あの店のヒトサラ。
ヒトサラをつくったヒト。
ヒトを支えるヒトビト。
食にまつわるドラマを伝える、味の楽園探訪紀。
ヒトトヒトサラ11 / TEXT+PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:山口洋佑 / 2014.12.24 目黒区中目黒「CHILITA」酉田雅彦さんの「チリドッグ」
目黒川の流れを横目に、鎗ヶ崎交差点をめざす。オートバックスの角を曲がった下り坂の途中に、家? 車庫? 店?…と見る者を惑わせる、小さな灯り。暖簾ならぬコンクリの壁をくぐりつつカウンターに肘をつけば、映画や小説の中に迷い込んだかのようなショートトリップが始まる。
「CHILITA(チリタ)」は2012年にオープンした、テキサス系チリドッグの専門店だ。店長の酉田雅彦さんは飲食の経験ゼロからこの店を始め、ミュージシャンとしての活動でも知られる変わり種。食事だけならワンコイン、1杯飲んでも1000円程度の予算で済むが、じっくりと煮詰められたチリの刺激、ブツリという音とともにソーセージからほとばしる肉汁の、飾らない旨さ。その満足度は思いのほか高い。
コンセプトは大人の駄菓子屋? 趣味人たちの秘密基地? 「隠れ家」という言葉には収まりきらないこの店で、まずはオープン当時の話から。

飲食の経験もない自分に、「やってみる?」って。最初は騙されてるんだと思った

もともと店なんてやろうと思ってなかったんですよ。飲食の経験もなかったし。20代はずっと映像の制作会社にいて、その後も雑誌の編集部にいて、主に大人向けの(笑)ソフトや記事をつくってたんですけど、その会社が危なくなってきたので、急場しのぎで派遣会社に登録したりして。本当はそこでBARで働いたり、どっかの厨房で修行すればよかったんだろうけど、そこの派遣がすごい楽で。ただ座って韓国ドラマを観るだけの仕事(笑)。たまにノイズが入ったらそれを除去して、時給1700円とかで。で、あまりにも楽だから平気で遅刻とかするようになったら、影でいろいろチェックされてたみたいで。「今月いっぱいでこなくていい」と。そこで金が尽きて、どうしようかと思って……。
と、発言通りに書けば、ずいぶんと怠惰な日常を想像されるかもしれないが、酉田さんには、今も昔もミュージシャン/DJとしての活動がある。東京アンダーグラウンド最深部のマグマをさらに煮詰めたかのようなヒップホップ・グループ「2MUCH CREW」のメンバーとして、作品をリリース。そこでの活動から広がったという人脈も多く、それがCHILITAオープンへの足がかりとなった。
この上にある洋服屋「have a good time」は、ストリート・カルチャーに強い店で、そこの店長がこのスペースを提供してくれたんです。have a good timeはもともと白金のほうでやってたんですけど、それが中目黒に引越してくるタイミングで、「やってみる?」って。最初は冗談というか、騙されてるんだと思った。やらされてるんじゃないか、操られてるんじゃないかって(笑)。だってやるって決めたのが開店のひと月前ですからね。保健所とか営業許可とか内装とかメニュー構成とか、そういうのを全部含めてひと月。もともとここは車1台ぶんのガレージで、なにもない状態。20年近く人が入らなかったみたいで、自分でガラクタを捨てるところから始めたんです。俺は日曜大工すらやったことがないので困っていたら、見かねた友だちがつきっきりで内装を手伝ってくれるようになって。最後はぜんぶ白く塗ってごまかして(笑)。

