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メンターについてゆく

カレーにラーメン、蕎麦やスウィーツ
それぞれのメンター(師匠)たち。
その深い愛情と探究心ゆえ、あらゆる名店を
食べ歩き、ついには偏愛の書までを上梓する
彼らの「もっとも熱いヒトサラ」とは?
頭もお腹も満たされる、いいとこどりの贅沢時間です。

メンターについてゆく05 / TEXT+PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:藤田めぐみ / 2015.08.04 パリッコさんと杉並区大宮「つり堀 武蔵野園」の「カツカレー」

パリッコさんにとっての居酒屋探訪は、生活そのものである。気取らず、気負うことなく、着の身着のまま気の向くままに日々の嗜みを紹介した居酒屋レビューが注目を集め、それをまとめた同人誌『大衆酒場ベスト1000』は、待望の第3巻が店頭に並んだばかり。
ヒトトヒトサラは、このタイミングで取材を交渉。快諾の返信には、今回の舞台である「つり堀 武蔵野園」の情報が記されていた。すぐさま「わ、それって『孤独のグルメ』(しかもテレビ版)にも登場したあの店では?」と思いあたり、気持ちがほぐれる。メールの文面から立ち昇る、「穴場や隠れ家のレアリティにこだわるのではなく、おもしろい場はみんなで共有したいし、なにより自分が楽しみたい」という気持ち。そんな気持ちこそが『大衆酒場ベスト1000』を、なんとも風通しのいいものにしているのだ。
井の頭線・永福町駅から大宮八幡宮に立ち寄り和田堀公園へ。やはりそこには大衆酒場のメンターを虜にする、「ヒト」と「ヒトサラ」が待っていた。

住宅街にドーンと現れる大宮八幡宮の鳥居。武蔵野園に向かう者にとって、ここが非日常への入り口だ。
「せっかくなのでお参りしていきましょう。ここにバッカス(酒の神)はいませんけどね(笑)」とパリッコさん。

「大衆酒場がテーマであれば、ネタ切れもない。僕の連載は日記を公開しているようなものなんです」

 もともと「自分しか知らないお店を紹介したい」みたいな気持ちは薄いんです。それってなんというか、自己顕示欲じゃないですか。そもそも自分しか知らなかったらそのお店はとっくに潰れているだろうし、すごい穴場を紹介できたとしても、賞賛されるべきは自分じゃなくて、そんないい店を続けている店主さんのほうですよね。居酒屋ツウに思われたいというのもないです。いつも自分は客目線だし、単純にお酒が好き、お酒のある場所が好きというだけなんです。
「大衆酒場ベスト1000」の連載にしても、僕が積極的に企画したものではなくて、知り合いが「ピコピコカルチャージャパン~Pico Pico Culture Japan」というサイトを立ち上げたときに、「なにか連載をやらない?」と誘ってもらったのが始まりです。僕は趣味で音楽活動もしているので、最初はそっち方面のテーマでやらせてもらおうかとも思ったんですけど、長く連載を続けるのであれば、普段の生活に密接なものを題材にしたほうが無理がないと思ったんですね。もともと週に2~3軒はいろんな居酒屋を廻ってましたし、ネタが切れるということもまずないだろうと。僕の連載は日記を公開しているようなものなんですよ。

 こんな話をしながら大宮八幡宮を歩き、和田堀公園を抜けるうちに、「つり堀 武蔵野園」が見えてきた。まだ設置されたばかりだという、燃えるような赤の柵。緑の忍者はとうもろこしを握りしめ、ポップコーンの自動販売機であることを無言で主張している。ひとまずはテーブルに着席し、生ビールを注文。「ガチーン!  ゴクゴク、プハー!」という通例の儀式を、ブランコに乗ったテディベアが見守る。
 豊かな水と緑、吹き抜けるそよ風。そして異形のファンタジー。あぁ、今日という日が永遠に続けばいいのに!

