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ヒトトヒトサラ

あの店のヒトサラ。
ヒトサラをつくったヒト。
ヒトを支えるヒトビト。
食にまつわるドラマを伝える、味の楽園探訪紀。

ヒトトヒトサラ17 / TEXT+PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:山口洋佑 2015.6.30 台東区浅草橋「食堂酒場グラシア」匠豊さんの「トンテキ」

浅草橋の住宅街に突如現れる豚肉天国! 至上の「トンテキ」ここにあり! 三重県四日市のローカルフード~B級グルメの新鋭として全国に広まったこの料理を、究極に洗練されたヒトサラとして提供する店が、食堂酒場グラシアだ。
「食堂酒場」の名の通り、その味は酒飲みの胃袋を掴んで離さない。マスター匠豊(たくみゆたか)さんのフライパンさばきには、これこそが豚肉をもっとも美味しく食べさせる方法だという確信がみなぎっているのだ。

生の肉を、お客さんの目の前で焼く。それが四日市トンテキ本来の姿です

 四日市トンテキが生まれたのは昭和30年代のことですね。「來來憲(らいらいけん)」という中華料理屋が始めたもので、僕にとっては地元のソウルフードなんです。当時の自分は小学生。親父は有名な割烹料理屋をやってました。花板から脇板まで6人ぐらいを抱えて、120席ぐらいの店でね。そんな親父だったから、來來憲の創業者さんとも懇意になって、レシピを教わってきたり、いつしか自分も連れていってもらえるようになった。勉強とか運動を頑張ったりすると、そのご褒美が來來憲だったわけです。特別なごちそうでしたね。本当に旨かった。子どもにはなかなか噛み切れなかったけど(笑)。
 その後ずいぶん経ってから、トンテキは「B級グルメ」の花形として注目されるわけですけど、本場の味がお店の都合でアレンジされてしまうというのは世の常なのか、にんにくの香りを人工的に混ぜ込んだソースを使っていたり、輸入の安い肩ロースをあらかじめコンフィしていたり、四日市の人間にとっては失礼千万なものがほとんどなわけです。本当のトンテキというのは、生の肉をお客さんの目の前でカットして、そこから溶け出すラードで、にんにくといっしょに焼いていくもの。それでこそ胃袋を揺さぶるいい香りが出るんです。

「わたしの顔は公序良俗に反するでしょう(笑)」と写真はNGのマスターであったが、その表情にはさまざまな人生経験から培われた厳しさと優しさが滲み出ている。「SNSなんかで拡散していただくのはありがたいことではあるんですけど、僕が売りたいのは僕ではなく、料理そのもの。そこは徹底させたいんです」

 トンテキというのはこれだけ厚い肉に火を入れるわけですから、焼きのテクニックが大切なんです。簡単にいえば、まず強火、フタをして蒸し焼き、フライパンのヘリを使いながら、いちばん厚い部分を焼いて、火が完全に通りきらないうちに、ソースを入れる。最後はその水分で蒸し上げるわけです。この方法だと、たとえ冷たくなったとしても柔らかい、最高の状態になるんですね。

 店内にたちこめる、音と香り。透明なラードに溶け出したにんにくの香ばしさに、食欲全開。テーブルの全員が夢中で喰らいつく(当然に冷たくなどなるはずもなし!)。つけ合わせのマッシュポテトがまた絶品。豚肉料理の最高峰として、洗練に洗練を重ねてきたことが伝わってくる。

