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ヒトトヒトサラ

あの店のヒトサラ。
ヒトサラをつくったヒト。
ヒトを支えるヒトビト。
食にまつわるドラマを伝える、味の楽園探訪紀。

ヒトトヒトサラ05 / TEXT+PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:山口洋佑 / 2014.07.13 渋谷区恵比寿「フレーゴリ」「しん」村上伸二さんの「馬肉料理」

「馬肉料理を中心に据えたイタリアンがある」という耳打ちだけで、喉の鳴る酒飲みは多いのではないだろうか。馬肉はとても酒に合う。とくに赤身の肉は軽快で、脂の重さもないから酒を邪魔しない。恵比寿のイタリアン「フレーゴリ」は、そんな馬肉の魅力にいち早く気づき、馬肉のカルパッチョを始めとするシンプルでストレートな料理を提供してくれる稀有な名店だ。
そして「フレーゴリ」のオーナー、村上伸二さんが、同じく恵比寿にオープンさせたのが、「しん」。九州の郷土料理が楽しめる居酒屋だ。ここではフレーゴリの馬肉料理を純・熊本ふうに昇華させた〆の逸品「馬骨ラーメン」が楽しめる。もちろんこれも村上さんの考案によるもので、長らく馬肉と向き合ってきた彼ならではのメニュー。熊本の「新・郷土料理」と呼ぶのにふさわしいものだ。
「フレーゴリ」そして「しん」を賑わせる、魅惑のヒトサラ。そこへと至るまでの冒険を明かしてもらおう。

東京の馬肉は美味しくない。だったら自分でやるしかない

 恵比寿でフレーゴリを始めたのが2003年。その前に広尾のラ・ビスボッチャでいっしょに働いていた同僚とふたりで始めました。僕が前の妻と住んでいた場所に、新築してね。最初から馬肉と決めてました。20歳の頃、東京に出てきて食べた馬肉のまずさにびっくりしたのが原点ですね。とにかく美味しくない。じゃあ自分でやるしかないと思って。もともと熊本出身で、馬肉は子供の頃から食べてきたから、自分で店を開くときは、馬で勝負してやろうと思ってたんです。

 取材はランチタイムを終えた「しん」にて行われたが、村上さんの馬肉料理を語る上で、フレーゴリのメニューを外すことはできない。今回は特別にお願いし、「しん」のカウンターに「フレーゴリ」の「馬肉のカルパッチョ」を出していただいた。当然ながら「しん」でオーダーできる「馬刺し盛り」も素晴らしい。そこに優劣はなく、村上さんの最初の勝負にあったのが、このカルパッチョだった、ということだ。

馬肉のカルパッチョ。素材のよさをダイナミックに表現するフレーゴリの真骨頂がここにある。

 カルパッチョは5種類の馬肉の部位の盛り合わせを出してます。何を盛るかは「これしかない!」って感じですぐに決まりましたが、味つけには迷いましたね。結局、塩、コショウ、オリーブオイルでいいかなと。シンプルなほうが「旨い肉はこういう味だ!」というのがハッキリ伝わりますよね。ちょっとぼんやりしがちな生肉の味を決めるため、塩はきつめにしています。
「しん」では同じ肉を生姜醤油で出してます。「馬刺しは霜降りがいい」っていう風潮はいまだにあるし、事前に言っておいてくれれば、霜降りも入れますけど、僕らがすすめているのは赤身ですね。今となってはお客さんも「赤身だけもうひと皿」とか、最初から「赤身だけください」っていう人も多くなりましたね。そこをわかってもらうにはちょっと時間がかかりましたけどね。

皿に盛りつけられた5つの部位。中央がタン。時計まわりにタテガミ、ハツ、二重子(ふたえご/バラの希少部位)、ヒレ。「本来はハツのかわりにレバーを出していますが、レバーは入ってきても200~300グラムの貴重な部位。レバーが出てきたら当たりだと思ってください」と村上さん。

 今では人気店となったフレーゴリも、開店当初は難しく、馬肉の旨さを理解してくれるお客さんは少なかったという。

 開店からしばらくは、全然お客さんがこなかったんですよ。でも、少ないながらもわかってくれる人というのはいて、『東京情緒食堂』という雑誌の人が5ページの特集を組んでくれたり、店を開いて8か月ぐらいたった頃かな、僕らがいたラ・ビスボッチャを運営している会社の副社長が「日本でこういう店をやっているのはお前しかいないんだから、ふんばれ。絶対売れる」と励ましてくれて。

 その頃を境に、フレーゴリは人気店となり、村上さんと馬肉とのつき合いも、よりいっそう深いものとなっていく。カルパッチョに続けて出された「馬の唇の赤ワイン煮」も、フレーゴリの人気メニュー。村上さんの創意が光る……というか、馬の唇自体、一生のうちで食べられる機会があるのかどうか……。