パリッコさん。

 つくづくビールがすすむシチュエーションですよね! このファンタジーは危険です(笑)。すぐに自分のペースを守れなくなりますよね。
 この仕事を始めてからは、記憶がなくなるともったいないというのもあって、なるべくゆっくり飲もうと心がけてるんですよ。僕はもともと取材願望よりも飲みたい願望のほうが全然強いので、「美味しいなぁ! 美味しいなぁ!」って飲んじゃうと、いつのまにか寝てたりもして。少し前もラズウェル細木先生──僕にとっては『酒のほそ道』の作者というだけで雲の上の存在なんですけど──と、僕の地元、石神井公園の居酒屋を廻るという夢のような企画があったんですけど、そこでも最後は寝てしまって(笑)。最悪ですよね……。もちろん終電に乗り込んで寝過ごすなんてこともかなりやりました。いつも目が覚めるのは川越あたりで、あそこは「小江戸」なんて呼ばれるだけあって、すごくいい街らしいんですけど、僕はまだ、駅前の漫画喫茶しか知らないんです(笑)。
 ただ、二日酔いというのは意外とないんですよね。かなり飲みすぎた朝も、「ちょっと残ってるかな?」ぐらいのもので、吐き気がするとか頭が痛いとかはほとんどないです。こういうのは体質ですよね。だから夕方には必ず飲みたくなってしまう。
 あ、つまみはどうしましょうね。ゲソの唐揚げと、卵焼き……あと、ここはカツ煮が美味しいんですよ。

 パリッコさんがお酒を飲み始めたのは、やはり学生時代。「お酒は最初から美味しいと思いましたね」と回想しつつ、しかし現在のように、建てつけの悪い引き戸や煙に燻された縄のれん、つまりは個人経営の居酒屋に飛び込むような飲み方はしていなかったという。

 当時はチェーン店ばかりでした。お金もなかったですし、友だちとダラダラ喋るのが楽しかったから、場所はどこでもよかったんだと思います。でも、だんだんとそれが物足りなくなってきて、その頃はよく高円寺で遊んでいたので、ふと「大将」って焼き鳥屋さんに入ってみたら、「え? 思ってたよりも安いし、居心地もいいし、こっちのほうが美味しくない?」と盛り上がって。そこにも慣れてくると、今度は「高架下のあの店にいってみよう!」「あの赤提灯もよさそう!」みたいにどんどん広がっていったんですね。

イカの下足唐揚げ。バリバリと噛みしめる定番の一品。
カツ煮。濃い目のつゆでくたくたにほぐれた衣の食感と、しっとりとした肉の甘み。

 これは若き酒飲み誰もが経験するべき開眼であり、パラダイム・チェンジである。それまでは素通りしていた提灯の灯りや、踏み入れることのなかった裏路地など、街のすべてが視界に飛び込んでくるようになり、文字通り、世界が広くなるのだ。

 ただ、僕らの世代には、食事にまったく興味のない人というのもいるんです。実際何人か会ったことがあるんですけど、ごはんを食べてて、途中で「食うのめんどくさくなってきた~」ってやめちゃう人がいる。もちろん味なんか関係なくて、ガリガリに痩せていて、点滴で済むならそれでもいいっていう。僕は本当に真逆で、許されるなら1日中ゆっくりと食べていたい。たとえばこの唐揚げがなくなって、大量のマヨネーズだけが残ったら、どこにどう使おうかなぁ、みたいな。……こうして言葉にすると、僕のほうがめちゃくちゃダメな気がしますけどね(笑)。

ポテトフライにピータン、そしてオムライス。みるみるうちに鉄壁の布陣が完成した。
「どれもテーブルにひとつあると安心するつまみばかりですよね。どこに箸を伸ばしても酒が飲める。この光景は本当に幸せです!」
「途中でスプーンを使う料理を入れると、意識が変わっていいんですよね。これは〈飲めるオムライス〉です。ケチャップライスの味つけが濃くて、そこにまた、ケチャップを惜しみなくかけてくれていて」

自費出版の同人誌がもたらしたもの。雄弁な名刺となった『大衆酒場ベスト1000』

『大衆酒場ベスト1000』の第3巻。WEB連載から厳選された名店案内に加え、ラズウェル細木氏との10000字対談、パリッコさんの分身であるキャラクター「よっ太」が立石を飲み歩く描き下ろし漫画など、ボーナストラックも大充実。 「このメンマもいいですね! さりげない細切りがネギとよく絡みます」 「卵焼きも抜群の安定感がありますね。遠足のお弁当みたいな美味しさ。これは冷めてもいいつまみになるなぁ」

