カレーにラーメン、蕎麦やスウィーツ
それぞれのメンター(師匠)たち。
その深い愛情と探究心ゆえ、あらゆる名店を
食べ歩き、ついには偏愛の書までを上梓する
彼らの「もっとも熱いヒトサラ」とは?
頭もお腹も満たされる、いいとこどりの贅沢時間です。
メンターについてゆく09(前編) / TEXT:小林のびる PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:藤田めぐみ / 2017.03.31 メンターについてゆく特別編ラズウェル細木さんの「晩酌屋ラズウェル」開店!
『週刊漫画ゴラク』誌にて1994年より連載を開始し、単行本は堂々の40巻を数える飲兵衛のバイブル的コミック、『酒のほそ道』。旬の美味を粋に描き、かと思えば駄菓子級のB級グルメまでをつまみとする。ときには自分なりの貪欲かつ瑣末な飲みの作法にこだわるあまり、千鳥足での殿様出勤。そんな愛すべき主人公・岩間宗達の清々しい飲みっぷりに、世の酒好きたちは明日の自分を重ねることで、酒場へと向かう心を強くする。
そんな『酒ほそ』だけにとどまらず、飲酒の幸福についての探求を続け、偉業ともいえる作品群を世に送り出してきた作者・ラズウェル細木先生。もちろんご本人も筋金入りの酒道楽であり、劇中に登場するおつまみレシピも膨大であり……となれば、一度は先生自ら腕をふるう料理を味わってみたい!
今回の「メンターについてゆく」はそんな願いを実現させた特別編。これから始まるのは、「部屋飲み文化への貢献」という名目の、夢の宴です!
晩酌の友はやっぱりテレビ。漫画ですか? 僕は夜には描かないんですよ
今日は長丁場になるだろうからゆっくりいきましょう。料理も手の込んだものはやりません。そもそも晩酌の料理って、もし失敗したとしても「うわぁ、失敗した」って思うだけだから気楽でしょ。そこがいいわけです。ましてや偶然とんでもなく旨い料理ができあがってしまった日には「自分は天才なんじゃないか?」ってボーナスがある(笑)。そういうスタンスですね。
そりゃあ料理上手な奥さんがいて、次から次につまみを出してくれるなんて状況は極楽ですよ(笑)。だけど、自分でつくる楽しさを知ると、それだけじゃ物足りなくなってしまうんですよねぇ。
僕の場合、だいたい家で仕事が終わって、『報道ステーション』の時間帯くらいから、テレビを観ながら飲み始めることが多いですね。やっぱり夜はお酒の時間に充てたいから、滅多に漫画は描きません。とはいえ情報収集は大切なので、マツコ・デラックスや有吉(弘行)の番組なんかもよく観てます。適度な世の中の流れが入ってきて、でも気楽に流しておけるというのがちょうどいいわけです。金曜の定番はやっぱり『タモリ俱楽部』なんだけど、あの番組、けっこう遅い時間帯でしょ? すでにできあがっちゃってることも多いから、翌日に内容を思い出せたら、飲みすぎてなかったんだという判断材料になる(笑)。「空耳アワー」の肝心なところだけ寝てしまうというパターンもあって、ふと気づくとタモさんと安斎(肇)さんが大爆笑してて、「あー、観逃した! もっかいやれ! もっかいやれ!」なんてね(笑)。
漫画家といえば夜型のイメージがあるが、さすがはラズウェル先生、しっかり晩酌の時間は死守なさっている。とはいえ僕らのようなファンでさえ「気がつけば新刊が出ていた」ということも多い先生の仕事量。改めて具体的に伺ってみると、その本数は目眩がするほどで。
今やっている定期連載はね、週刊が『酒ほそ』でしょ。『大人の週末』とか『本当にあった笑える話』みたいな月刊誌だと、レポものの『口福三昧』と、居酒屋の店主が主人公の『美味い話にゃ肴あり』、時代物の『大江戸 子守り酒』。あとは『つりコミック』の『魚心あれば食べ心 日本全県お魚お取り寄せグルメ』の5本になるのかな。徹底的に「うなぎ」のことしか描かない『う』をやってた頃は週刊連載が2本だったんで大パニックだった(笑)。
昔は週に締め切りが最大5本という時期もあってね、そうなるともう、週の後半にいくにしたがって、どんどん線がヘロヘロになっていくんだけど、それでもすぐ次の仕事にとりかからなくちゃいけないということが続いて、「無理だなこれは……」って(笑)。
じゃ、そろそろ1品目に取りかかりますかね。今日のメニューは『酒のほそ道 宗達直伝・呑兵衛レシピ100選』という本にも載せた定番メニューから構成してみました。やっぱり定番として残るものって、手間がかかからないわりに感動の深いものというのがほとんどで、もちろん自分の晩酌に登場する頻度も高いので、明日にでもマネしてもらえるかなって。
