あの店のヒトサラ。
ヒトサラをつくったヒト。
ヒトを支えるヒトビト。
食にまつわるドラマを伝える、味の楽園探訪紀。
ヒトトヒトサラ07 / ヒトトヒトサラ07 / TEXT+PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:山口洋佑 / 2014.10.22 江東区富岡「酒亭 沿露目」大野尚人さんの「穴子白焼き いそべ巻」
飲兵衛の美食家が、下町に開いたセレクトショップ──。これは門前仲町「酒亭 沿露目(ぞろめ)」に集う常連のひとりが、店主・大野尚人さんの仕事ぶりを評し、放った言葉である。
酒飲みであれば、日本全国津々浦々にお気に入りの定宿があり、「◯◯の◯◯は旨かった…でも◯◯の◯◯はさらに旨かった…」などと恍惚の「反芻会」を重ねるものだが、大野さんの、酒・肴に対するこだわりは、そんな受け身に留まることなく、実店舗として開花。自らが旨いと感じた先人たちの逸品を、驚きのアレンジで洗練/再生させながら、この街の舌を唸らせ続けている。
ますに注がれる、ジンの輝き。江戸前の穴子を、蝶ネクタイ姿で炙るという、鮮やかな折衷感覚。いやはや訊きたいことは山ほどあるんです。
基本、遊び、歴史。この3つが沿露目のコンセプト
まずはメニューの先頭にある、はじめての方への3品。ここから説明しますね。この「湯豆腐」「ビーフシウマイ」「穴子煮こごり」というのは、うちの店を知ってもらうためのメニューとして考案したものなんです。湯豆腐は出汁の美味しさを味わってもらうシンプルな料理、焼売はあえて牛肉を使って遊びを持たせて、魚でつくる煮こごりには、江戸っぽさを感じてもらう。つまり「基本、遊び、歴史」のバランスがうちのコンセプトなんです。ちゃんとしてそうでなんかゆるそう、みたいな(笑)。
ただ、この3品というのは、すべてよその店からアイデアをもらってきたものなんですよ。たとえばこの湯豆腐は、冬の寒い時期に大阪の「明治屋」というお店で食べたのが、忘れられないほど美味しくて、東京にはあまり同じようなものを出す店がなかったので、ならばと思って再現したものです。……あ、匙ですか? うちでは出してません。そもそもそんなに高級な料理でもないのでお椀からズルズルかきこんじゃってください。
温めた絹ごし豆腐の上に、昆布とかつお節を合わせたこだわりの出汁をかけ、とろろ昆布や青柚子(冬は黄柚子)が添えられた湯豆腐は、箸で崩してゆくたびに味が変わる。これからの季節はかじかむ手にも優しく、さらなる美味しさを発揮するはずだ。それにしても大野さん、飄々と「再現した」と語るが、そもそも料理の腕はどこで磨かれたのだろうか。
それには焼売の話ですね(笑)。これは僕が最初に修行したお店で習ったものなんですよ。凄腕の先輩に教えてもらったんですが、その人は元大使館料理人という経歴の持ち主で、洋食から中華からどんな料理でもつくれたんです。その頃の僕は調理学校を出たばかりで、彼に比べれば料理は素人同然だったから、彼に料理をイチから習い直したんです。
納得。「なんでもあり」の先輩に鍛えられることで、大野さんの料理のベーシックな部分が培われたのだろう。そんなこちらの想像を遮るように、大野さんは続ける。
豚肉でつくることの多い焼売が、あえて牛肉になったのは、業者さんのせいなんですけどね。僕はポークを頼んだのに、間違ってビーフが納品されて(笑)。でも最近はそういうミスに対しても怒らずに、新しいメニューが生まれるチャンスがきたかなって思えるようになりましたね。僕の場合、料理はいくらでも軌道修正ができるので。