 それにしても『大衆酒場ベスト1000』はおもしろい。飾らない文体と、コンパクト・デジカメを駆使して更新される親近感たっぷりの探訪記は、みるみるうちに閲覧数を伸ばしていき、ついには書籍化。自費出版の同人誌とはいえ、すでに3巻目を数えている。

 昔からものをつくるのが好きなんです。曲が溜まったらCDをつくりたくなるのといっしょで、文章も「溜まったからまとめたい」みたいな感じでした。この本をきっかけに大衆酒場のおもしろさに気づいてくれる人がいればいいな、とは思いますけど、そういう目的意識も3割ぐらいで、残りの7割は、やっぱり自分自身の楽しみのためですね。自己満足的な部分もあったと思います。

 でも最近は、この本がなければ出会えなかった人のこととか、この本がもたらしてくれた縁というのをヒシヒシと感じるようになりましたね。今日みたいに取材してもらえることに関してもそうですし、こないだ、昔から大ファンだったかせきさいだぁさんに『大衆酒場~』をお渡しできたんですけど、それをインスタ(グラム)に「読んでると居酒屋に行きたくなる」という感想つきでアップしてくださって、めちゃくちゃ感激しました。やっぱり音楽にしても、本にしても、データではなく直接手渡せるものというのはいいですよね。紙1枚の名刺よりも、ずっと雄弁に語ってくれるというか、人と人とをしっかりとつないでくれるように感じます。
 さっきお話したラズウェル細木さんも、この本をきっかけに、安田理央さんというフリーライターの先輩が引き合わせてくれたんです。この先輩とも酒の場で知り合ったんですけど、漫画家の吉田戦車さんとか、イラストレーターの寺田克也さんなんかと飲むときに、なぜか僕も呼んでもらえるようになって。最後は「やっぱりパリッコ寝たよ!(笑)」って笑われてますけどね。

 そういえば気になっていた。「パリッコ」という名前はどこからきたものなのだろうか。

 お漬物の名前なんですよ。なんの意味もないです。高校生ぐらいのときに、簡単な宅録機材を買って自分の曲をつくり始めたんですけど、友だちに聴かせるのに、本名だとつまらないし、かといってカッコよすぎるものを考えるのもなんだから、台所で目についたものをそのまま殴り書きにしてしまった。その場しのぎなものだったはずが、それこそお漬物が浸かるように定着してしまって。……正直後悔してますね。たとえば文章や連載のお仕事をいただくときも、必ずどこからか「パリッコってヘンじゃない? そもそも巴里なの? フレンチなの?」みたいな声があがる。失敗しましたね(笑)。

青木大輔さん。

 ここでパリッコさんの目が、宙を泳ぐ。もしやもう酔ってしまったのか?……というのはもちろんこちらの杞憂。その目は遠くの枇杷(びわ)の木にロックされていた。ちょうどテーブルを通りかかった武蔵野園の二代目・青木大輔さんが、話に加わってくれる。
「いいところを見てるね~。すぐうちの若いのに切ってこさせるよ。すごく甘くて美味しいんだけど、あのままだとカラスが食べちゃうだけだからさ、どっさり持って帰ってよ」

 やっぱこれですよね! こういうコミュニケーションがいいんです。どこぞの居酒屋ダイニングで出される「◯◯産の枇杷です」みたいなものよりもずっとありがたい。やっぱり野生のものを食べないと(笑)!

 この会話を機に、青木さんのよき理解者でありインタビュアーとなるパリッコさん。話はテディベアの素性から、この不思議な空間の成り立ちに流れる。青木さん曰く……

「あのぬいぐるみ? かわいいでしょ? 最初のひとつはうちの親父の妹が飾ったんだけどね、それを見た常連さんが置いていくようになって、だんだんと増えていったんですよ。この店はもう60年ぐらいやってますよ。創業当時は釣り堀だけだったんだけど、ビールとかお酒、ちょっとしたおでんなんかを出すようになってね。で、5年ぐらい前に、飲んだり食べたりのスペースをもっと広げようと思って、このテーブル席を増築したんですよ。柱も床も、僕の手づくり。いちかばちかの博打だっだけど、ダメならまた戻せばいいやと思って(笑)。だから、お客さんの足の下には魚が泳いでいるんですよ」