 わかる人にはそう言ってもらえますね。ソースもブラッシュアップを重ねてますし、豚肉は林SPFのリブロース。偽物は出していません。一般のお客さんにこんな話はできないからいつも寂しくて(笑)今日は喜んで話しますけど、この肉はある有名なトンカツ屋さんが特上2800円で出しているものと同じものです。それをなぜ980円で出せるかといえば、ここが繁華街でないから。地代が安いから、そのぶん料理の値段に転化できるんです。本当に美味しいものを、できるだけお安く体験してもらいたい。それがうちの経営方針です。
 それでも最初は苦戦しましたね。知り合いにも言わずに始めたし、飲食店の同業者さんを招待するようなこともしなかったから、週に2~3回は売り上げゼロの日があってね。誰にも見られない早朝を選んでショップカードをポストインしたりもしました。それでもダメだから、これはヤバいなぁ、と思っていたら、ある日「食事だけでもいいですか?」というお客さんがフラッと現れて、「うまい!」と大絶賛。その翌日、とんでもない食の評論家さんや飲食関係の方を3人も連れてきてくださった。あとで聞いたらその方自身も有名なブロガーで、その夜をきっかけに、うちの味が少しずつ広まっていったんですね。それからはのべつまくなしにいろんなお客さんがきてくれるようになりました。つくづく本物にこだわっていてよかったと思いました。
 こんなヘンピなところまできてくれる人というのは、それだけで縁があるということだと思いますし、食に対して独特の嗅覚を持っているお客さんだと思うんですよ。うちが電話予約を受けないのはそのためなんです。わざわざここまで歩いてきてくださった方を優先したいんですね。

チキンビリヤニに極煮干しラーメン。美味しいものはとことん研究するんです

生産者と話をし、最良のものだけを仕入れるという舞茸やシメジ、女性の手の平ほどはある特大のひら茸など、信州キノコの横綱ばかりを揃えたソテー。バターと生クリームをベースにしたガーリック・ソースとの相性に悶絶!
長野県の水産試験場が交配に成功させたニジマスとトラウトの養殖品種=信州サーモンを使ったカルパッチョ。そこに合わせ薦められるのは同郷の信州ワインであり、「寒暖差がいい果物を育てるんです。長野という土地はワインにとっても最適な状態になっていますね」と匠さん。ちなみに平日16時から19時はグラシアのハッピーアワー。ボトルワインが1000円引きになる。
あっさりとしたオニオン・ドレッシングで素材それぞれの鮮度を楽しむ野菜サラダ。この日の主役は生のズッキーニ。大ぶりのカットがシャクシャクと美味しい。

 トンテキは客の9割がオーダーするという不動の看板メニューだが、その日に入荷した厳選食材を惜しみなく使用した日替わりのアラカルトもグラシアの魅力。なんとこの日は生マサラの調合からこだわり抜いたインド料理「ビリヤニ」までがテーブルに運ばれた。

 美味しいものはなんでもつくりますし、とことん研究します。錦糸町に「アジアカレーハウス」という早朝までやっているバングラディシュ料理屋さんがあるんですけど、そこには70回以上通って、スパイスの勉強をさせてもらいましたね。ビリヤニの炊き方というのも僕のオリジナルで、ふつうは鋳物の鍋を使うんですけど、うちは炊飯器のお釜に素材を重ねて、そのままオーブンに入れてしまう。それを炊飯器に戻して、保温状態にしておくんです。この方法なら最後のお客さんにまで温かいものを出せますし、大量につくったものを再加熱するよりも絶対に美味しいと思うんですよ。

チキンビリヤニ。スパイスと鶏もも肉の脂がしっとりと染み込んだ長粒米に、ホコホコとしたダールの食感。梅干しのような酸味のマンゴー・アチャール(ピクルス)も絶妙。

 僕自身がいっぱい食べながら飲むタイプなので、締めのメニューにはこだわってます。ごはんものですと、「昭和の牛めし」というメニューも出しています。あ、ごはんといえば、大食い選手権で有名なMさんがいらしたときはすごかったですよ。炊いたそばから1升も食べるんです。豚も牛もかたっぱしから食べる。ついにはお米がなくなって、いっしょにこられた仲間の方がそこのコンビニで「サトウのごはん」を10個追加! リアルなフードファイトを見ましたね(笑)。
 まだ仕込みが終わっていないので今日は出せませんけど、締めのラーメンというのもほぼ毎日つくっています。極煮干しやムール貝、さつま地鶏など、その日その日のいい食材でスープを取るんです。ラーメン好きなら誰もが知ってる有名店の店主なんかも食べにきてくれます。
 きのうは北海道産のハルキラリという小麦を使ったニョッキが売れてくれました。自家製の超濃厚ゴルゴンゾーラ・ソースをたっぷり絡めて出すんですけど、ソースだけでもワインがすすむと好評でしたね。