煮こごりにしても、自分なりのアレンジを加えたものです。もともとは同じ門前仲町にあったいきつけ「浅七」の味を真似たものなんですが、浅七は、江戸時代の味を忠実に再現していた店だったので、砂糖やみりんは使っていなかった。その部分だけは、ちょこっとレシピを上書きさせてもらってます。……それにしても浅七は美味しかったですね。店主が身体を壊されて、今はもうなくなってしまいましたが、この町に住むきっかけになるくらいに好きな店でした。大変影響を受けた思い出の味ですね。
そういえば、僕がこうやってメニューのネタ元をどんどんバラしてしまうものだから、最近は「あっちこっちからパクってる店」というのも広く認知されてきて、ネタ元のお店のご本人さま登場率も高いんですよ。「あ、お世話になってます」みたいな展開になります(笑)。常連さんには「大野くんのセレクトショップ」と言われたことすらありますね。ここには僕の気に入ったものしかないんです。とはいえ僕だって、お客さんに聞かれれば、どんどんレシピを渡しちゃいますからね。コースターの裏に書いて差し上げてます。
理想の店をつくった、食い意地と観察眼
湯豆腐、焼売、煮こごり。確かにそこには沿露目のエッセンスが凝縮されていた。まずは味の秘密を見抜く観察眼ありき。それを自らのまな板に実現させる技ありき。そしてもちろんその根底には、大野さんの並外れた「食い意地」ありき。
確かに「大野は食い意地が張りすぎ!」と呆れられますね(笑)。僕の飲み方はひどいんですよ。次行きましょう、次行きましょうっていうのを延々と繰り返して、最後は泥酔。記憶がないまま家に着いてますね(笑)。もともと学生時代から飲んだり食べたりするのが好きで、老舗の料理屋を始め、BAR、西洋料理までいろんなお店に通っていたので、自分の料理のイメージというのは包丁を握る前から固まっていたところがあります。
お店の経営であったり雰囲気にしても、ずっと自分なりに観察してきたものを活かしているんです。昔から、売れている店がどうして売れているのかを考えていたんですが、あるときその理由がなんとなく見えてきたんですね。バランスのいいメニュー構成だとか、旬の食材を使ったコースだとか、つまりはお客さんを飽きさせないようにする工夫……それでいてマニアのための店にはせずに、なるべく幅を広げて誰でも楽しめるようにするとか……。お店には、外してはいけないポイントや法則というのがあるんです。それが見えてからは、自分のやりたい店というのもはっきりしました。
僕が独立前に勤めていたお店は、メニューの構成も自由にさせてもらっていたので、年間を通じて過去いちばんの売り上げを出すことができたんです。ただ、当時の社長は僕の実力こそ認めてくれたものの、それが好き勝手な振る舞いに写ったのか、「誰の店だと思ってるんだ。従うか、やめるか、明日までに決めろ」と怒られてしまって……。でも僕には自信があったし、このタイミングで独立してもいいのかなって。そのお店を辞めさせてもらった3ヵ月後には、自宅にも近いこの場所を見つけて、営業を始めていました。今も前のお店で実践していた「ポイント」を外さずにやってますよ。お酒はたくさん置いて、レモンサワーだって美味しいものを出す。料理も渋いところからカジュアルなものまで用意して。だから、若いカップルや女性ひとりの方、おじいさんまで、みなさんがきてくれます。
……と語る大野さんの右手は、小さな炭を挟んだトングが握られている。ここで今回のヒトサラ、「穴子の白焼 いそべ巻」が登場。穴子の隣に添えられているのは蕎麦屋でおなじみの海苔箱であり、箱の底に置かれた炭の熱が、海苔をほんのりと温かに、パリパリの食感にしていく。そのパリパリでフワフワの穴子を包み、ワサビをつけたら口中へ。香ばしく焼かれた白い身の、淡白な旨み。鼻へと抜けるわさび、海苔の香りがたまらない。つまりこれは、江戸前の「基本」である白焼きを、「歴史」ある海苔箱を用い、手巻きで食べさせるという「遊び」の逸品=酒亭 沿露目のコンセプトの結晶なのだ。