 なんとも優しく味のある語り口。パリッコさんは、以前から気になっていたという2階席についても、「なんなら貸し切りにしてあげますよ。10人ぐらいお友達を連れてきてください」というワイルドカードを入手し大興奮。厨房へと戻ってゆく青木さんの背中に、羨望の眼差しを注いでいた。

 青木さん、カッコいいですねぇ……。こんなきれいな公園に、こんな空間を構えて自由にやって。もちろん裏側にはいろんな苦労があるのかもしれないし、興味がない人にとっては普通のオジサンに見えるかもしれませんけど、僕にとっては人生の最終目標ですね(笑)……それにしてもいいことを聞きました。大収穫ですね。こういうのは、やっぱり自分の足でないと得られない情報ですよね。

 足で探す。パリッコさんの本領はここにある。

 僕は本当に歩くのが好きなんです。初めての駅なら、まずは北口と南口をひと廻りして、心の中で「ここ候補ね」みたいにプラン立てするのがたまらなく楽しい。こんな呟きの時点から、僕の飲みは始まっているんです。……あまり否定的なこと話してもアレですけど、事前にネットで調べて点数が高いところにいったとしても、僕はおもしろくないんです。どこかしらにドキドキするものがないとダメなんです。都内でも地方でも、僕の目当ては大衆酒場だし、外観がボロいと、もうそれだけで安全じゃないですか。数万円単位でぼったくられるとかは絶対ないわけですよね。だったらどんどん新しい店に入っていきたいし、新しい経験をしたいと思うんです。
 地方で印象に残っているのは、山梨の甲府とか、静岡の清水ですね。甲府は駅前から10分ぐらい歩くと「甲府中央」っていう、吉祥寺のアーケード街みたいな規模の広大なスナック街があって、そこはすごくよかったです。静岡は「青葉おでん街」が有名ですけど、清水のほうまで移動すると、「もつカレー」が食べられる。昭和20年代に「金の字」ってお店が考案した、カレーのかかったモツ串で、地元ではそれが缶詰になったりもしているんです。
 都内だと、立石や赤羽なんかにも名門の大衆酒場が集まっていますが、今はどこも混んでますよね。だったら自分なりに開拓してみるという選択肢もありだと思うんです。たとえば最近おもしろかったのは西武新宿戦の中井という駅。決して有名な駅ではないと思うんですけど、駅前には、かなりいい飲み屋が集まっているんです。とくに「錦山」というお店はよくて、小さな土鍋で本格的なあんこう鍋を出してくれるんです。しかも580円とかで(笑)。だから、よく「うちの地元はなんにもないからさぁ」なんて嘆く人がいるじゃないですか。でも、実はよく見ていないだけなんだと思うんです。探せば絶対にいい場所があるはずなんですよね。

「枇杷の甘さが舌を変えますね。このたっぷりとしたビニール袋を見ながら、いくらで飲めちゃいます」

 酒を語るパリッコさんは本当に幸せそうだ。

 今日はちょっと頑張ってるほうです(笑)。いつもの自分といえば、「これ……、うまい……」とか、その場にあるものをそのまま話すぐらいのもので、もう、本当にカタコトの、外人か幼児かって感じですから(笑)。僕はとにかくディティールを見るのが大好きで、それだけで「場」がもってしまうんですよ。だから、「メニューの配列が渋い!」とか「女将さんの笑い方がいい!」みたいなポイントをよく観察していて、そこに同じように喜んでくれる友だちと飲むのは楽しいですね。大将がニコッと笑ったときに前歯がなかったりすると、それだけでお酒が美味しくなる(笑)。800円のプレミアム焼酎なんていらなくなるし、むしろ銘柄なんかは知らないでいたくなる。だんだんといい店の定義がわからなくなってきましたけど(笑)。
 そういえば最近、濃い目の酎ハイのことを、「ここは盛りがいいなぁ!」と表現した人がいて。「盛り」っていうのは食事に使う言葉じゃないですか。透明の液体に対して「盛り」というのは、なんだか幸せな感じがするし、もうそれだけで信用できるなって(笑)。