 インドにイタリアン。専門店顔負けのラーメン。あらゆるジャンルの料理に隙がない、まさに無敵の料理人。

 本当にいろんな仕事をしてきましたね。さっきもお話したように、親父は割烹をやっていたんですけど、お袋はお袋で四日市ではかなり有名なクラブ──その時代は「ミニクラブ」と呼ばれていましたけど──のオーナーだったので、周りからは「水商売の申し子」なんて言われていました(笑)。大学の卒業後は教員免許をとって先生になろうとしていたこともあったんですけど、結局は親父の取引先の酒屋さんに「お前まだ親のスネをカジるつもりか。俺のところのソシアルビルのスナックが空いてるから自分で稼いでみろ!」と叱咤されて、最初の店をやることになるんです。
 ただ、これがやってみたら大変なんてもんじゃない。スナックなのに女の子は集まらないし、集まってもすぐに辞めていくしで成り立たない。その頃の自分は刺身も切れたから、和食を出すスナックとしては話題になったんだけど、結局お客さんの目当ては女の子なわけだから、誰もこないんです。そこで自分は180度方向転換。今度はやんちゃな男の後輩ばかりを集めて、ショーパブ系の店に切り替えたんです。仕事明けのホステスさんに楽しんでもらえるように、深夜から朝までの営業にして、ここでは話せないぐらい下品な瞬間芸で盛り上げてね(笑)。で、これが大ヒット。すぐに銀行からも2軒目を出しましょうという話がきて、そうなると学校の先生なんてやってるヒマなんてないから、そこから本格的に水商売の道へ進むことを決めるんですね。

 匠さんの「本格的」は、とことんまでに本格的。「今度は本当にやりたいことをやろう」と蝶ネクタイを締め、オーセンティックなカクテルBARをオープン。あらゆる酒の専門知識、フルーツカットの技術なども身につけ、N.B.A.(日本バーテンダー協会)から賞を貰うこともあったという。

 当時は毎晩BAR巡りですね。とくに某Yという老舗の店長さんには鍛えられました。そこでは「このお酒を最高に美味しく飲ませるタイミングは?」みたいな難問ばかりを浴びせられるんですけど、いつも答えられないのが悔しくて、必至で考えるうちに、「なぜこの酒はこのかたちで販売されているのか。どんな想いで出荷されているのか」という本質に向き合うようになったんです。そうなると、すべての酒が宝物のように思えてくるし、少しでも美味しく飲んでやろうという気持ちになるんですね。
 たとえば夏場のビール。ふつうの人はカラカラに喉が乾いているところ、1秒でも早く飲みたいと思うんですけど、その前に、水でうがいをするんです。そこに冷えたのを流し込む。これだけで旨さが劇的に変わるんですよ。

 酒を語るマスターの笑顔からは、百戦錬磨ならではの余裕と貫禄が感じられる。これまでにプール1杯ぶんは飲み干してきたのではないかという、達人の貫禄が。

 タンクローリー3台ぶんぐらいじゃないかな(笑)。とにかくすべてのお酒を生(き)の状態のまま楽しむことで、酒のなんたるかを学んだというのはありますね。スコッチもバーボンもしこたま飲んで、僕が最後に辿りついたのは、キンキンに冷やしたコアントロー(ブランデーにオレンジの果皮から抽出した香味成分を加えたリキュール)のヴィンテージ。黒ビールをチェイサーにしてね。
 その頃、大阪北新地の「カハラ」という創作料理の店で食のことを学ばせてもらったのも大きかったですね。ミシュラン常連のすごい名店で、将来的には自分もこういう店がやりたいと一念発起。30歳の頃には飲食店を3店舗やって、同時に車の輸入販売もしていました。

 酒を知るものは人生を知るということか。しかし……

 それがぜんぶバブルでパーンといってしまった(笑)。まだ3歳と0歳だった子どもたちを路頭に迷わせるわけにはいかないから、次はExcelの達人、つまりはサラリーマンになるわけです。そこからはいろいろと大変でしたけど、ようやく子どもが手を離れたので、僕も脱サラを決めて、また自分の好きなことをやろうと始めたのが、この店なんですね。だから本当に「七転び六起き」の人生(笑)。自叙伝を書いたろかなって。ゴーストライターに頼んでね(笑)。表紙はトンテキの写真をバーン!と載せてね。
 人生いろいろありますけど、健康であればなんでもできるものなんですよ。今もめっちゃ健康ですよ。胃が痛いとかまったくない。下半身はだいぶ弱ってきましたけど(笑)、そのぶん女の子の常連さんとはデートができる。「マスターは安全パイ! いつも美味しいものを奢ってくれるし!」ってね(笑)。

