Copyright (C) ASAHI GROUP HOLDINGS, LTD. All rights reserved.

出禁のマナー

BARのマスターが指南する、逆マナー教室。
深夜の街にはびこる愛すべき酔っぱらいたち。
彼らへの愛憎〜まさかのエピソードから学びたい、
僕らのグラスの角度と去り際。

出禁のマナー03 / TEXT+PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:かわらいポメット / 2015.02.24 雪が谷大塚「OVAL」

「通常のものとはべつにもう1枚あるんですけど…」と見せていただいた営業許可証の、「所在地」の欄を見て驚いた。そこには「都内一円」とあるのだ。
池上線・雪が谷大塚駅南口から中原街道を進み、TSUTAYAの角を曲がってすぐ、小さなドアの奥にある、「屋台」。これこそが、OVALの店主、村山澄さんの城である。
もちろんドアの向こう側すべてが店舗であり、雨風はしのげるのだが、新丸子→雪が谷→九品仏→そしてふたたびの雪が谷と引越しを続けるその途中で、この屋台との出会いがあり、それがそのままOVALの顔になってしまったのだという。
村山さんのジェントルな物腰に対して、屋台の隠密感。心地よいシェイカーの音色に対して、やはり屋台の開放感。その意外性にはたくさんのファン、そして多くの「出禁」がついて回ったはず。
ただでさえ財布に優しいOVALが、19時からのハッピーアワーに動き出す中、じっくり話を聞いてきました。

広大な土間に、イカ焼きとBARしかない。本当に怪しすぎて、逆に儲かりましたね

 もともとは川崎市の新丸子にいきつけのBARがあって、そこの店主に「辞めるからやらないか」と誘われたのがこの世界に入るきっかけです。最初はトラブル続きでした。ようやく開店準備に漕ぎ着けたと思ったら、店舗の二重貸しをされていたりして。
 そこからまたべつのBARの手伝いに入ることになったんですけど、みんなの意見がバラバラになってきて、やっぱり自分ひとりで好きにやりたいと考えていたら、そのビルの建て替えの話が出たんですね。僕らのBARは2階にあって、1階はだだっぴろいマーケットだったんですけど、まず最初にそこの魚屋とか八百屋が立ち退きになった。でも、そのあとすぐに担保不足で建て替え自体が延期になって、ビルのオーナーの息子さんが仕切りも扉もない広大な土間の片隅で、ひとりイカ焼きの店をやっているという状況になった(笑)。すかさず僕は「こんなに空いてるなら安く貸してくれ」と交渉して、ようやく自分の店を持てたんです。だから、キャッチボールができるぐらいの広さの土間に、イカ焼きとBARしかなかったんです。そこは本当に怪しすぎて……逆に儲かりましたね(笑)。魚屋さんが使ってたショーケースに、その息子さんのプラモデルを飾っていたり、今から考えても本当におかしな空間でした。
 新丸子は街全体も独特の雰囲気なんですよ。雨の日にパンツいっちょうで歩いてる人がいたり、かと思えば迷子の亀が歩いてたり。よく言えばフェリーニの映画みたいな(笑)。

村山澄さん。当初はかたくなに顔出しを遠慮されていたが、常連さんの「全国に花嫁募集をしなくちゃ!」のひと言で、「じゃあお任せします…」と折れていただいた。
定番ジャックダニエルは¥600。ほぼすべてのボトルの首にはプライスが提げてあり、初めてにもうれしい明朗会計が徹底されている。

