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出禁のマナー

BARのマスターが指南する、逆マナー教室。
深夜の街にはびこる愛すべき酔っぱらいたち。
彼らへの愛憎〜まさかのエピソードから学びたい、
僕らのグラスの角度と去り際。

出禁のマナー02 / TEXT+PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:かわらいポメット / 2014.09.24 下北沢「Lani bar」

下北沢を飲み歩き、最後に辿り着くのがこの店だった、という酒飲みは多いのではないだろうか。 なにせ24時間営業。カウンターには神戸人の美人ママ=河合美和さんが笑っていて、那覇市出身の料理番=長嶺大吾さんの茹でる沖縄そばは、疲れた胃にも染み入る温かさで……
……というのがLani barの周知であったのだが、最近になって、突如24時間営業をストップしてしまった(とはいえ正午までやっているので「最後の店」であることには変わりはないのだが)
いったいLani barになにがあったのか? そこにはやはり「出禁」が関係しているのか? 空も明るみ始めた早朝のおふたりに聞いてきました。

河合美和さん。

24時間営業、やれるならまたやりたいですけどね

下北沢南口から「餃子の王将」方面に100メートル。この簡素な走り書きに、どれだけの飲み助が救われたことか。 最後はどうしても炭水化物! というガッツリ派にもうれしいメニュー。「父が選んだ沖縄の食材を送ってもらったりもしています」と大吾さん。

 24時間営業をやめたのは単純な理由です。わたしが妊娠したからです(笑)。24時間の頃はもうひとりの女の子といっしょにやってたんですけど、基本「12時間ずつ」だったので、どっちかが遅れたりすると、えらい時間働くことになっちゃうんですよ。この身体だとこれが限界だなって。24時間営業、やれるならまたやりたいですけどね。24時間の居酒屋は増えましたけど、BARっていうのはないから。
 そもそもなぜ24時間にこだわったかというと、わたしが前に雇われていた、下北沢の「クラウン」というお店があるんですけど、そこは夜の12時から昼の12時までの店だったんですね。だから、もし自分で店をやるならふつうの時間帯のお客さんとも知り合いたいと思ったんです(笑)。でも、これまでのお客さんにも飲んでほしかったし、とにかく人がやらないことやろうと思ったら、24時間になった。すべてはそういうノリなんですね。独立のきっかけだってノリと勢いです。常連の同業さんがこの物件の情報をもってきてくれたんです。独立する気とかまだなかったんですけど、クラウンのお客さんがそのままこっちに移ってくれるという自信もありましたしね。だってもともとわたしひとりしか立っていない店でしたから(笑)。だからオーナーになるというのもそれほどプレッシャーじゃなかったですね。やることはあまり変わらないので。料理をやってくれてる大吾も前のお店の常連で、彼が沖縄出身だから沖縄料理。単純なもんです(笑)。

ドンペリ好きの泥棒さん

 自分自身はそこまでお酒好きでもないんですけど、しゃべるのが好き、会話が好きなんです。わたしはお酒を飲まなくてもずっと同じテンション。飲み屋をやってる人って、お酒が入らないと調子が出ないって人も多いんですけど、わたしは飲まへんほうが逆に元気。ベロベロに酔っぱらったりしないぶん、お客さんのことは結構見てますよ。クラウンの前はスナックでも働いていたし、人を見る目というのは鍛えられてると思います。
 まず、嘘はすぐわかりますね。お金持ちのふりをする人とか、自分を大きく見せようとしている人というのはすぐわかる。うちはそんなに高い店ではないんですけど、時間が時間だけに「じゃあシャンパンでも飲もうか」っていう人が結構いて。もちろん頼まれればいくらでも出しますけど、無理しながら飲まれて悪酔いされるというパターンは結構ありますね。そういう意味でもチャージは絶対看板に書くようにしてます。若い客とか外人さんは入ってこなくなりますけどね。
 そういえば前にきた「泥棒さん」もシャンパンを頼んでたなー。見慣れない顔の人がドンペリを頼んだり、べつのシャンパンも追加したりで4万円ぐらい飲んでて、ちょっとおかしいなって思ってたら、やっぱり。お会計しようとしたら全然お金がないんですよ。無銭飲食ですね。で、そこにいた常連さんにも逃がさないように協力してもらって、持ち物検査をしたら、けっこう大きめのカバンから、ドライバーとドアノブが出てきて(笑)。あとはネクタイ20本。明らかに泥棒ですよね。すぐに警察を呼びました。
 初めてのお客さんで4万円「ツケ」っていうのは厳しかったですね。そもそもツケなんて相当な信頼度が必要ですよ。もともとつきあいがある人で、絶対飛ばないことがわかってる人。所在(住所)がしっかりしている人とか、職場とか嫁を押さえてる人じゃないと(笑)。

