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ヒトトヒトサラ

あの店のヒトサラ。
ヒトサラをつくったヒト。
ヒトを支えるヒトビト。
食にまつわるドラマを伝える、味の楽園探訪紀。

ヒトトヒトサラ38 / TEXT+PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:山口洋佑 2016.08.31 横浜市南区浦舟町「麺工房 あかつき」廣瀬繁さんの「おつまみ麺」

「取材? いつでもいいから18時過ぎにきてよ」と快諾してもらったはいいものの、いざ入店してみれば、地元の常連たちで大盛況の大忙し。「話は後でね」と、いぶし銀の微笑をいただきつつも、客足はいつまでも途切れることがなく、なかなか懐に入り込めず……。
しかしこんな光景もまた、「あかつき」らしさの象徴である。外観はラーメン屋だが、内装を埋めるのは本格焼酎のラインナップ。一塊のラーメン屋を装いながら、剛腕の居酒屋であり中華料理店。横浜中華街の第一線で腕を振るっていたという廣瀬繁さんによる小皿や点心の数々は、酒飲みの胃袋をハイピッチで膨らませ、「ラーメン屋なのになかなかラーメンにまで辿り着けない」という、うれしい遠回りを味わわせてくれるのだから。
厨房にひとり忙しく動き回るマスターの表情を追い、前屈姿勢で狙いを定める我々を不憫に思ったのか、ある優しき常連さんから、「こっちおいで」の声。こうして取材はセンター不在のままにスタートしたのだが──

真のハマっ子は、地元の本格中華で晩酌する

廣瀬繁さん

 ここってよくくるの?……うん、やっぱり旨いからね、知ってる人は知ってるんだよね。この駅(阪東橋)の周りは昔ながらの商店街があるだけで、幅を利かせてるのは風俗とパチンコ屋だからさ、飲み歩きには向かないところではあるんだけど、地元じゃ「ここさえあればほかはいらない」っていうぐらいの名店だし、あなたたちみたいにわざわざここだけを目的にくるっていう人も多いんだよ。野毛の飲み屋街とか赤レンガ倉庫からでもタクシーに乗っちゃえばすぐだしね。あそこ(厨房)に五右衛門風呂みたいなラーメンの釜があるでしょう? あれが面白いってんで綾瀬はるかと福士なんとか(蒼汰)のドラマ(『きょうは会社休みます。』)のロケに使われたこともあってね、放映後は彼らのファンが押し寄せて大変だったんだよ。「福士くんと同じ席に座りたい!」って女の子に、ラーメンだけでだいぶ粘られたりね。でも、そんなことじゃあこの店の本当の魅力は味わえない。ここはラーメン屋というよりも、「最後にラーメンも食べられる居酒屋」として通うのが正解。 ツマミがどれも旨いんだ。

岩手県の農家を解体し、古い梁や一枚板をそこここに使用したという店内。テレビにはオリンピックが流れていた。
壁を埋める一品料理、そして「なぜ町のラーメン屋にここまでの品揃えが必要なのか」と驚かされる焼酎のメニュー。

 俺が通い始めたのは15年以上前かな。雰囲気は当時とほとんど変わらないね。昼はここでラーメンを食べて、夜にもう1回きて、最高に安くて旨い居酒屋として晩酌してるの。職場の奴らと「ここでいくら使えるか」競争をしていたこともあったな(笑)。だってつまみはほとんど300円とか400円台でしょ? 量もしっかりあるから、1品頼めば3杯は飲める。ひとりで3000円払うことができれば優勝だね(笑)。しかも、マスターは中華街の超名店にいた人だからさ、味だって本物。ただのラーメン屋だと思ってなんの気なしに飲み始めた人はみんなびっくりしてるね、この味に。

(取材はどうなるかわからないが)とにかくカンパーイ! 写真は本日のスターター2種。右上は塩に漬かりきることなく野菜本来の歯ごたえと緑を残した名脇役「浅づけザーサイ」。下の「スナックエンドーの食べるラー油和え」もシャキシャキの食感にナッツの香ばしさが映えている。常時キンキンのジョッキやグラスもこの店の売りである。

 さすがは常連A。さすがは15年選手。まさにこちらが紹介したいこの名店のコアを、ズバリ早口でまくしたててくれた(「オレ指名手配かかってるからさ(笑)」と顔出しNGであったのが残念!)。諸事情あって店名は明かせないが、マスターの廣瀬繁さんは中華街では知らない人のいない某広東料理店の出身であり、中国系の料理人に囲まれながら、日本人のトップ・スタッフとして厨房に立っていた正真正銘のプロである。