あ、今回は動画じゃないから流れるように作業できなくても大丈夫だよね(笑)? 僕、テレビの料理番組を観るのが大好きなんだけど、あれってよく考えるとかなりすごいことですよ。まごついちゃう先生がいるのも当然。あんなことをよどみなくやり通すなんて大変すぎます。こうしてたくさんの食材を目の前にすると、痛いほどにその気持ちがわかりますね(笑)。
1品目:セロリ漬け
まずはセロリをだいたい同じ大きさに切って、600Wのレンジで30秒ほどチンします。それを、白だし、醤油、みりん、酢、塩、鷹の爪を合わせた調味液に漬け込む。調味料の調合? もう、すべて目分量ですよ。ちょっと足しては味を見ながら、何度かつくって好みの味に調整していくというやり方です。そもそも思いつきの料理の味が一発で決まるってことっていうのはほとんどなくて、たいていは2度3度とつくっていくうちに自分の味が決まる。だから漫画に載せる場合は締め切りに向けて何度も同じものを食べ続けなきゃいけない。これがけっこう大変でね(笑)。
こうしてあっというまに「食欲と酒欲の増進剤」であり、箸休めにも最適なヒトサラが完成。調味料の分量などはかなりアバウトなれど、「味のギャンブル」を楽しむかのようなその表情に、ひとり晩酌の楽しみはすでに始まっていることが伝わってくる。
そして、コンロの鍋ではちょうど卵が茹で上がり……
2品目:タマわさ
これは名前のとおり、玉子とワサビを組み合わせたおつまみです。このメニューが生まれた経緯はよく覚えてないんですよ。誰かに教えてもらったのかもしれないし、自分だったのかもしれない。同じようなことを40巻ぶんも描き続けていると、こういうことがザラにある。だけどこの組み合わせ、自分で思いついたんだとしたら天才だよなぁ(笑)。
これまた調理は瞬時。しかし味の意外性にはビックリ。ひとり暮らしを始めたばかりの学生にも真似のできる、ごくごく簡単なレシピでありながら、なんだか妙にクセになる。これがラズウェル流おつまみの極意だ。
このつまみのポイントは、玉子を包丁で刻むこと。男のひとり晩酌だとこういう工程がめんどくさかったりするでしょ? 「切らなくても味はいっしょだし」みたいな。だけどね、ちびちびつまめるようにするという意味で、これは絶対に切らないとダメなんですよ。そういう部分にはきちんとこだわる! そこは絶対に譲らない!
と、自分なりのこだわりを、まるで子どものような笑顔で力説する先生。この表情、どこかで見たことがあると思ったら、『酒ほそ』の宗達そのものではないか!
あぁ、そうかもしれないね(笑)。だけど、僕よりも宗達のほうがマメなんじゃないかな。現実の人間はどんどん酔っ払っていくしね(笑)。
確かによく「宗達は先生の分身ですか?」なんて訊かれることもありますけど、飲み方に関しては違う部分も多いかな。宗達には宗達なりの好みというのがあるんですよ。たとえば甘いものが嫌いという設定。宗達は酒飲みの代表というか、世の中が考える酒飲みのイメージというのを凝縮したキャラクターなので、自然とそういうふうになっていったというだけで、僕自身はべつに嫌いじゃないからね。
3品目:菜の花ピザ
次はもう少しだけ凝ったものをつくろうかな。「菜の花ピザ」は100%自分のオリジナル。ある日突然閃いたメニューなんです。僕のつまみは漫画のテーマや食材から無理やりひねり出すパターンと、突然ふっと閃くパターンというのがあるんだけど、やっぱり閃きパターンのほうが定番として残るんですよね。
まずは菜の花をさっと塩茹でして、キッチンペーパーでよく水を切っておく。市販のワンタンの皮をアルミホイルに広げたら、そこに粒マスタードを塗って、菜の花と溶けるチーズを乗せてオーブントースターで焼く。これだけです。
これは1年ぶりにつくるから、自分でも「ピザソースとかなくていいのかなぁ、味つけしなくて大丈夫?」って心配になりますけど(笑)本当にこれだけでバッチリだね。ワンタンの皮にもマスタードにも塩気があるし、ひとりどんどん焼いては食べていた頃を思い出しますね。
確かにここにほかの調味料はいらない。チーズとマスタードに菜の花の香りが絡むことで、全体が極上のソースへと変化し、物足りないどころか酒が進みすぎるというヒトサラになっている。見た目も華やかだし、パリパリという音までが楽しい。