長嶺大吾さん。「下北はごちゃごちゃしてるのが沖縄に似てます。(沖縄の)国際通りの隣に平和通りっていう商店街があるんですけど、雰囲気がそっくりで落ち着くんです。僕、けっこう人見知りだったんですけど、お酒のお陰で人脈も広がりました。飲みって大事だなって思いますよ。19歳から東京で働いて、合コンとかしたことないかわりに、歳上の先輩たちには可愛がってもらえて。そのぶん若い気持ちはどんどん失われていきますけどね(笑)。いまはシェアハウスに住んでるんですけど、昼夜逆転だから同世代とは全然遊べなくて、顔もどんどんオッサンみたいになってくるし、僕、今年25なんですけど最高で34って言われましたから……」
「うちでは沖縄そばとして出してますけど、骨つき肉が入っているので本当はソーキそばなんですよ。麺は代田橋の名店「首里製麺」に頼んで卸してもらってます。下北にラーメンを食べにきたという人も、ぜひ試してほしいですね。ヘルシーかつ出汁もしっかりしているので満足感もあると思いますよ」(大吾さん)

「あなた出禁です」それをどう伝えるか

「残波(ざんぱ)」に仕込まれた自家製のコーレーグース(島唐辛子の泡盛漬け)。
「市販のものよりも辛いですけど、沖縄そばにちょこっと垂らしてもらうと美味しいと思います。残波は地元でも有名な酒ですけど、ふだんから飲むものではなかったですね。友だちと飲み会するときに、もし女の子がくるなら〈残波の白〉って感じで(笑)」(大吾さん)

※残波の白=いわゆるザンシロ。アルコール度数は25度で、30度の黒/ザンクロよりもすっきりと飲みやすい。

 この営業時間でやってると、どうしてもいろんなお客さんが入ってきますからね。正直捌くのが大変なときもありますけど、そういう人たちをバサバサ斬ってきた集大成というがこの店でもあるので(笑)、まぁ慣れたもんです。わたしはすぐに出禁にしちゃうんですよ。人に絡んだら出禁。喧嘩したら出禁。一般のお客さん以外にも、自分の店を閉めてから飲みにくる同業者というのが、またタチが悪くて。
 ある店の店主が「おまえ、おれの煙草に火をつけろよ」って横の人に絡み始めて、その人は大人の対応で笑って無視してたんですけど、そしたら「おまえ使えねぇな」って煙草を投げつけたんですよ。それでもう、わたしもカチンときて。なんとかしようと思ったんですけど、ちょうどそのタイミングで新しい酔っぱらいがめっちゃ明るくイエーイ!って店に入ってきちゃって。そいつにしてみれば新しく絡む相手がきた、みたいな感じなんでしょうね。いきなり胸ぐらを掴んでね、止めに入る相手にも絡むし、負け試合をしたくないのか、意外と殴らないというのもまたやっかいで。
 いまだにその人はその癖が治ってないみたいですけど、そういう人って謝るのだけは上手なんですよね。「覚えてないから謝るしかできないんだ~」みたいな。そういう人を出禁にするには、シラフのときを狙うしかないですね。そもそも相手が酔っぱらっていたら話もできないんで、翌日電話で「もう謝罪とか大丈夫なんで、何時ならいますか?」ってお店まで乗り込んでいって、「きのう覚えてます? これこれこういうことやったんで、もうこないでください」ってハッキリ言います。そうしないと、ほかのお客さんにも示しがつかないんで。

女性で困ったこと? そんなのないですよ

「この諭吉は常連さんが酔っぱらって、つぎにくるときの予約金みたいな感じで破いて置いていったんですよ。(破れた紙幣は銀行で交換してもらえるので)次回半券を持ってくれば1万円ぶん飲めるという意味だと思うんですけど、その人はすっかりそのことを忘れてふつうに飲んでますね(笑)。
 出禁のエピソードですか? 僕はそんなに遭遇してないんですけど、〈自称・陰陽師〉の人はちょっと面倒でしたね。なにかと〈おれに頼れ〉〈拝んでやるぞ〉という人で、女の子の手相だけはジックリ鑑定するっていう(笑)」(大吾さん)

