あの店のヒトサラ。
ヒトサラをつくったヒト。
ヒトを支えるヒトビト。
食にまつわるドラマを伝える、味の楽園探訪紀。
ヒトトヒトサラ08 / TEXT+PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:山口洋佑 / 2014.10.22 目黒区自由が丘「Bon」田中崇生さんの「スペアリブ」
自由が丘駅から徒歩3分、目印は豚の背中のイラストだが、目当てはお腹。バラ肉だ。
「bon」は千葉産の三元豚「白王」を使ったスペアリブを食べさせる、期待の新参店。代表の田中崇生さんは、まだ27歳であり、キッチンの千葉良太さん、ホールの小澤俊之さんも大学時代の同級生だという。しかしその味に浮ついたものはない。ナプキン越しに伝わるゴツゴツとした骨の感触と、わけあって濡れたままのビール・グラス(本文参照)の相性は完璧で、指先から胃袋に至るまで、ガッツリと酔わせてくれる。
そもそも骨の周りの肉というのは旨いのだ。指先の汚れる料理に間違いはないのだ。聞けば3人はヘヴィ級の飲み仲間。やはり酒飲みの気持ちは酒飲みがいちばんわかっているのだ。

前歯を肉へと沈める快感。骨つき肉のインパクト
骨つき肉をメインにしようというのは最初から決めていたんです。インパクトの強い名物料理というのを、早く自分たちのものにしたかったというのもありますね。骨つき肉といっても、鶏、羊、ジビエ…といろいろありますけど、千葉産の三元豚「白王」との出会いは決定的でした。もともと養豚の業者さんが知り合いにいたので「まだあまり出回っていないけどいい豚というのがあれば、自分たちで広めていきたい」とお願いして、探してもらったんです。とにかく脂身の美味しさに驚きましたね。試作の段階ではプロ用のキッチンを使えるわけではないので、自宅に集まっては試食して…というのを繰り返していたんですけど、白王のスペアリブに関しては「よし、これでいこう!」と満場一致でした。うれしかったですね。それまではもっとボリュームがあって単価も安い海外の豚肉も考えていて、メキシコ産やカナダ産もひと通り試してみたんですけど、脂はもちろん、赤身の柔らかさも全然違うんです。だから(この店は)まずは豚ありき、白王ありきなんですよ。この豚肉の美味しさを、なるべくダイレクトに味わってもらうためのスペアリブなんですね。


シンプルだからこそ奥深い、スペアリブの世界。田中さんが自由が丘への出店を決めたのは、スペアリブという料理の強みであるバラエティ(多様性)、そのいっぽうで弱みに感じていたポピュラリティ(大衆性)のふたつを考えてのことだという。
スペアリブというのはすごく幅のある料理で、お店によって味つけも出し方もまったく違うんです。アメリカの各家庭には秘伝のオリジナル・ソースがストックしてあるみたいなこともよく聞きますよね。ただ、それだけ伝統のある料理なのに、日本ではデイリーに食べられているわけではない。その点、自由が丘には「SHUTTERS」という有名店がありますし、隣の都立大学にも「アメリカンクラブハウス」という老舗があって、この場所なら比較的スペアリブに馴染みのあるお客さんにきてもらえるんじゃないかと思ったし、周りから見たら、確かにライバル店がひしめく場所に出店したように思われるかもしれないですけど、各店舗ごとに味がまったく違うのであれば、シチュエーションによって食べ比べてもらえると思ったんですね。