 あぁ、そこまで知ってるんだ。だったら話は早いね。俺も中華街にはだいぶ通ったクチだけどさ、たとえばこの麻婆豆腐なんて最高に美味いけど、中華街とか都心なんかじゃ同じ味のものがこの何倍もの値段で売られているわけ。皿も大きいから、それを頼んだらほかのものは食べられなくなっちゃう。そこをマスターは俺たちみたいな酒飲みのために、居酒屋サイズの1人前で出してくれるんだよ。

ランチでは「ミニマーボー丼」や「マーボー飯セット」としても人気の「麻婆豆腐」。手切りで叩いた肩ロースのゴロゴロ感、絹ごし豆腐のなめらかさ、そして四川山椒のインパクトに陶然となる。油はしっかりと赤いが、出汁や醤油の安心感もある。まずは箸でチビチビと、最後はレンゲでかきこみたい。

 マスターは酒のすすむツマミのことばかり考えてるんだよね。「どんなものをどういうふうに出したらどれだけ酒が旨くなるか」ってのを知ってるんだ。だから、あくまで中華街っていうのは観光地でさ、地元のハマっ子っていうのはこういう店を探して呑んでいるという人が多いと思うよ。あんな人混みを歩いて、わざわざ予約して食事するなんてことはめったにない。

 決して中華街を否定しているわけではない。しかしテーブルに並べられたホカホカの蒸篭、熱々の点心を口に運べば、その言葉に大きく頷かざるをえない。「あかつき」の点心は、まさにその某広東料理店のセントラル・キッチンに形成を依頼し、当時の同僚や後輩の仕事や食材のクオリティに目を光らせながら、その味を保っているのだという。

専門店の味を超える本格点心も、ふたつで300円。しかも「組み合わせ自由」というのがうれしい。写真上は「エビ蒸し餃子とニラ餃子」、下は「シュウマイとフカヒレ餃子」。米粉の舌触りにウットリの蒸し餃子も素晴らしいが、肉の旨みがダイレクトに味わえるシュウマイのクオリティにも目を見張る。どれもおかわり必至の「食べる宝石」である。

 マスターももうお歳だからね、点心をイチからつくるのは体力的にキビしいと思うんだ。こんなこというとマスターがすごい怖い人だと思われちゃうかもしれないけど、彼が昔の後輩たち相手に恫喝……じゃないけど、電話ごしにかなり厳しい口調で指導をしているのを聞いたこともあるよ(笑)。少しでも納得できないと「客には出せない」ってなっちゃうみたいでね。

 また、続いて出された餃子に関しては、100%が自家製。プレーンの「白」、唐辛子が混ぜ込まれた「赤」が交互に並ぶ、モチモチの紅白餃子である。

「焼き餃子」もポッテリとした皮の旨さが際立つ!

 ほら、厨房の奥からバンバン大きな音が聴こえるでしょう? あれは近所のお米屋さんがこの店の大きな業務用冷蔵室に篭って餃子の皮を打ってる音なの。この店は地元のつながりがすごく強いから、皮に特別こだわりのある人が仕込みを買って出てるんだよ。本当にマスターは愛されてるし、酒飲みを愛しているよね。だってこの餃子だって、ふつうの餃子と唐辛子餃子に(メニューを)分けちゃえば、倍の値段を取れると思うんだよ。でも、マスターには「どっちも食べてほしい」って気持ちがある。これはそういう気持ちの入った餃子なんだよ。

冷蔵室の大きな扉の奥、人知れず仕込まれる餃子の皮。

飲み助のための炭水化物、その名も「おつまみ麺」

 ここでマスターに代わり、スタッフの本田真理子さんが話に加わってくれた。

本田真理子さん

 うちは本当によく呑む人が多いんですよ。あまりにビールが出るものだから、明日には3つのコック(注ぎ口)がついた新しいサーバーが届くんです。ドライで甘さのないサワーをつくれる「樽ハイ倶楽部」用のコックがひとつと、スーパードライ用がふたつ。中華料理屋さんでもここまでのサーバーを動かしている店というのはあまりないと思いますね(笑)。
 あと、今日は裏メニューで「キャベポン」というのがありますよ。箸休めにいいと思うんで、お出ししましょうか。

キャベポン。その名の通り、芯まで甘いキャベツ(そして豆腐)に自家製ポン酢をかけたシンプルなヒトサラだが、やはり胡椒と唐辛子の絶妙な味加減にビールがすすむ。
凄腕中華料理人ならではの深淵なる蒸し物「豚の豆豉蒸し」。豚の脂と特製餡がプルプルに一体化した甘く旨い煮こごりに、黒大豆の発酵食品である豆豉の風味がたまらない。