 これは完全に特注品です。「唇が旨いらしいよ」というのは、お客さんから聞いたんです。それで、熊本の仕入れ先に電話して聞いたら、熊本でもよく出る部位ではないみたいで、「いくつでも大丈夫です」とすぐに入ってきた。最初は焼いてみたんです。でもすごく硬い。スジばっているというか、筋肉質な部位なんですね。それで、赤ワインと香味野菜で煮込むことにしたんです。ここまで柔らかくなるには4時間かかりますね。ひと皿に唇1枚。馬1頭で上下ふた皿ぶんしか取れません。

馬の唇の赤ワイン煮。硬い筋まで丁寧に火が通り、柔らかな口当たりになっている。ナイフもフォークもすーっと通る。

 肉はよく動かす部分が美味しいといわれる。馬は唇を器用に使って長時間草を食べるから、唇の筋肉も相当に動かしているはずだ。筋肉の繊維がほろりと柔らかくなるほど煮込んでも、馬肉の旨味がしっかり感じられる。よほど滋味が豊富な部位なのだろう。

 馬肉の料理法は牛や豚と変わりません。基本的なところはいっしょです。ただ、馬肉はあまり熟成させると獣臭さが出てくるので、今ブームになってる牛の熟成肉みたいに8週間熟成みたいなのは無理ですね。焼くものに関してはある程度は寝かせてやったほうがおいしいですけど、肉の内部に臭みが出てきたら、煮込んでも焼いてももうダメですね。そこの見極めが難しい。
 馬肉の場合、やっぱり決め手になるのは、仕入れ先なんです。たとえば牛や豚のように等級分けの基準があるわけじゃないから、値段で味が計れるわけじゃない。あくまで、いい馬を育てている牧場があって、そこの肉を卸している肉屋があって。だから、どこの肉屋で馬肉を仕入れられるかにかかってるんです。僕がお願いしている熊本の肉屋は、たまたま従兄弟の同級生が跡を継いだから、そのつながりで仕入れることができる。馬肉を100年以上扱っている店で、完全に卸し先を囲ってしまっている。取り引きしようと狙っている店も多いみたいですけど、難しいと思いますね。

九州での「ふつう」。そういう居酒屋をやりたかったんです

 そうしてフレーゴリを成功させたのち、村上さんが始めたのが「しん」。ところでフレンチ・イタリアンの畑を歩んできた彼が、なぜ九州の郷土料理を選んだのだろうか。

 この店は今年で7年目です。2003年頃から焼酎のブームが始まって、変なプレミアがついた焼酎をみんなが有り難がって飲んでいたこともあって、だったら自分で九州居酒屋をやるしかない、熊本の「ふつう」を東京に持ってこようと思ったんです。マニアのプレミアムがついているようなものではなくて、地元に帰って、そこの居酒屋に行ったら置いてあるような酒の揃え方にしています。それが7県ぶんありますから、九州のどの県の人がきても大丈夫です。焼酎に合う豚足なんかも、東京にはないじゃないですか。だったら自分が食わしてやろうということです。焼酎の飲み方もロックだと思いこんでいた人が多かったから、初年度はお湯割りが全然出なくて、僕らがしつこくオススメすることで、どんどんハメていった。今ではよく出ますね。とくに冬場はお湯を沸かし続けていないと間に合わないくらいです。

カウンターには九州一円から集められた焼酎がずらり。「僕は白岳に白波ですね。昔から」と村上さん。

 ここで真打ち「馬骨ラーメン」が登場。「料理にしても焼酎にしても、基本的には九州出身の人にわかってもらえばいい」と語る村上さんだが、馬骨ラーメンは、九州でも「ふつう」ではない。完全なる村上さんのオリジナルだ。豚骨ラーメンにくらべるとくどさがなくすっきりしているが、旨味が濃厚なので満足度が高い。いちばん不思議なのが、それでいて、しっかりと熊本ふうのラーメンになっているところだ。