優れた比較対象があるからこそ、浮き立つ個性。肉の柔らかさを表現する際の慣用句として、「箸でもほぐれる…」というのがあるが、Bonのスペアリブには、むしろその対極をいく無骨さが感じられる。前歯を肉へと沈める快感、瑞々しくもしなやかな弾力が持ち味だ。
まさにそれがうちの売りですね。ガブッとかぶりついたときの旨さを味わってほしいと思います。僕らのスペアリブは、肉が納品されてから、お客さんに提供するまでに2日半かかるんですよ。お肉を常温に戻して、塩でマリネしてから寝かせたものを、低温の油でじっくりと煮込む。それを冷蔵庫でまた寝かせる。そうやって赤身の熟成感と脂身の甘さを引き出していくんですね。
仕込みの手を動かしながら、厨房の千葉良太さんが続ける。
うちで使っているのは「かたばら」という部位です。より後ろ足のほうに近い「ともばら」というのもあって、それはテキサスとかニューヨークのスペアリブ・コンテストなんかでよく見る、洗濯板みたいに骨がズラッと繋がっている大きなブロックのことです。どっちもバラ肉だし、肉質にはそれほど差がないんですけど、白王の場合はかたばらのほうが脂身が厚くて、うちの味には適してると思いますね。……あ、田中は骨の裏の肉が好きなんだよね?(笑)。

そう、骨の裏側に薄い皮のような肉があって、そこも美味しいんです。骨をしっかりつかんで、歯でこそぐようにしてもらうと、最後にベロッと剥がれます。スペアリブは骨の周りの旨さを味わう料理でもあるので、そこまで食べてもらえるとうれしいですね。テーブルにはナイフもフォークも置いてますが、僕らは必ず「ぜひそのままかぶりついてください」とお伝えするようにしているので、最近は女性のお客さんにもかなり逞しく(笑)食べてもらえるようになりました。
味つけも和風ソース、ペッパー&レモン、洋風デミグラスの3種類を用意してます。仕上げによってまったく印象が変わるので、なるべくひとつの味に偏らないようにしました。いつもは2本900円で出してますが、1本からでも大丈夫ですし、味を変えて、和風とペッパー1本ずつでオーダーしてもらってもいいですよ。よく出るのは和風ソースですね。肉をオーブンに入れる前にソースにくぐらせるぶん、表面がしっとりとなって食べやすいと思います。場所柄、家族連れの方が多いせいもあるでしょうね。わんちゃんのために骨を持って帰られる方も多いですね(笑)。

ビールが繋いだ3人の仲
スペアリブと並ぶもうひとつの看板メニューが、生ビール。カウンターにはスコットランドの「パンクIPA」や茨城の地ビール「常陸野ネストビール」などクラフト・ビールのボトルも並んでいるが、とくに生ビールに関しては「自由が丘でいちばん美味しいスーパードライが飲める店」というスローガンを掲げ、日々その技術を磨いている。ホール担当の小澤俊之さんが説明してくれた。
スーパードライというよく知られた銘柄を、どこまで美味しく飲ませるか。そこにはめちゃくちゃこだわってますね。まず、生の樽は氷で冷やして、その温度にあわせてガス圧を調整します。グラスもこうして氷水に漬けておくんです。これはグラスを冷やすという意味もあるんですが、内側まで濡れた状態だと、グラスとビールの抵抗摩擦が減るので、そのぶん喉には泡の美味しさを感じてもらえるんですね。注ぎ終わったら泡切り棒で余計な泡を切って、今度はまたべつの氷水にくぐらせます。こうすると全体の味が引き締まるので、あえてグラスの表面は濡れたままお出ししてますね。


まずは1杯目。ミニグラスで頼んだものを一気に飲み干すと、キリリと澄んだ旨さに食欲が目覚める。2杯目は通常のグラスでゆっくりと味わい、3杯目はいよいよスペアリブを流し込むために……と、Bonのスーパードライは八方美人。なんだかんだと理由をつけながら、飲み飽きることがない。また、冷製メニューに目をやれば、「ビール好きのポテサラ」の文字が。
ポテサラは、男爵芋を使ったベーシックなものに、ビールで煮込んだ豚肉を混ぜています。つけあわせのザワークラウトと玉葱にもビールを使っていますね。スペアリブは焼き上がるまでに少し時間がかかるので、最初にこれだけで何杯か飲まれるお客さんもいらっしゃいますね。全体に酸味を効かせてますが、さらに粒マスタードを馴染ませて食べてもらっても美味しいと思います。

あとは自家製ソーセージや日替わりのアヒージョもおすすめです。ソーセージは5種類の部位を混ぜ合わせたもので、これもガッツリとした赤身の旨味を感じてもらえるように仕込んでます。今日のアヒージョは牛タンとマッシュルームですね。