海苔箱は、森下の駅前にある蕎麦屋で出会ったんです。今どきこういうの、珍しいですよね。いいなと思って、すぐにかっぱ橋の道具街まで探しに行きました。結構高い買い物でしたね(笑)。その蕎麦屋では焼き海苔だけを出していたんですけど、これで穴子を巻いたら旨いだろうなって。季節の食材のことはいつも頭にあるので、こういうメニューは自然と思いつくんですよ。「イチジク白和え」なんかもそうですね。
もともと豆腐の味噌漬けを試作していたんですけど、なんだか納得がいかなかったので、思い切っていったんミキサーでグシャグシャにして、胡麻、醤油、砂糖で味を整えていったら、ふとイチジクの味が思い浮かんだんです。
海苔箱みたいに道具からの発想というのもありますね。「自家製ところてん」は、単純に天突き(押し器)を使ってみたかったというのもあって始めたんですけど、予想外に大量の天草が届いてしまって(笑)。今度はそれで水ようかんもつくってみようかと思ってます。ちょうど今、和菓子屋の友だちに作り方を教わっているので、そろそろデザートとして出せるかもしれません。
「日本酒BAR」と呼ばれるけれど……
驚くべきは発想力。大野さんのキャッチアップの早さと、思考の柔軟さには目を見張るものがある。
「パクチーとレンコン南蛮漬け」は、炒めたじゃがいもと生のパクチーを絡めた冷製を出している中華料理店にヒントをもらったメニューです。もともと評判がよかったんですけど、じゃがいもをレンコンに変えて、より食感のよさを強調しています。「ゆでタン」も、四ッ谷の「忍」で食べた味を僕なりにアレンジしたもの。タンは丸ごと8時間ぐらい煮込んで、その茹で汁に出汁をあわせて、日本酒がすすむように調整してます。
確かに大野さんの料理は日本酒に合う。8人で満席になるカウンターに、常時40種類以上の日本酒を取り揃えているのだから恐れ入る。それゆえ沿露目は「日本酒BAR」と呼ばれることも多いそうだが……
僕がBAR好きで、しかもお店をカウンター・スタイルでやっているので、そう呼ばれることも多いんですけど、うちは料理もしっかり出しますので、厳密にはBARではないと思いますね。そもそも日本酒というのは、つまみや料理がないと成立しないものですよね? BARというのは、それだけで完結するカクテルを提供するから料理を出さなくてもよいのであって、日本酒の場合は成り立たないと思うんです。確かに最近はBAR形式で日本酒を出すお店も増えてきましたけど、料理は寂しい店ばかりじゃないですか? それってサービスマンとして絶対気づかなくちゃいけない弱点だと思うんですけどね……。
うちの実家は公務員の家系で、とくに親父は厳しくて、飲食業をやりたいと言ったときには「商売をわかっていない」と大反対されたんです。でも自分はサービスマンとして、お酒だけでも料理だけでもない「いい空間」というものをつくれるという確信があったんです。今では親父も認めてくれて、たまに飲みにきてくれますね。旨いなんてひとことも言ってくれないですけどね(笑)。昔の仕事仲間や友だちもよくきてくれますけど、彼らはもっとひどい。「お前の料理にはうんちくが多すぎる」だとか「理屈抜きに旨いのを出せ」だとか、批判ばっかりで(笑)。でもね、飲食業はそうやって揉まれるのが大事なんです。自分だって厳しい目でほかの店を見てきましたし、だからこそ、こうしてこの店があるんですから。
酒亭 沿露目
東京都江東区富岡1-12-6 阿久津ビル 1F
03-5875-8382
営業時間:18:00~25:00(24:00までに入店)
定休日:水曜日、第2・4木曜日
前の記事 横浜市都筑区牛久保町「Bar Picnic」 石川和男さんの「焚き火」 |
次の記事 目黒区自由が丘「Bon」 田中崇生さんの「スペアリブ」 |