 これも東京の豚骨ラーメンが美味しくなかったから。豚骨ではないのは、単純に馬骨は使ったことがなかったんで、使ってみようかと。骨は骨だから、豚とやり方は同じかな、と。僕は洋食出身なんで、白濁したスープは「わざと失敗すればいいんだな」と思って、一発で成功させました(笑)。洋食では(ガラを)低温で煮て透明なスープを取るのがいいとされていて、濁らせると失敗なんです。でも白濁したスープじゃないと九州のラーメンのあの味にはならない。つくり方は、馬骨と少量の鶏ガラ、ニンジン、玉ねぎを入れて煮るだけ。ただ、骨の周りの肉は赤身だから、最初はバーッとすごいアクが出る。それを丁寧に取るんですね。骨の芯まで加熱して、アクを出し切ってから、骨をもう一度洗って、あとは水を足しながら煮る。チャーシューも熊本仕様で硬めに仕上げています。麺とスープのバランス考えると硬めがいい。熊本ラーメン独特の調味料、焦がしニンニク油も、食用の馬油でつくってます。
 このスープでちゃんぽんも太平燕(タイピーエン。熊本独特の麺料理。春雨を麺に使う)もやってます。うちはラーメン専門店じゃないから、大量にスープをとることはできない。馬自体の値段も上がっていることもあって、豚骨と比べると、どうしても高級なラーメンになってしまうんですが、一度は食べてみてもらいたいですね。

馬骨ラーメンは見た目には、豚骨ラーメンと変わらないが、スープ、チャーシュー、香味油も馬づくし。村上さんの馬料理の粋がこの1杯に込められている。

「フレーゴリ」と「しん」、そこに共通するもの

 3年前の牛ユッケ集団中毒事件以来、牛に代わる生肉として馬肉を扱う店も増えている。牛に比べて値段の張る馬は、なかなかオーダーしづらいものではあったが、ここにきて景気が回復しているのか、消費量は伸びているという。

ボードに書かれたその日のメニューには「ひともじぐるぐる」「長崎雲仙ハム」など九州人の酒のツボをつく品が……。
九州は鶏肉王国でもある。鳥料理の酒のつまみには欠かせない。砂肝のパクチー和え。

 長野の肉屋さんが名乗らずにうちの店に来ていたことがあって。話しているうちに僕も名前を知っている店の人だってことがわかったんですよ。そこは赤身の肉に脂を注入して霜降りの肉作っているところなんですけど、うちのを食べて「とてもじゃないけど敵わない」って言ってましたね。「うちの商品はどこに営業したらいいんでしょうか」って聞くから、「チェーン店の居酒屋だったらとってくれるんじゃない?」と答えときましたけどね。しかしみんな、いろんな商売を考えるもんだと感心しましたね。でも、そのぐらいいい馬肉というのは手に入りづらくなってきてる。それは確かなんです。熊本の肉屋でさえ、そこまで純粋熊本産の肉は取り扱えない。今はカナダ産・熊本肥育のものも多いです。どこで飼育したかがいちばん大切なんで、うちで出すからには「熊本肥育」という部分は絶対に外せない条件ですね。

中学1年生の時にTHE JAMを兄の影響で聞き始めて以来のポール・ウェラー好き。この写真は貴重なオリジナル・プリント。

 この「外せない」というのが村上さんには多い。九州人のこだわりが、料理はもちろん、店内のそこここに感じられるのだ。音楽好きの村上さんが敬愛するのは、ポール・ウェラー。言わずと知れたUKロック~モッズのカリスマ的なアーティストだ。店内に飾られた貴重なライブ写真やポートレイトには、村上さんの「信念」が詰まっている。

 いろんな音楽を聴きましたけど、やっぱりいちばんかな。カッコいいじゃないですか。いまだに才能あるのかないのかよくわからないし、歌も上手いのか下手なのかわからないけど、自分の「国」のつくり方がすごいと思います。好きなことを信念曲げずにやり続ければ、落ちぶれたっていつかなんとかなる、という生き方がいい。ジョン・レノンと同じものを感じます。ジョンの曲を歌えるのはポール・ウェラーしかいないんじゃないかな。

 自分の国をつくり、信念を曲げず、好きなことだけをやり続ける。「フレーゴリ」と「しん」、まったく個性の違うこの2店に共通するのは、まさにその想い。ヒトがヒトサラを支えているのだ。

次の目標は「馬骨ラーメンと太平燕の専門店を出すこと」。九州・熊本を原点にしながら、村上さんの料理はイタリアン、郷土料理店、そして麺専門店と、さらに多くのファンの心をつかんでいくことだろう。

フレーゴリ 東京都渋谷区恵比寿2-8-9
050-5872-2131
営業時間:12:00~15:00/18:00~24:00
定休日:日曜日
www.ebisu-fregoli.com
※文中で紹介した「馬肉のカルパッチョ」「馬の唇の赤ワイン煮」はこちらのメニューです。

しん 東京都渋谷区恵比寿南1-16-5 タチムラビルディングサウスB1
03-6663-8731
営業時間:12:00~14:00(月~金)18:00~24:00(月~土・祝日)
定休日:日曜日
www.ebisu-shin.com
※文中で紹介した「馬骨ラーメン」「砂肝のパクチー和え」はこちらのメニューです。

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