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ヒトトヒトサラ

あの店のヒトサラ。
ヒトサラをつくったヒト。
ヒトを支えるヒトビト。
食にまつわるドラマを伝える、味の楽園探訪紀。

ヒトトヒトサラ22 / TEXT+PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:山口洋佑 2015.09.30 練馬区桜台「友愛」佐藤憲司さんの「つちの子」

西武池袋線の練馬駅から歩くこと数分。地元民でなければ立ち寄ることもない、こじんまりとした商店街の片隅に、我らの狩猟民族魂(?)を呼び起こす名物居酒屋、「友愛」がある。
店主の佐藤憲司さんは「肉」の道に入り50年近く。67歳となった現在も、昼は精肉業界の最前線で働き、夜は店の仕事に汗を流し、なおかつ学校給食にもその身を削るというアイアンマンだ。
肉ひとすじの人生に支えられた、味の風格。そして、その温かい人柄からくる、最上のもてなし。今回のヒトサラ「つちの子」も、そんな佐藤さんのサービス精神から生まれたメニューであった。

佐藤憲司さん。

同級生はベーゴマ。自分は「肉」。横目で見ながら涙が出てね……

 うちは親の代から肉屋なんです。最初は中野区・上高田の店で、もう50年ぐらい前になるのかな。そこで親の背中を見ながら、小学6年生の頃には包丁を握ってました。昔は親も子どもを戦力にしようと一生懸命鍛えるわけです。だから親子というよりも「師弟関係」だよね。俺だってさ、遊びたいしさ、やってみたいことがたくさんあった。みんなが缶蹴りしたりベーゴマしたりしてるのを横目に涙が出てね。だけど気づいたら、自分の人生の路線が肉屋で固まってたんだよね。でもそこからだんだんと「俺はこの道だったら負けない」という気持ちが生まれていったし、悲観的な思いは消えていった。いつのまにかポジティブな気持ちでいられるようになったんだ。
 今は息子がこの店に入ってくれてるし、三代目として、俺から仕事を教わっている。すべては「順ぐり」なんだよ。

 そんな佐藤さんの涙や苦労は、友愛を訪れる老若男女への喜びへと還元される。「焼肉という料理」に敏感な人であれば、すぐにこの店の肉が「値段につりあわない」ということがわかるはずだ。それはもちろん、こんなにいい肉をこんなに安く? という驚きであって……。

 一頭の牛が半身になって天井から吊るされているのって、テレビなんかで観たことあるでしょう? あれを解体できるのって、ごく限られた人だけなんだ。そういう業者さんの仕事が入るたびに肉の値段は高くなっていくわけだけど、うちの場合は、骨抜き、整形、柵取り、カット、全部自分のところでやっちゃうからね。それが強みといえば強みだね。

 人間誰しもが最初からプロではない。食肉市場という究極の実力社会において、佐藤さんはどのように仕事を覚えていったのだろうか。

 身内が肉の卸しの仕事をしていたので、そこで10年ほど勉強させてもらったことがあったんだ。もちろん親父の七光りもあったよ。親父と同輩の人たちがみんな卸しの親方をやっていてさ、「あいつの息子か!」なんて大事にしてくれるわけ。……でも、そこに甘えていたんじゃ本当の実力はつかない。だから自分なりの戦術を覚えるんだよね。芝浦(東京都中央卸売市場食肉市場)には個室のようなブースが60くらいあるんだけど、一番早い時間に乗り込んでいって、夏の暑い日なら缶コーヒーの冷たいのでも差し入れる。「友愛です。いつもお世話になってます」と顔を売っていくんだ。そのうち「あいつにいいとこ回してやれ」なんて言ってもらえるようになってね。あの頃はそういう業界の裏側も知ることができたし、自分の人生、無駄はなかったと思うよ。

その量と発色に圧倒される店内メニュー。「全部俺の手書きですよ。それまで筆なんか持ったことなかったけど、〈食べてほしいな〉という想いで書くと伝わるみたいでね、〈このメニューを見ながら飲むのが旨い〉なんて褒めてくれるお客さんもいます。恐縮しちゃうよね」
やき串2本、エビフライ、牛もつ煮、オニオンサラダ、そして生ビールがついての「友愛日替わりセット」。なんとこれで1500円という太っ腹メニュー!