 なんなら厨房も撮影してもらっていいですよ。マスターの包丁がすごいんですよ。毎日砥石で手入れしているので、最初は四角かった中華包丁が3年であんなカタチになっちゃうんです。マスターは「まな板だってだんだんヘコんでくるから、そのカーブにちょうどフィットして使いやすいんだよ。そろそろ後継を育てなきゃって」って、もう新しい包丁を買ってあるはずなんですけど、わたしの見る限り、まだ登場してませんね(笑)。

味の染みたチャーシューと 廣瀬さんの身体の一部となった中華包丁。自慢の煮卵は「双子」を使用することもあるとのこと。
自家製の果実酒も充実。

「ところであなたたちはラーメン食べないの?」とは、ふたたび常連Aさんの言葉。

 たとえばカップルのお客さんがふたりで1杯のラーメンを頼んだとするでしょう? マスターはそんなお客さんにも、中盛りと小盛りの2杯に分けて出してあげてるのね。やっぱりひとつの器から取り分けるよりも旨いと思うし、俺たちはそういう優しさに感動させられちゃうんだよね。あと、ここは醤油ラーメンとかタンタン麺、辛味噌つけめんなんかも最高だけど、マスターが独自に考案した「黒酢ラーメン」というのもおすすめだね。あれはほかでは食べられない。びっくりするぐらいに酸っぱ辛いんだけど、毎日でも食べたくなるようなまろやかさもあってね。

「うーん、ラーメンを食べるとその日の晩酌が終わってしまうじゃないですか。それが悔しいんですよね」とは、取材班Aの言葉。「本当に酒が好きなんだねぇ(笑)」と呆れられつつも、ここでオーダーしたのが、「ラーメンまで辿り着けないラーメン屋」ならではの旗幟とも取れる創作料理、「おつまみ麺」だ。

おつまみ麺。「スナックエンドーの食べるラー油和え」にも使われているラー油や、あえて皮を残して混ぜ込まれたピーナッツの香ばしさ、もやしにまでよく絡んだ唐辛子など、これぞ酒飲みのための麺料理!
見た目はアブラ麺のようだが、常温で供されるのがこの麺の特徴。モチモチの中太麺が胃袋という名のカルデラに、いつしかスっポリと収まってしまう。
しかしラーメンのことについてまったく触れないというのも失礼ではないかと、五島列島の煮干し、焼津の鰹本節、鯖節、土佐清水の宗田節(メヂカことマルソウダガツオを燻製・天日干しにしたもの)、北海道の昆布など、スープに使われる素材を見せていただいた。ここに各種の香味野菜が加わり、純和風の廣瀬流ラーメンが完成する。
「酒ならまだまだ飲みますよ!」と注文した「モツの味噌煮込み」。大きく切り分けられたモツの旨みが溶け出したスープはこってりとしているが、そこに鰹出汁をあわせたと思しきふくよかな酸味も感じられ、ここだけの味わいとなっている。
瓶ビールにチェンジし、『ナニワ金融道』や『ミナミの帝王』など漫画のタイトルを肴に飲む!
大通り沿いだが半個室。この時期はとくに気持ちのいい外席。「次回はここでラーメンまで!」の意思を固くする。

 マスターは無愛想に見えて、本当に優しい人なんだよ。ここは家族連れもたくさんくるんだけど、何年も前のお客さんの顔なんかもよく覚えていて、自分から「お子さん大きくなったね」とか「上の子は元気?」なんて話しかけたりもしていてね。でも、料理に関しては絶対に手を抜かないから、仕事中は話しかけちゃダメ。自分からは多くを語らないし、たまにマスターの素性を知らない酔っ払いに「大将旨いね! 中華街でも通用するんじゃない?」なんて言われたりしてるんだけど、「そうですか? ありがとうございます」なんて応えててさ、こっちがその客に説教したくなっちゃうぐらい(笑)。……うん、俺はああいう人が本当の職人っていうんだと思うな。

 大満足の赤ら顔で会計を済ませる取材班に、「今日は悪かったね。またきてね」と廣瀬さん。その温和な表情は、自らの味や包丁に対する誇りや自信、そして客のひとりひとりを居間に招き入れもてなす祖父のような慈しみに満ちていた。
 ラーメン食べずにスミマセン! 必ずまた寄らせてもらいますので!

麺工房 あかつき 神奈川県横浜市南区浦舟町1-8
045-242-9989
営業時間:11:30〜15:00/17:30〜22:00
定休日:木曜日

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