うちのメニューに共通するのは、いかにビールを美味しく飲んでもらえるかなんですよ。僕ら自身が大のビール党ですし、生ビールに対しては特別な愛情がありますね。そもそも僕ら3人を繋いでくれたのもビールなんです(笑)。
僕らは大学の同級生で、当時から、お金の許す限り飲み歩くという飲み仲間だったんですね。いいお店に入ると、自分たちでも店をやりたくなるじゃないですか。僕らは学生の頃から、ずっとそういう話をしていたんです。未来のお店の構想をツマミにしながら飲んでたんですね。当時の僕はいくつかの飲食店の厨房やホール、バーテンダーのアルバイトをしていたんですけど、22歳で飲食関係の商社に就職するんです。そこでいったん3人がバラバラになるんですけど、ビールのおかげで縁だけは切れなくて(笑)、ひさしぶりにこの3人が揃った居酒屋で、僕が「あのとき話してたお店なんだけど、そろそろやってみない?」と切り出したんです。商社での仕事も楽しかったし、辞めるのは大きな決断でしたけど、自分の店を持つという誘惑には抗えませんでしたね。(お店を始めるのに)27歳という年齢は、決して早くはないと思います。もうちょっと時間をかけて準備していたら、逆にできなくなっていたんじゃないかなって思いますね。

酒好き、なおかつハシゴ好きであれば、店を見る目は肥えるもの。そしてまた、たくさんのメニューやサービスに触れるたび、よりよい「アンサー」も浮かぶもの。



それっていわゆる「でも自分ならこうする」というやつですよね。まさに僕らもそんな感じでした。最初はいろんなアイデアが出るんですよ。でも実際にやるとなると、思い通りにいかないことのほうがずっと多いんですよね。最初はさんざんでしたよ。無責任なアイデアを出し合うだけで楽しかった時代はとっくに過ぎているので(笑)、みんなでメモを取りながら話すんですけど、朝方になると全員がメモを取ってるふりをするようになって(笑)。「きのうの最後ってなに喋ってたっけ?」みたいな(笑)。この物件も、僕らの理想からするとだいぶ狭いんです。スケルトンの状態を見て、全員が心配になりましたね。そのぶん店内の色味を統一するとか、テーブルとかカウンターの高さを低めに設定するとか、少しでも広く見えるように調整して。壁なんかは自分たちで塗りましたね。トレードマークの豚も、知り合いのデザイナーにつくってもらったデザインを、僕が壁になぞったものです(笑)。
お店って、続けるのが大変なんですよね。開店当初は躁の状態なので、ピンチも新鮮だったりするんですけど、続けることでの浮き沈みをどう乗り切るかが問題で。今日駄目だったら明日頑張るしかない。それの繰り返しですからね。自由が丘といっても駅前ではないので、人通りもそこまで多くないですし、軌道に乗ってきたと感じたのはこの夏ぐらいです。お盆休みの前後から、常連さんも増え始めて。
ようやく掴み始めた手応えに、田中さんは心底うれしそうだ。さまざまな苦労を噛み締めつつも、その目は穏やかに笑っている。
もともとこの店は、「自分たちがうれしいことはお客さんもうれしいはず」、これだけを信じて始めたようなものですから、お客さんに喜んでもらえるというのは、僕らのこれまでの飲み食いが正統化されたようでうれしいんです(笑)。
やっぱり学生時代の仲間は貴重ですよ。いっしょに喜べるし、いっしょに落ち込める。うちは夜中の3時まで営業しているので、世間とは時間軸がズレちゃってて、この空間に3人が隔離されているようなものなんですよね(笑)。店が終わって片づけたらもうほかのお店も終わってるし、帰ればいいのにまたここで飲んだりして(笑)。ずっといっしょにいますから、もちろん衝突もありますよ。小さなことで気に入らないこともあるし、それぞれの展望に多少のズレがあったりもして、喧嘩になることも多いんです。でもそんなときは……、やっぱり飲むしかないんですよね(笑)。

(店舗は現在閉店しています。)

bon (店舗は現在閉店しています。)
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