市場に1日1本の黒タン、それを関東一円で取り合うんだよ

 つまりは徹底的な人件費の排除と、遊びのない人間関係の構築。そんな努力に裏づけされた圧倒的な美味しさを、まずは「和牛黒タン」にて味わう。

 黒毛和牛のタンは表面の皮が真っ黒なんだ。ふつうの和牛は真っ白だし、黒毛和牛でも交雑のものだと「半白半黒」といって、色が混ざる。みんなはそれを黒タンだと思って食べてるんだけど、本物の本物は違うんだよ。これはタンモトからタンサキまで全部に霜が入っていて、どこをどのように食べてもしっとりとした旨さがある。この旨味っていうのは本当に独特なんだ。

 俺はこれを手に入れるために2ヶ月は頑張ってるんだから、ちょっとは自慢してもいいよね(笑)。市場に1日1本の黒タンが出るとして、2ヶ月でも60本。それがどこへいくかって、まずは「いくらでも払う」という料亭でしょう。もし半数が残ったとしても、それを関東一円で取り合うんだよ? それがどれだけ大変なことか(笑)。

和牛黒タン。

 確かにここまで鮮烈なタンには出会ったことがない。上品な脂の旨味にあふれているのに、食感はサクッと軽快で。

 今日は出せないんだけど、「ワンヒートビーフ」というのもうちの名物。ふつうは肉って火をつけたまま焼くでしょ? ところがこのメニューは、南部鉄皿を熱して、まず野菜を焼く、そこで火を止めて、あとは余熱だけで肉を焼く。だから「ワンヒート」。これは刺身でもステーキでもない、すごく美味しい焼き方なんだ。肉はAの5番。それでもうちは何千円も取るようなことはしたくないから、ステーキやしゃぶしゃぶ用に肉のかたちを整えるときに出る端の部分だけをまとめて使う。だからリブロースならリブキャップが出るし、モモならトモサンカク、肩ロースならザブトン。本当に旨いところを少しずつ。うちの常連さんはみんなこのメニューを待ってるね。

 ワンヒートビーフは「友愛四天王」と呼ばれるメニューの筆頭。今回味わえなかったのは残念だが、同じく四天王のひとつである「和牛焼きシャブ」の美味しさが、その悔しさをあっさりと吹き飛ばしてくれた。

和牛焼きシャブ。口の中でジュワッととろける和牛を、気取らない甘辛味で食べるのは、ちょっとした背徳感があるが、「白いご飯、味噌汁、お新香のライスセットといっしょにかきこむ人も多いですよ」と佐藤さん。

 冬場にはふつうのしゃぶしゃぶを出してたんだけど、鍋物は準備に時間がかかるから、もっと手軽にたくさんの人に食べてもらえないかな、というところから始まって、同じ材料を鉄板で焼いてみたんです。これなら夏場でも気軽に食べてもらえる。薄切りの肉が柔らかくて、ネギといっしょに食べると旨いでしょう? この肉も和牛モモのA4かA5。調理法が変わるからといって、肉のランクを下げるようなことはしないよ。

 うちの焼きレバも、ランクは刺身で出していたものとまったく同じ。今はレバ刺しの提供が規制されて、芝浦でも牛レバというのはあまり動いてないんですよ。昔は逆に品物が足りなくて、1枚のレバーを3人くらいで分けていた。規制前はうちも「金曜日はレバ刺しの日」なんていって、限定で出してたんです。懐かしいなぁ……もうできないんだよね、あれ。

 この焼きレバーがまたすごい。その舌触りはテリーヌを連想させるほどにクリーミーだ。

シイタケはレバーの避難所であり、レバーを食べた後のお楽しみでもある。なんて合理的!