真剣勝負の大人たちに育てられたからこそ、この店の今があるんだと思います

 飲食業界の表と裏をキリモミ飛行するかのような人生経験には驚かされるばかりだが、胃袋の強さならこちらにも勝機あり? やはり最後はふたたびの肉。トンテキと人気を二分する「塩トンテキ」、さらには牛肉「リブアイ・ステーキ」もいってしまおう。

 塩トンテキは焼き方がまったく違うんです。グリルのトロ火でじっくり火を入れていく。味つけがシンプルなぶん、豚さんの力が前面に出ますよね。

トンテキのライバル、塩トンテキ。どちらも同じ肉だというのが信じられないほどの変化。清澄な旨味を引き出す火加減の妙に脱帽のヒトサラだ。

 リブアイ・ステーキは熊本の赤肉を真空調理したもので、麹を塗ったものをパッキングして、10日間ぐらい熟成させたものを使ってます。ちなみにうちの場合、200グラムと表記しながら250グラムは切り出してますね。肉料理はインパクトやサプライズが大切ですからね。

そのボリュームに店内騒然のリブアイ・ステーキ。「肉の下にはマッシュポテトとニンジンとブロッコリーが隠れてます。皿全体が肉の布団で覆われている料理っていうのをやってみたかったんですよ(笑)」
デザートはまさかのドリアン! クリーム状の果肉が艶かしいほどに美味! 「これは僕の知り合いが空輸してきてくれたもので、ドリアン・フェチが泣いて喜ぶ完熟もの。臭みというのがまったくない。日本でこのクラスのものはまず食べられないと思いますよ」

 トンテキの店というと、豚肉のエキスパートみたいに見られることもあるんですけど、自分は牛肉のこともよく知っているつもりです。
 ……また子どもの頃の話になりますが、当時の四日市というのは、深刻な部落問題を抱えていて、自分の友だちもひどいイジメにあっていたんです。自分はそいつを庇ってやって、不登校になったときも、毎朝玄関まで迎えにいったりしていたんですけど、そいつの親父さんというのが、松坂牛の屠殺を引き受けていたんですね。ものすごい怖い親父さんで、悪さがバレたらビンタやゲンコは当たり前、中学のときは木刀で殴られたこともあるぐらい厳しい人だったんですけど、イジメを止めた自分に恩義を感じていてくれたのか、外では「あいつを実の息子のようにかわいがってる」と話していたみたいです。だから、自分は小どもの頃から屠殺の現場を見てきたし、牛の頭のうしろから手を入れた親父さんに、「お前を肉屋にしたいわけやないけど、これがベロや」なんてふうに教わってきたんですよ。
 四日市に帰省したときのことは忘れられませんね。その親父さんの豪邸に呼ばれて出かけていくと、サラシに巻いたサーロインをドーンと放られて、「持ってけ」って。30畳ぐらいの和室で、テレビを見たまま、こっちなんか見ずにね。任侠映画の世界ですよ。

 今から思えば、自分は本当にすごい人たちに揉まれてきたんだなって思いますね。真剣勝負の大人たちに育てられたからこそ、この店の今があるんだと思います。だから、ちょっと有名になったラーメン屋さんが、平気で臨時休業したりするじゃないですか、ああいうのは本当に信じられないし、ふざけるなって思うんです。最低限の商売のプロミスをわかってないし、そんな姿勢でお客さんとの信頼関係を築けるわけがない。すべての料理はお客さんあってこそ。お客さんに喜んでもらってこそですからね。

 包丁の腕より、酒の知識より、なにより大切な人間力。グラシアの料理には、匠さんのこれまですべてが凝縮されている。だからこそこの味は、逞しくも優しく温かなのだ。

食堂酒場グラシア 東京都台東区浅草橋2-27-5
03-3865-8966
営業時間:16:00~23:00(ラストオーダー22:20)
定休日:月曜日/第3火曜日

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