 でも、結局はそこも駅前の開発で家賃が高騰してしまって、僕は地元の雪が谷大塚に戻ってくることになるんです。今はもうない「乾杯横町」という飲食街にすごく安い空き物件があって、ちょっと訳アリの内装もおもしろかったんで、そこで最初の「OVAL」を始めるんですね。訳アリというのは、スナックを焼肉屋に改装していたからで、狭い店なのに巨大な排気ダクトが3つもついていて。強烈な換気力(笑)。
 その店での出禁は、大丈夫かなってぐらいにヨボヨボのおじいさん。座るなり、500円玉をジャラッと出して、ビールを頼む。で、ふた口ぐらい飲んで、お会計。お金がないわけじゃないし、小粋な老人なのかなって思ったら、その人が座ってたスツールがびっしょり濡れてるんです。ビールをこぼしたわけでもないし、これはやられたな、と。まだ早い時間だったのでスツールを袋小路に出して水洗いしてたら、向かいの焼き鳥屋さんの店長が出てきて、「あ!  しょんべんジジイがそっちいったんだ!」って。知ってるなら先に教えといてほしいですよね(笑)。

モルト・マニア垂涎、レア・ボトルのコーナー。中にはショットで5000円するものも。 劇画風の図版も楽しいカクテルのメニュー。

いよいよ屋台営業がスタート。今度は僕が出禁になりました

 その後、乾杯横町がマンションになるというので、今度は九品仏の線路沿いに店を出すことになりました。乾杯横町の店の隣に倉庫があったんですけど、そこの持ち主のIさんという方が「九品仏にも倉庫を借りたから、そこを使ってもらってもいいよ」と言ってくれたんです。ただ、そこは本当に倉庫だったから、「屋台を入れるぐらいじゃないと駄目ですね」と笑っていたら、「それはおもしろい!」ということになって(笑)、そこで初めて今の店の原型ができあがるんです。ダイエーがアメリカから輸入した中古のワゴンを見つけて、それを改造したものがこの屋台ですね。給水も排水もついてるし、色も自分で塗りました。なによりこの営業許可証の所在地の欄を見てください。「都内一円」(笑)。やろうと思えば都内のどこででも営業できるんですよ。

OVALの看板フード4品。秘伝のタレで仕込まれた「鳥皮ポンズ」はなんと¥100!
実際にロンドンのパブで使われていたというヴィンテージのデコレーション。

 そこでの出禁は僕自身ですね。線路沿いといえど住宅街だったから、隣の老夫婦から「夜10時ぐらいでやめてくれませんか?」という苦情がきてしまって。そんなときに限って屋台の開放感につられた外人のお客さんが大声で騒いだりして(笑)……でも、そこでまた助けてくれる人が現れるんです。ある若いお客さんが、「おじいちゃんの車庫でやれば?」と誘ってくれて、それが今の場所なんですね。車庫は車庫なんですけど、散髪屋さんに貸していたこともあるらしくて、ガスや水道はきていた。天井は自分で黒く塗って、床は知り合いの内装屋さんから「外車ディーラーさんのカーペットが余ってるから糊のお金さえくれれば貼ってあげるよ」とサービスしてもらって、僕はようやく雪が谷に戻ってきた。本当にいろんな人に助けてもらっていますよね。
 あえて屋台を残したのは、やっぱり店の個性になるからです。もともと変わったシチュエーションのBARは嫌いじゃないんです。うちは中がまったく見えないから、ぼったくりBARだと思う人も多いみたいですけどね(笑)。

屋台の屋根に取りつけられた「欄間(らんま)」といい、箸置きに使われる「ひょうちゃん(崎陽軒の醤油入れ)」といい、和洋さまざまな要素が混在し、それがOVALだけの個性となっている。
「でも、〈PEACE〉や〈NO WAR〉の紙は僕じゃないですよ。ここは昼間、僕とはべつの人がカレー屋をやっていて、その人が貼ったものです。最初はもっとどぎつい言葉も貼られていたんですけど、BARというのはいろんな人のいろんな思いが混ざりあう場所だから、さすがそれはやめてくれって」