 すごくなめらかでしょ? それは血管と甘皮を残らず掃除してるから。これ、1枚の処理に1時間半はかかるんですよ。同じ業界の仲間には「どうせ焼くのにそんな仕事する必要あるの?」なんて言われたりもしたけど、俺は10人にひとりでもこの味をわかってくれるお客さんがいる限りは続けたいと思ってるよ。

 焼きすぎないようにするにはシイタケの上に肉を乗せておくといいですよ。しかもシイタケがレバーの美味しい肉汁を吸ってくれるんだ。シイタケって、ふつうは香りをメインに楽しむ食材だと思うけど、この鉄板の上ではまったく別の食べ物になるんだよね。

友愛最大のインパクト・メニュー「つちの子」とは!?

 友愛の看板には「やきとり」ともある。埼玉の東松山では「やきとりという名のやきとん」が名物であり、そこでは豚のカシラが主流。なおかつ一軒一軒が、その店だけの味噌ダレを売りにしているのだが、友愛の「やきとり」にもまた、最高の味噌だれが添えられている。

 味噌はうちの三代目がつくってるものです。東松山の界隈では、辛いもの、甘さを抑えたもの、酒の香りが強いものというふうに、それぞれの店が「これがうちの味噌」という味をもってるんだけど、うちのはどちらかといえばピリ辛なのかな。万人向けしつつもパンチのあるものを仕込んでます。
 ちなみにうちのカシラは頬肉だけしか使ってません。カシラって、豚の「お面(かしら)」という意味で、全体的に見ると皮の下の部分までが含まれるから、すごく脂っこいんですね。でも頬肉の場合は適度に脂が抑えられていて、旨味も濃いし歯ごたえもいい。もちろん値段でいえば一番高い部分。「これがカシラ?」と驚いてくれる人も多いですね。

豪快に焼き上げられた「やきとり」。
定番のメンチカツ。「衣が軽いでしょう? 揚げ物で重要なのは、やっぱり油なんですよ。うちでは18リットル入るフライヤーを使ってるんだけど、すごく頻繁に取り替えているんです。コツはただそれだけですよ」

 また、友愛に初めてやってきた客が、必ず二度見してしまうメニュー、それが「つちの子」だ。つちの子といえば日本古来の未確認生物であり、もしや佐藤さんのネットワークをもってすれば、そんな肉までもが入手可能なのだろうか?……という空想までが頭をよぎる。

 これは鳥のササミ(笑)。まったくの偶然から生まれたメニューなんですよ。ある日、仕入れの量を間違えて、休みの前日に大量に届いてしまった。そのまま置いといたって鮮度が落ちるだけだから、みんなにサービスしちゃおうと思って、いろんな味つけで出してみたんです。

 そう、「つちの子」とは、新鮮で肉厚の鶏ササミに切り込みを入れ、そこにたっぷりとワサビを挟み込み、レアーに焼き上げた串のこと。これが罰ゲーム級の刺激ながら、肉の旨みがそこに勝つ、大推薦のヒトサラなのだ。(泣きながら)本当に美味しいです!

 でしょう? 女性なんかでもパクッと食べちゃう人が多いですよ。名前もお客さんが「かたちが似てるね!」なんて言うんでこれに決まった。本当にいい名前をもらったなって(笑)。

「ツチノコしかり、メニューの名前のインパクトっていうのは大事だよね。たとえばこの〈和牛A-4串〉。こんな正直なメニュー名もないでしょう?(笑)」と佐藤さん。これもまた圧倒的。食べればわかる嘘のなさ!

お客さんが行列までつくって「新聞を見ました!」俺は単純にかわいそうだと思っただけなんだ

「友愛の創業は12年前。もう取り壊されちゃったけど、最初は豊玉中(練馬区)で始めたんです。住宅街の中の、びっくりするような小さなお店でね。だからちょっとでもお客さんの声が響いたりすると苦情がきちゃって、居酒屋なのに〈夜8時までの営業にしろ〉なんて言われてね。そんなの商売にならないでしょ(笑)? それでここへ移ってきたんですよ」