 女性だから萎縮しちゃったり、強く言えないとかっていうのは全然ないですね。たとえばベロベロの客同士の喧嘩を男の店主が仲裁したら、そこで絡まれて3人の喧嘩に発展しちゃったりするでしょう? わたしはなるべく冷静に「外でお願いしまーす」って対応できるので、そういう意味では女性のほうがいい部分もあるぐらいで。だから女性のひとり客が絡まれたりするのはほっとけませんね。そういうのは全部わたしが引き受けるし、最初からあたしに絡んできてくれたらいいのにって。わたしなんか文句言われたって悪口言われたってなんでもいいわけですよ。それが仕事だから。でも、そういう客って必ず女の子ひとりのお客さんを狙って絡むんですよね……。
 逆のパターン? 痴女っていうのはいないですけど、ビッチさんはたまにいるかな(笑)。でも、害はないですよ。オープンな性格でオールオッケーってだけですから。男に持ち上げられて「ケツ太鼓」されても大丈夫な子(笑)。まぁ、お店的には助かりますよ。ケツ太鼓で笑ってる子なんてなかなかいないし、笑ってる限り、まわりだって笑ってられますからね。
 女の出禁ねぇ……あ、いる! ひとりいた! たぶん30歳前半ぐらいの人なんですけど、飲むといつもカウンターの中に入ってくるんですよ(笑)。こっちは「いやいやいやいや!」ってなるじゃないですか? それでもその子は強引に、いまどき「写ルンです」を取り出してめっちゃ写真撮るんです。「いつ死ぬかわからないから思い出に残したいみたい…」みたいな。もう怖くてしゃあなくて(笑)。意味わかんないんですよね。

血だらけとかはもう勘弁です

島らっきょう揚げ。「これも本場の味です。ふつうの塩にちょっと火を入れた焼き塩と、〈屋我地〉っていう島の塩、あとは〈ぬちまーす〉っていうパウダー感の強い塩を出しますので、食べ比べてみてください。ちなみに〈ぬちまーす〉は命の塩って意味ですね」(大吾さん) たっぷりのにんじんしりしり。ふっくらと優しい味わいで、つまみにも締めにもオーダーしたい、人気のヒトサラ。

「いつ死ぬかわからない」で思い出したんですけど、すごい出禁がありました。その日はめっちゃ混んでて、朝10時ぐらいに知り合いとか常連ばかり30人ぐらいいたんですね。そこに全然知らない人が入ってきて、いろんな人に絡み倒すんです。で、うちの常連さんが気を遣ってくれて、「まぁまぁ、外に出ましょう」って帰してくれたんですけど、いなくなったと思ったら、外からドンドン音が聞こえて。その人、帰らされたことにキレて、うちの横にあった美容院のガラスを叩き割って暴れてたんですよ。そのままうちのドアもガンガンやられて、そこでまた常連さんたちが取り押さえてくれたんですけど、飛び散ったガラスのせいで、全員血だらけ。ほかのお客さんもパニックになっちゃって、みんなが通報しちゃったもんだから、結局パトカーが7台もきた(笑)。
 わたしはクラウン時代から数えるともう3回も北沢警察にいってるので、顔を覚えられちゃってますね。この店を始めたときも「独立したんだね」なんて声かけらられて(笑)。最近はちょっと落ち着いてるので、警察の人も安心しておりますが……。
 こうして話すぶんには出禁もいいネタになるんですけど(笑)血だらけとかはもう勘弁ですね。

満タンのボトルって、割れないじゃないですか

 血だらけといえば……これはひとことで終わるネタなんですけど、キンミヤ(焼酎)のボトルでうちの常連さんの頭を殴った人がいます。しかも、満タンあるやつで! 空いてないボトルって、割れないじゃないですか(笑)! 割れると打ちどころがいいっていいますけど、そのときはドスンって低い音がして、そのまま救急病院。警察よりもまず救急車。あんな大量の血を見たのは初めてやったんで、さすがにわたしもパニクって。殴られたほうのお客さんはモンクレーのダウンを着てたんですけど、それもぶぅわあ血だらけで。……いったらそのふたりも同業者なんですよ。下北の顔見知りで、もともとあんまり好きじゃなかったんでしょうね。急に絡み出したと思ったら、ドスン。喧嘩にもなってない。怖かったですよ。即刻出禁ですよ。……ただ、殴られたほうがちょっと気の弱い子で、大袈裟にしたくないみたいなことを言い出したから、わたしがかわりに殴ったほうに連絡を取って、とりあえず金を持ってこいと。病院代がえらい額だったんですよ。第三者から殴られると保険がきかないから。傷害扱いでCTとか撮るし、モンクレーもえらいことになってるし。とりあえずの病院代はわたしが話をつけて、あとはふたりで示談にするなりどうするなり任せたんですけどね。
 ところでこの話って、ぜんぶ書かれちゃうんですよね? 客こなくなりませんかね(笑)。どんな店やねんって思いますよね(笑)。でも大丈夫! すべては過去のこと(笑)! 子どもにこの店を継がせたいか? いや~、思わない思わない! 絶対に思わない!(笑)。

Lani bar 東京都世田谷区北沢2-19-17 サザン石井ビル B1F
03-6323-3124
営業時間:17:00~翌12:00
定休日:なし

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