うちのチリドッグ、すごい肉食の料理なんですよ
CHILITAのオープンは2012年の冬。当初はテイクアウト専門店としてスタートし、酒を売るつもりはなかったという。
2畳ぐらいの厨房に、お客さんの顔を見るための小さな窓って感じでしたね。途中からもっと広く使っていいということになって、だったらカウンターをつけようって。まさにとってつけたような(笑)。酒のつくり方だって、このカウンターができてから覚えたんですよ。最初は計量カップもうまく使えなくて、サワー系も濃いのができたり薄いのができたりで散々だった。でも、ここって立地だけはいいじゃないですか。チャージなしで飲めるという噂が広まってからは、だんだんとお客さんも増えてきて、そうなるといつまでも素人気分じゃいられないから、BARで働いてる友だちから揃えるべきものを教わったり、こっそりレシピをリークしてもらったり(笑)。
最近よく出るのはブラッディ・シーザーかな。ブラッディ・メアリーに使うトマト・ジュースを「クラマト」っていう蛤のエキスが入ったものに変えたものです。Clam+TomatoでCLAMATO。添加物がたくさん入った健康ドリンクみたいな(笑)。そこにタバスコとブラック・ペッパー。ベースのウォッカにはセロリとかハーブを漬け込んでます。

「クラマト」は通常のトマト・ジュースよりも塩分が濃く、確かに海の味もする。そこにスパイスやハーブの香りが入り乱れ、CHILITAのカオティックな空間を象徴するかのような1杯となっている。となると腹も減る。さっそく今回のヒトサラ、「チリドッグ」をオーダー。チーズやアボカド、ザワークラウトなどのトッピングからは、青唐辛子をチョイス。大ぶりにカットされた凶暴なハラペーニョだ。
売りのヒトサラというか、これしかできないってだけなんですけどね(笑)。うちのチリは、メキシコ系のチリコンカンとは違って、テキサス系のチリビーンズをベースにしてる。たっぷり牛肉が入ってて、それとソーセージをいっしょに食べてもらうっていう、すごい肉食の料理なんですよ。大量の玉葱とセロリを弱火で煮詰めて、そこに牛挽肉、スパイス、最後にキドニー・ビーンズと白いうずら豆をドサッと入れて完成。水はぜんぶ野菜から出たものです。

「ソーセージをパンに挟むだけなら俺にもできるかも」。そんな動機から選んだファーストフードだったが、シンプルなものほど極めるのは難しい。
ハマると奥が深かったですね。パンは近くのパン屋さんに、オーブンで焼いたときに周りがカリッとなるようにお願いしてつくってもらってます。ソーセージもいろいろ試したんですけど、やっぱり生ソーセージが旨い。本当は自家製でやれたらおもしろいんだろうけど、このスペースだとそうもいかないので、ボイルしていない冷凍のソーセージを箱で買ってます。原価率? よくないですよ。商売的には酒だけ出してたほうがいいんだけど、やっぱりチリドッグが出ないとすごく寂しい(笑)。たくさん飲む人が「ちょっと休憩」みたいなタイミングで頼んでくれるのがいちばんアガるかな。


みんなが混ざれる「場」をつくるのがおもしろい
……で、そもそもなんでチリドッグかっていうと、やっぱりROKU(ロク)がきっかけなんですよね。あっこさんの存在はデカいです。
「ROKU」とは渋谷宇田川町にあった静岡おでん屋のこと。「あっこさん」とは、店長の渡辺彰子さんのこと。店は渡辺夫妻のベルリン移住をきっかけに2011年にクローズしているが、気軽に立ち寄れるおでん屋という業態、客がいる限りの深夜営業、渡辺さんの前職が音楽業界だったことなどもあり、手づくりのDJブースに有名なDJが入ることも珍しくなく、アートの名の下に「おでんをスケッチさせる」というカルトなイベントなども開催。さまざまなクリエイター/アーティストがここを拠点に飲み、交流する、サロン的な場所であった。