 友愛の料理には佐藤さんの誠実な人柄が色濃く反映されているが、その部分を語る上で、新聞にも掲載されたこんな逸話にも触れておきたい。
 夫の暴力に悩んでいたある女性が、子どもふたりを連れ、逃げるように家を出て、母子寮で暮らしていたという。子どもたちを銭湯に連れていった帰り道、友愛の前を通ると「いい匂いがするね!」と、育ち盛りの子どもたちが入店をねだるのだが、家族の生活はギリギリで、外食をする余裕などなく、女性が困っていると、マスターは子どもたちに唐揚げやコロッケをご馳走し、なんとお土産まで持たせたのだという。女性は記者に対し、「思い出すだけで涙が出ます」と感情をさらけ出した。


 そんな話、よく知ってるね(笑)。当時の首相の鳩山由紀夫さんが「友愛」ってキャッチフレーズを掲げてたでしょ? そのつながりで毎日新聞の記者が取材にきたことがあったんだけど、その時に、ちょうどその親子がお客さんでいらしてたんです。生活もだいぶ落ち着いてきた頃で、「このお店に恩義があるから」と通ってくれていて、記者の人にも「このマスターはこういう人で」という話をしたみたいだね。俺は単純に「かわいそうだな」と思っただけだったし、まさか記事になるなんて思ってもみなかった。だから、自分のちょっとした好意でこんなにも喜んでもらえるのであれば、平素からそういう姿勢で営業していかないといけないなって、つくづく思いましたね。今やその女性も立派に自立していますよ。
 ……だけど、新聞に出た後は大変でしたね。記事を読んだ人は「どんな店なんだ?」って興味が湧くんだろうね。お客さんが行列までつくって「新聞見ました!」って、ほとんどパニック状態ですよ。それだけメディアの力ってすごいんだね。

 そんな回想をしながらも、佐藤さんはメディアの宣伝に対し、「うちは常連さんたちの口コミで、〈あそこの店は旨いんだよ〉〈じゃあ連れてってよ〉」ぐらいの感じがちょうどいいんだよね」とも語る。

 だってそういうお客さんは、お店のルールやヒストリーまでをわかってきてくれる人だからね。この店のルールというのは、早く開けて早く閉めること。夕方4時に開店して、10時でオーダーストップ。きっちり10時半までに食べてもらって、お帰りいただく。たとえばお酒が入ると楽しくなっちゃって、こちらがどんなに言ってもなかなか帰ってくれないお客さん。そういう方には申し訳ないけど、次回の来店はご遠慮願ってます。なぜならこの仕事は身体が資本だし、そうでもしないと、本当にうちの肉を楽しみにしてくれている人に迷惑がかかる。うちの常連というのは、俺が毎朝5時には起きて仕事を始めるというのをわかってる人なんだ。
 店を閉めて家に帰って、事務仕事なんかをしていると、だいたい夜中の2時。パッと目をつぶっても3時間後には起きなきゃいけない。ふだんは学校給食の仕事もしているから、そのくらいには仕事を始めないと間に合わない。今は学校が夏休みなので、ひさびさに人間らしい生活をさせてもらってますよ(笑)。
 うちのママと息子だって、朝の8時半にはお店に入って、何時間もかけて串打ちをする。これ以上はないってくらい、準備だけはしっかりとする。それが最低限のサービスでしょう。どっかの工場で串に打たれたものを段ボールから出して、夕方から「さぁ、やるか」なんて商売はしてないし、半端なものを売って、そこそこ儲かって、ハイよかったね、という話でもないんだ。

締めには「昔話」のようなルックスの「塩むすびセット」もおすすめ。「上に乗ってるのは〈やきとり〉の味噌だけど、あったかいご飯にも合うでしょ? これでお父さんの晩ご飯も完了。結構人気ですよ」

 話を聞けば聞くほど、その献身的な働きっぷりに驚かされてしまう佐藤さん。
「商売とは品物とお金の交換ではない」
 奇跡とも思えるこの店が商店街の片隅でずっと営業を続けられているのは、佐藤さんのそんな信念あってのことなのだ。


 価値のあるものを食べたいという人を大事にしたいだけです。本当にいいものを提供して、その人が満足してくれて、そこで初めて商売をしたということになる。これは俺が20歳の頃から培ってきた、曲げられない哲学でね。結局この仕事は、「想えば想われる」ということなんですよ。

友愛 東京都練馬区桜台4-21-4
03-3991-7741
営業時間:16:00~23:00
定休日:日曜日

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