 ここはこういう空間だから、お客さん同士が仲よくなってくれるというパターンも多いんです。でもそうなるとお客さんはお客さんに対して注意できなくなりますよね。僕が「もう他人じゃないんだから隣をなんとかしてよ」と頼んでも、「明日は自分がああなるかもしれないからやめとく」ってね(笑)。お客さんの中には会社にいるよりもここにいる時間のほうが長いという人もいるんですよ。開店から閉店まで9時間近く粘って、たぶんその後も飲んでる女性。同僚とのランチは断って銭湯にいくって話してましたね。
 そういうお客さんたちすらビックリさせてしまう、重度の酔っ払いというのもいますね。何度も出禁にしているのにズカズカ入ってくる初老の男性で、そのときは早い時間で僕ひとりだったから、「誰か入ってきたらすぐ帰るように」という約束のもと1杯出したんですけど、お店が混んできて帰らなくちゃいけなくなったら、みんなが見ている前でポケットから串に刺さったままの焼き鳥を出して、「これやるよ!」と僕に投げつけてくる。どこかの居酒屋から持ってきたものだと思うんだけど、危ないじゃないですか。でも、そこで「痛ぇなあ!」と怒ってしまったら相手のペース。だから僕は「食べ物を無駄する人は出ていってくれ」と追い出してね(笑)。

アウトドアでも現役の屋台。事実、九品仏時代は路上でも営業していた。 なんとセルフで食べ放題の柿ピー。
「たまに御飯みたいに大量に食べる人もいますけど(笑)、親切ぶって食べない人にも配る人というのがいちばん困りますね。残されると廃棄になるので、それならひとりでたくさん食べてもらったほうがまだいいです」


 勝手にカウンターに入られてお金を盗まれたこともありました。昔は羽振りがよかったんだけど、事業に失敗してお金がなくなっちゃった30代後半の男で、金銭感覚もないし、頭の歯車も狂っている。その人には豪華な開店祝いも貰っていたし、腐れ縁みたいなところがあったので、出禁にするのは悲しかったですね。その日は常連さんでいっぱいの日でした。まず「今日は金がないんだけどデートだからいいカッコさせてくれ」と切り出されて、あぁ、またツケにするのかなって思ってたら、僕がトイレにいった隙にカウンターに入ってガサガサやってたみたいなんです。で、僕が戻るや否や、「この予算でボトルを」と1万円札を出した。その様子を見ていたお客さんもあまりの出来事に注意できなかったみたいで、あとで「売り上げ大丈夫?」と訊かれて、僕もようやく気づいたんですね。次の日に家まで乗り込んで、必死にトボける彼に「わかるよね?」と問い詰めて、その場で出禁です。そのときに目に入ったミニブタの骨というのも忘れられない。庭で飼っていたら、ある日いなくなって、「盗まれた! 盗まれた!」と騒いでいたことがあったんですけど、そこから何年かして、自宅の縁の下から白骨と首輪が出てきちゃったんですよ。しかもその骨と首輪を玄関のアプローチのところに祭壇みたいに積み上げたままにしているんです。今から考えるとちょっと怖いし、まるでスティーヴン・キングの世界なんだけど、その人とは楽しいこともいくつかあったので、どこかやりきれない気持ちになりましたね。

ベニヤ板に黒板用の塗料を塗ったというメニュー・ボード。「酔っぱらったお客さんに、なぜかバーミヤンのロゴマークを描かれたこともあります。落書きも味があればそのままにしておくんですけど、それはさすがに消しましたね。まだ若干消え残ってますが(笑)」

不動産屋のくせに、器物破損しようとするんです

 ほかにも新品のボトルがないと不機嫌になるお婆さんにワインを買いに走らされたり、毎日が大変ですよ。その人は隣の女性と話し始めたと思ったら、着ている上着をプレゼントしてしまって、いきなり涼しい格好になっちゃったり(笑)。あと、昼間は小さな小型犬に引きづられるようにして散歩しているお爺さんなのに、ここでは強気で大酒を飲んで、最後は隣のラーメン屋の敷地で眠って凍死寸前になっちゃう人とか、この町は老人もかなり元気なんですよね(笑)。

