食感になります。ケチャップはもちろん市販のものです。やっぱりナポリタンは自家製のソースでオシャレにまとめるんじゃなくて、「誰もが知ってる味」にしたいですからね。市販のものを使ったとしても、鉄板にはフライパンと違って「端」がありませんから、麺や具材を大きく揺さぶることでケチャップの水分が完全に飛んで、深い味になるんですよ。

 とはいえこれは友だちのシェフが考案したメニューなんですけどね。開店当初、せっかく鉄板があるので焼きソバでもやろうかと考えていたときに、「隣はお好み焼き屋さんだし、ナポリタンなら店のイメージも崩さないんじゃない?」みたいに言われて、じゃあやってみようと。僕らはその場でパスタやケチャップを買いに走りました(笑)。

「絶品ナポリタン」。実際の麺の量は100グラムだが、丸く太く膨らんだバスタは、旨みの火山のようなクルーザー級。特大のタバスコも頼もしい!

 いよいよ取材も胃袋もリミットである。ここでさきほどの「食パン」がデザートへと姿を変えサーブされた。複雑な塩気とトリュフの香りが染み込んだパンは鉄板の上で小さく折り畳まれ、バニラビーンズの香るアイスクリームのつけ合わせとして再登場。みずのの「塩大福」やロイズの「ポテトチップチョコレート」など、甘味と塩気を同時に味わうものは数あれど、ここには絶妙の温度差までが封じ込められている。
「こ、これ、本当に美味しいです……」

赤星さんが「これをお出しできるかどうかはオペレーションの都合によるのですが、常連さんは当たり前のようにパンを戻してきますね」と語る驚愕の裏デザート。ブラインドで食べれば「これチーズ? マスカルポーネのフレイバード?」となるような未知の味わいであり、グラッパなどを合わせたら気絶するのではないかという美味しさである。

 ありがとうございます! いやぁ、本当にうれしいですね。取材だからといって褒め殺しとかしてないですよね(笑)?
 やっぱり料理というのは机に向かっているときは決定打が出てこないものなんです。みなさんの「美味しい」という言葉が強い原動力なりますし、なにより僕の原点、サービス業の喜びを思い出させてもくれます。こういう小さな店で好きなことをやりながら走り続ける人生も悪くないなって。
 ほかの店でシェフをやっていた頃は、自分の料理を食べてもらいたい気持ちが前に出すぎていて、どうしても柔軟になれない自分がいました。あの頃のノートなんか、もうなんの役にも立っていないですよ(笑)。

鉄板BISTRO Akahoshi 目黒区鷹番2-21-17-1F
03-3715-1713
営業時間:18:00~24:00
定休日:不定休

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