創業当時からの定番メニュー、おでんの盛り合わせ。チューブからしをたっぷりと。

正解率0%の超難問。もし自分にテレポート能力があったなら……

 ここで今回のヒトサラが到着。小麦粉をたっぷりの黄色いルーに、真っ赤な福神漬け。食品サンプルですら惚れ込むであろうそのフォーマルな身なりに、ついさっきも見たものが乗っている。

パリッコさんの新刊その2。カレー好きが昂じて制作された『安レトルトカレーの研究』。主要メーカーのものからプライベートブランドのものまで54種類を6項目5段階評価。すべてのレヴューにパッケージを模写したイラストをつけるという、シラフでない試みも。

 カツ煮を食べたあとにカツカレー。これぞ贅沢です(笑)。僕の好物はまずお酒。食材なら豚肉、料理ならカレーなので、居酒屋にあるカツカレーというのは完璧な食べ物なんですよ。(ひと口食べて)う~ん、ここのは本当にオーソドックスな給食カレーでたまりませんね。ほんのりとしたスパイス感もいい。なによりこのカツ。さっきのカツ煮とは違ってサクサクだし、ルーをかけた後に乗せてくれているのがうれしい。このタイプだとカレーのついてない部分にソースをかけて、つまみにできるんですよね。ひとりならこれだけで何時間も楽しめますよね。さすがは青木さん、酒飲みの心をガッツリ掴んできますね(笑)。

「食べすぎると飲めなくなるし、酒がすすむとまた食べたい」。そんな悩みに苦笑しながらカツカレーを頬張るパリッコさんは、まさに酒飲みの雛形。であれば、ここで質問。もしパリッコさんが、オバQや小林尊のような大容量胃袋を持ち、なおかつイワン・ウイスキー(サイボーグ001)のようなテレポート能力をも備えた超人だとしたら、どんな酒場を、どのように縦断していくのだろう。「連休の初日・朝の7時から」という縛りで想像してもらった。

 うわ~、それは天国ですね(笑)。でも、あまりにも好きなお店がありすぎて難しい。うーーーーーーーん(この後、こちらが心配になるほど熟考)じゃあ、まずは新小岩の「銚子屋」ですかね。駅から10分ぐらい歩くんですけど、朝の7時から仕事あがりのタクシー運転手さんで賑わうようなお店です。メニューは日替わりなので、もしあるのであれば、マグロ刺と……クジラ刺し。お酒は酎ハイにしようかな。うーーーーーーーん(またしても熟考)いや、やっぱり1杯目はビールから始めたいんで、最初からやり直してもいいですか?

 想像とはいえ本気も本気。どの店を選んでも後悔が残るこの質問は、酒飲みにとっては正解率0%の超難問なのであった。であれば、いや、だからこそとことんつきあいたい。ここからはいわゆる「地の文」を放棄、Q&Aの原稿にしてしまおう。

──最初の店、決まりましたか?

 やっぱり池袋にします! 「若大将 まつしま」という24時間のお店からスタートしたいですね。ここは300円均一のお店で、まずはイカフライとアジフライがのった「コンビフライ」を頼みたいと思います。僕はいきなり揚げ物とかでも大丈夫なタイプなんで。あとは塩味ベースの特製煮込み。これも絶品です。そこから銚子屋にテレポートして(笑)、酎ハイを飲みますかね。

──銚子屋を出るのは何時頃ですか?

 僕はいつも30分ぐらいしかいないんですけど、いくらでも食べてもいいんですよね?

──だからいいですってば(笑)。

 だったら1時間ぐらいは粘るかもしれないですね。松島と銚子屋で計2時間。それでも外はまだ9時ぐらいですよね(笑)。そこからは、また池袋にテレポートして、「ふくろ」にいきます。ここでは小柱のかき揚げがオススメです。お酒はホッピーセットと日本酒を2杯ぐらいいきたいですね。

──あ、ちなみに酔いはしっかりと回りますからね。それがないと、終わりもないので。

 しまった(笑)。もうかなり酔っ払ってますね。じゃあ、ここから午後までは、気になっていたけどまだ入れていない店というのを、1軒につき30分ぐらいのペースで廻っていきたいですね。あんまり知ってる店でも落ち着きすぎちゃうんですよね。新規開拓というのは長く飲むにも有効で、新しい店に入ったときの緊張感というのが、適度に酔いを覚ましてくれるんです。午後はそうやっていろんな店に入るわけですけど……

──ですけど?