めちゃくちゃな店でしたよね。でも、ROKUがなかったら間違いなくCHILITAは存在してないです。ある日ROKUで飲んでて、あっこさんに「美味しそうなチリドッグのレシピを発見した」って話したら、「じゃあ明日つくってきて」って、いきなりレジから3000円ぐらいの材料費を渡されたんですよ(笑)。それが思いのほか評判がよくて、「またつくってきて」と言ってもらえて。それがうれしくて、自分なりにレシピを改良したりしながら、この店に至るっていうか。
うちも今週末は奥のテーブル席を開放して、フリーマーケットをやります。これまでも服の展示会だとか、蝋燭をつくってるアーティストの物販だとか、そういうイベントをやってきたんですけど、それもROKUの影響があるんでしょうね。ただふつうに店をやるよりも、みんなが混ざれる「場」をつくるのがおもしろい。ここをきっかけに知らない人同士が話したりして、少しずつ輪が広がっていくのを見るのが楽しい。自分自身、ここをやってなかったら知り合わなかった人もいっぱいいるし、やっぱりカウンター越しでこそ見えてくるもの、聞こえてくるものというのが大切なわけですよ。
ROKUとの違いは、意外と定時で閉めるところかな(笑)。「次が最後の1杯!」っていうのはきちんと伝えるようにしてます。だってそうしないといつまでもいちゃうから。俺、帰れなくなっちゃうし、さすがにここに泊まるのは勘弁してほしいです。
ガレージとしてはノーマルでも、BARとしては欠陥だらけ。小さな小さなストーブは、つま先しか温めてくれない。
天井は低いわ入り口は狭いわ、ここにフラッと入ってくる人は相当なもんですよ(笑)。外人とかはふつうに入ってくるけど、たいてい頭ぶつけてます。ほんと、入りやすい店ってなんなんですかね……羨ましくてしかたがない。
俺はあまりにもここにいるもんだから、だんだんと身体が変わってきたような気もしますね。寒さにも暑さにも強くなって、皮膚も薄くなったり厚くなったり(笑)。雪の日なんかだとこのまま密閉されて死ぬんじゃないかって(笑)……あと、いつのまにかデザインができるようになりましたね。(Adobe)Illustratorはわりと使えるようになって。メニューをつくるたびにスキル・アップしてる気がする(笑)。

頭だけで構想していた時代よりは、間違いなく今のほうが楽しいです


店内に流れるのは、自らを土星からの使者と語ったアメリカのジャズ・ミュージシャン、サン・ラーの演奏。エキゾチックな音の連なりに、時間の感覚が麻痺してゆく。プレイヤーはiTunes、スピーカーはラジカセと、オーディオ装置にこだわっているわけではないが、コンクリートの壁を跳ね回るリバーブ感もまた、CHILITA独特の心地よさだ。
店を始める前は、BGMはこうしようとか、いろいろ考えるんですよ。でも、いざやってみるとその日の気分でしか選曲できないってことに気づいて。たとえば自分でやるバンドとかにしても、ああしようこうしようって構想を練ってるときが楽しかったりするけど、いざやってみると、うまくいかないことのほうが多い……でも、それでもなんかしらの作品ができる充実感っていうのはあるじゃないですか。店もいっしょだと思います。頭だけで構想していた時代よりは、間違いなく今のほうが楽しいです。流れにまかせるしかないって場合も多いけど、いろんなことが夢物語のままじゃなくなったというか。始まってさえしまえば、意外とかたちになるんだなって。
そろそろ店も混みあってきたので、取材は終了。生ビールのおかわりを頼みつつ、今後の展望を訊いてみた。
どうなっていくんでしょうね……もしこのまま続いて、資金が溜まれば、もう少し広いところに引越して、メニューを増やしていくのもいいかもしれない。場所はやっぱりこの界隈がいいですね。知り合いも多いし。これまで内装を手伝ってくれた人にもちゃんとギャラを払って、友だちの服も展示して、店の奥には小さなラジオ局のスペースをつくってね。昔のビースティ・ボーイズのスタジオみたいに、いろんな人が出入りする場にして、この店に関わってくれた人みんなに恩を返していきたいですね。


CHILITA
東京都目黒区中目黒1-2-14
電話:なし
営業時間:13:00~22:00
定休日:月曜日
http://chilita-tokyo.tumblr.com
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