やっぱり菜の花というのもポイントなのかな。ほうれん草とか小松菜だと地味でしょ? その点これは「春の味!」って感じがとてもいい。香ばしく焼けたワンタンの食感もまたよくてねぇ。
それにしてもこの宴は幸せだ。すべてのメニューが「こんなに簡単なのに、こんなに素朴なのに、こんなに美味しいの?」という驚きに満ちたラズウェル・マジックの真骨頂。簡単で素朴ということは、料理のペースにも流れるようなスピード感が生まれるということであり、酒もどんどん進む。気づけば先生を追い越しビールが止まらなくなっている取材班……。
今日は人に振る舞う料理なんで、僕は気をつけながら飲んでますよ(笑)。
じゃあ、ここからは中盤戦。だんだんと腹に溜まるものを出していきますね。といっても、これもシンプルの極致。なんと食材はチクワだけですから(笑)。
4品目:ちくわソース炒め
まずはチクワを斜め切りにして、フライパンで炒めていく。油は「九鬼 太白胡麻油」がおすすめですね。一般的な胡麻油よりも香りが強くないのでどんな料理にも使えるし、クセがないのでドレッシングにもOK。過熱しても酸化したり悪くなりづらいようです。ちょっとだけ高級だけど……といっても数百円の世界だし、買う価値はありますよ。
で、こうしてチクワに焦げ目がついてきたら、そこにウスターソースとみりんを混ぜたタレをかけて豪快に焼いていく。皿に移して青ノリをまぶしたら完成です。
チクワの一番好きな食べ方は、そのまま食べること(笑)。やっても穴にキュウリを詰めるくらいで、実は料理にちょこちょこと入れるのは好きじゃないんです。でもこの「ソース炒め」だけは特別! これ、実は料理研究家の土井善晴先生のレシピを拝借したものなんです。最初は半信半疑でつくってみたんだけど、いやぁ驚いた(笑)。たこ焼きのような、どこか懐かしい雰囲気の味ではあるんだけど、やっぱりこんなものはほかにない。さすが関西出身の土井先生だなぁと。
一般家庭の場合、たいていソースは1種類しか冷蔵庫に入っていないと思うんだけど、これには必ずウスターソースを使ってください。ウスターソースは野菜やフルーツなどあらゆる旨味が感じられる万能の調味料だし、サラサラしているからチクワともよく馴染む。あとはみりんだね。この甘さがいいんです。
チクワであってチクワでない、甘く香ばしい味わいに箸が止まらない! あぁ、これは今晩にでもまた食べたい! しかもただ食べるんじゃなく、少しほろ酔いになったところで、ジャーっと自分で炒めたものを思い切り頬張りたい!
そうそう! これぐらい簡単な料理だと、酔ってても面倒じゃないどころか、逆に晩酌に勢いがついていいんですよ(笑)。なにより安いしね。たとえば「このわた」みたいな珍味系のつまみと日本酒を用意して、ちびちびやりながら「やっぱりいいねぇ……」なんてやってても、だんだん酔っぱらってくるとこういうものが食べたくなってくる(笑)。そういうときに最適なメニューです。
『酒ほそ』の宗達にせよ、スーパーのうなぎをあれこれ工夫してみるも、最後は炭焼きの「うな重」への想いが募るあまり、いそいそと出かけてしまうという「欲望の男」。その作者の晩酌があっさりと終わるわけがないのだ。
ここまでの4品を振り返ってみても、漬物やピザを経たところでのソース味。改めて序盤に書かれたお品書きの重要性を感じさせられる、ロマンある組み立てである。
ここで僕なりの「つまみ観」や「晩酌観」を話しておくと、重要なのは、いつ食べても美味しい「常温」のものを最後までテーブルに残しておくこと。これが大切。「ちくわソース炒め」は温かいうちが美味しいけれど、やっぱりつまみの理想は「セロリ漬け」や「タマわさ」のようなものなんです。
元来「つまみ」というのは酒が主体のもの。老舗居酒屋のお通しや定番メニューにも常温のものが多いし、蕎麦屋の「板わさ」なんてのも、かまぼこを切るだけの、なんてことないものですからね。だから、まずはそういう王道のつまみを並べておいて、途中で「あ~、ちょっとパンチのあるものが欲しいな~」となってきたら、その勢いでつくれるようなものをつくればいい。ほろ酔いでやる料理というのはやっぱり楽しいし、手先を動かしながら飲む酒っていうのはやっぱり旨いですよ。
さ、あんまり飲みすぎるとやる気がなくなっちゃうから、どんどん次にいきましょうか!
(後編に続きます!)
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