 先に15時の店を決めてもいいですか?

──(笑)はい。

 中村橋の「貫井浴場」という銭湯にいきたいです。お湯に浸かったあとに缶ビールというのは定番だと思うんですけど、ここの場合は脱衣所の隣にかなり本格的に飲ませる休憩所が併設されていて。

──食券制ですか?

 もちろんです。そこ、意外と重要なんですよね。

──そうですよね。牛丼を食べるのに「後払いしたくないから」という理由だけで吉野家よりも松屋を選ぶという人を知ってますよ。

(笑)わかりますわかります。食券で食べたいものってあるんですよね。たとえばスーパー銭湯とかだと、手首にバーコードを巻かれて、それですべての会計を済ませるところ、貫井浴場の場合は注文のたびに腰を上げて、いちいち券売機まで歩かなくちゃいけない。ただ、そこに酒飲みの静かなる興奮があるんですよね。小銭を眺めながらのお酒はいいですよね(笑)。キャッシュオン(デリバリー)の居酒屋とかも大好きです。

──貫井浴場の後はどうしましょう。お湯と酒で完全にふやけてますよね。

 へへへへ、そこからここ(武蔵野園)にテレポートするんですよ(笑)! この風が湯冷ましになるというのは最高じゃないですか? 髪が濡れたまま生ビールを頼んで、また青木さんと少しでもお話できれば(笑)。たぶんその日もカツカレーをつまんじゃうんだろうな……。ここが閉まるのが17時だから、まだ明るいですね。だったら稲田堤の「たぬきや」にいっちゃおうかな。多摩川の川沿いにある海の家みたいな飲み屋さんですね。ここでは焼きそばとかカレーを頼みます。お店で売ってるカールなんかもつまんだりして。

──さて、いよいよ暗くなってきました。

 もうフラフラだと思うので、そろそろ帰りますかね。……あ、ダメだ! 最後にもう1軒だけ寄らせてください! やっぱり最後は室内で締めたいし、いくらテレポートできるとはいえ、最後は地元で飲みたい……。

──(爆笑)。

 埼玉県の西川口にある「長安 ぴかいち」というお店が石神井公園にもできたんですが、そこが西安料理の本当にいいお店で、刀削麺が美味しいんですよ。それと烏龍ハイで締めようかな。

──(拍手)じゃあ、あとは家飲みですかね?

(笑)そうですね。僕はベロベロになると、必ず家の前のコンビニで缶酎ハイを買っちゃうんです。朝起きてみると、全然減ってないというパターンなんですけど、自分はそんなときも、缶にティッシュを被せて寝てるんです(笑)。埃さえ入らなければ、また飲めると思ってるんでしょうね。……さすがにそんな朝は、どこまでお酒が好きなんだろうって、自分でも呆れちゃいますけどね。

──さて、そろそろ現実の武蔵野園も閉店の時間です。今日は本当にありがとうございました。

 こちらこそありがとうございました。……あの、今回内容的に大丈夫ですかね。僕の回だけメチャクチャ染みったれてないですか(笑)?

つり堀 武蔵野園 東京都杉並区大宮2-22-3 和田掘公園
03-3312-2723
営業時間:9:00~17:00
定休日:火曜日

BONUS TRACKパリッコさんと杉並区和泉「ドエル書房」の「お煎餅」

ここからはボーナストラック。こんな取材が明るい時間に終わるわけもなく、このまま永福町を散策してみようということになった。
少々寂しげな商店街を歩いていると、「わ、これって『モヤモヤさま〜ず2』に登場したあの店では?」と、ドエル書房を発見。うず高く積み上げられた専門書や骨董の奥には、確かに4席ほどのミニ・カウンターがあり、名物社長の小川春夫さんが、ひとり黙々とビールを煽っていた。
店内に響き渡る社長の名文句、「うちはなんでもあるんだ!」、そして、大皿に移される煎餅の、「ザバーッ!」という摩擦音を聞きながら、2軒目の宴はおそるおそるスタートしたのであった。