村山さんの秘話とともに、だんだんと強い酒に……。

 水曜日の早い時間に酔っぱらってやってきて、「俺、なんの商売やってると思う?」と飲み始めた男性のこともよく覚えてます。派手なスーツを着てるし、曜日も曜日だから、「不動産ですか?」と答えたら、「いっぱつで当てやがった!」と怒り始めて、カウンターをバンバンバンバン叩いちゃう。まるで駄々っ子のような飲み方で。で、たまたま座っていた女性に「おれの煙草を開けろ」と絡みながら奢ろうとするんだけど、そんな人から奢ってもらうことほど面倒なことはないから、その女性は断ったんです。それがまた頭にきたみたいで、またカウンターをバンバンバンバン叩いちゃう。不動産屋のくせに器物破損しようとするんです(笑)。そしたらそのお客さんの指から血が流れ始めてね、どうやら自分の指輪で指を切っちゃったみたいなんですよ。しかたがないからティッシュをあげたんですけど、今度はわざとそれを床に捨てたりして、とにかく柄が悪い。
 そこから強くなったのはその女性です。「ちょっとアンタ!  ゴミはゴミ箱に捨てなさいよ!」と反撃してくれて、僕は僕で、本当は深夜2時閉店にも関わらず「12時閉店なんで!」と加勢したつもりだったんですど、その時点で11時59分だった(笑)。でもその女性は「じゃあと1分で帰らなくちゃ!」とカブせてきてくれたんですよ。「お前もいっしょに帰るぞ」と誘われる危険もあったのに、女性の強さというのを目の当たりにしましたね。
 やっぱり弱いのは男性。その人は僕らに追い出される瞬間、「どこに帰ればいいの?」と呟いたんですよ。それがすごく悲しい響きでね。その人に限らず、やっぱり酒乱の人というのは、なにかしらの闇を抱えている人ばかりなんですよね……。

噛み締めるほど香ばしいサーモンの自家製スモーク(皮がまた旨い!)。手前はチキンのスモーク。

出禁対策でいちばん簡単なのは、チャージを取ることだったりするんですが……

最後はアブサンをクラシック・スタイルで。

 僕には借金があるんです。バブルの前に建てた大きな家のために、昼間はべつの仕事──主に紅茶とかハーブ、コーヒーの調合だとか、小さなカフェ用にオリジナルのパッケージをつくったりという本業があって、それに加えて、自宅の2階を使って外国人向けのシェアハウスも運営してるから、とにかく毎日が働き詰めなんです。この店は20時まではハッピーアワーなので、レーベンブロイの生が300円。ほかのお酒も200円引きっていう、かなりのサービス価格でやってるんですけど、不動産をたくさん持ってるお金持ちが20時ギリギリに入ってきて、ビールを3杯並べちゃうとか──もちろん常連さんだから許してるんだけど──僕なんかは苦笑いするしかないですよね(笑)。でも、できれば値上げというのはしたくないんです。

 もしかしたら出禁対策でいちばん簡単なのは値上げすることであったり、チャージを取ることだったりするのかもしれないですよね。ただ、チャージを取らないということは、「飲んだぶんしかお金はいりません」というメッセージでもあるんです。だからこそ、お店が混んできたら「ちょっとそのへんを廻ってから戻ってくるわ」と席を空けてくれるようなお客さんに支えてもらうことができるんですよね。そういうお客さんには長く通ってほしいし、そういうお客さんを気持ちよくもてなすためにも、迷惑なお客さんは出禁にせざるをえない。
 とはいえ僕も、休みの日はベロベロの別人です。職業柄、人に迷惑をかけたりというのはないけれど、こないだも明け方の居酒屋の記憶が丸々一軒ぶんなかったりするし(笑)。ただ、だからこそ自分以外の酔っぱらいにも優しくできるというのはあると思います。酒飲みの気持ちは酒飲みでないと理解できない。これは万国共通の真理ですからね(笑)。

OVAL 東京都大田区南雪谷2-18-2
電話:非公開
営業時間:19:00~26:00
定休日:日曜日

前の記事
下北沢「Lani bar」
次の記事
東中野「BAR バレンタイン」