小川さんの名刺を受け取るパリッコさん。カウンターにはいくつもの灰皿とともに禁煙の札が置かれている。

 ここは入ってみたかったんですよね。それにしてもこのお煎餅の量。どうしましょうね。「食べてきた」といってもまったく取り合ってくれないし。

 いったいいつから飲んでいるのか、すでに呂律の回っていない小川社長は、パリッコさんのオーダー「このドエル奴(やっこ)ってどんなのですか?」という質問を悠然と無視。視線をゆっくりと厨房に定め、「焼き鳥10本!」と叫び、続けて「うちはなんでもあるんだ!」と繰り返すばかり。その強烈なキャラクターはまさに愛すべき酔っ払いなのだが、恐ろしいことに、「なんでもある」の言葉に嘘はないのであった。
 ニコニコと笑いながらつくねを焼き始める厨房のオバサマに話を訊けば……


「もともとここは不動産屋だったんですよ。それが、古本屋、骨董屋、開運業、質屋、カメラの現像屋、あとはこの居酒屋と、うちの社長さんがどんどん(事業を)拡大していったんです。この方は本当にいい人で、景気が悪くなって立ちいかなくなったこの商店街の人たちを、自分のところで面倒みるようになったんですね。わたしももともとは自分の焼き鳥屋をやっていたんですよ。週末は〈焼き鳥ドッグ〉というのも出しているので食べにきてください。バターロールに焼き鳥を挟んだもので、結構人気があるんですよ。もちろん一番の名物は社長ですけどね(笑)」

 ……とのことで、確かにここには多種多様な業種、そしてそこから生まれた過剰在庫が山積しているのであった。

 でも、なんだかいい店ですよね。(社長:うちはなんでもあるんだ!」)座ってしまえば落ち着くというか、(社長:うちはなんでもあるんだ!」)見るものがたくさんありますよね。お酒もつまみもどんどん出てくるし(社長:うちはなんでもあるんだ!」)ちょっと会計が気になりますけど、自分の勘だと、これでぼったくられることはまずないですね。(社長:うちはなんでもあるんだ!」)

おもむろに正装し始める小川社長。

 だったら見せてもらおうと全員が立ち上がったのだが、目についた仏像や墨壺を拾い上げ、なぜかパリッコさんだけを狙って手渡してゆく小川社長。「はい、これ優勝カップね」の声に、ついにパリッコさんが壊れる。

 ギハハハハハ! ツボに入った! なんのカップだよ(笑)! 絶対に家族経営かと思ってたら全然そんなことないし、最高におもしろい店ですねぇ!……え? カラオケ無料? 内山田洋とクール・ファイブの「中の島ブルース」を歌おうかな。焼き鳥追加? それはさすがにいいですって(笑)。

 会計はひとり2000円(端数はサービス)であった。それにしても全員が笑いすぎていて、高いのだか安いのだかがまったくわからない。

 あー、笑った笑った。最高に楽しい。……やっぱり酒って、いろんな飲み方があると思うんですよ。美味しいものが食べられればいい人もいれば、コスト・パフォーマンスを重視する人もいて。でも、僕の場合は「体験重視」なんですよね。その場でしか味わえない空気が大切なんです。ドエル書房、そういう意味では最高の店ですね。今日は本当にありがとうございました! さすがにもうフラフラなので…… 地元に帰って飲むことにします(笑)。

パリッコ Paricco
1978年7月22日生まれ。東京都練馬区出身。ミュージシャン/漫画家/居酒屋ライター/FUNKY DANCE MUSIC LABEL「LBT」代表。90年代後半より音楽活動を開始し、2001年にDJイオとともにファンキーダンスミュージックレーベル「LBT」を設立。06年からはWEB漫画「クラブDJストーム」の作画担当として、漫画家としての活動も開始。さらに近年は酒好きが高じ、サイト「ピコピコカルチャージャパン」の連載「大衆酒場ベスト1000」を始め、さまざまなメディアで居酒屋、酒に関する原稿を執筆中。www.lbt-web.com/paricco

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