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サラーム海上のマジカル・スパイシー・ツアー

現地に赴きその興奮を丸ごと持ち帰る中東料理研究家、
サラーム海上の超本格テマヒマ料理教室!
たまの休日を潰してでも挑戦してみたい、
エキゾな舌の半日紀行。鼻を殴るスパイスが、
キッチン発のショート・トリップへといざないます!

マジカル・スパイシー・ツアー03 / TEXT:サラーム海上 PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:鈴木哲哉 / 2015.01.20 暴食光線!「ハムシ・ピラウ」

美味しい魚群を天に願う!

経堂の魚屋「魚真」ここは信頼できる! 魚真の美人担当者。いつもありがとうございます!

 たまの休日、あえて1日がかりで超ド級の本格エスニック料理をつくるこの連載。第3回は寒い冬にぴったり、トルコ北西部黒海地方の名物料理、片口鰯の炊き込みご飯「ハムシ・ピラウ」をいってみよう!
「ハムシ」とはトルコ語で片口鰯、「ピラウ」とはもちろんピラフのこと。連載第1回で取り上げたインド亜大陸の「ビリヤニ」、そして、中央アジア起源の炊き込みご飯「ポロ」と並ぶ、ユーラシア大陸炊き込みご飯料理の最高峰なのだ。
 この料理のポイントは、言うまでもなく片口鰯。まずは新鮮な素材を手に入れるところから始める。片口鰯、背黒鰯、ひしこ鰯、日本での呼び名はさまざまだが、伝統的な食べ方としては煮干しや佃煮にされ、また「田作り」として田んぼの肥料にも使われていた身近な魚。しかし、足が早く、値段も安いので、現代では魚屋もあまり扱いたがらない素材となってしまった。確実に手に入れるためには、信頼できる魚屋で前日までに特注しておこう。それでも海の幸は当日の海模様しだい。確実に手に入ると思うこと自体が人間の傲慢さを表している。「すべてが人間の思い通りにいくと思うなよ!」と神があざ笑ってるかもしれない。魚屋に特注の電話をかけた段階でオレは手を尽くした。あとは天命を待つばかりだ。
 翌朝10時、魚屋に電話すると「はいはい、サラームさん、背黒鰯2キロ入荷してますよ!」とのこと。おお、どうやら神(どんな神だよ!?)は僕にハムシ・ピラウをつくれと命じているのだ! うれしくなって二度寝してしまい、夕方近くになってやっと引き取りに行きまスた。

魅惑のトルコ黒海。ハムシ・ピラウは真冬の味覚!

 戦利品を手にキッチンに戻ったら、すぐさま調理をスタート。まずはお米4合を洗い、30分ほど水に漬けておく。お米は日本米ではなく、パラパラに仕上がる長粒米を使う。イスタンブルの友人はイラン産の長粒米を使っていたが、日本ではインドやパキスタン産のバスマティー米がよいだろう。近頃ニュースでも話題となっているハラールフードの専門店に行けば簡単に手に入るが、今回は近所のスーパーマーケットで売っていたタイ産の「タイ香り米」を使ってみた。
 次は鰯の身体についた鱗をこすり落とす。鱗が残っていると食感が悪くなってしまうから、水で流しながら丁寧に取ろう。

米は水気をよく切って。

小さくとも鰯は鰯。うろこはビッシリついている。

 トルコ、イスタンブルでも片口鰯はもっとも安い魚である。ほぼ1年中、魚屋に並んでいて、昨年12月のトルコ出張時にチェックした最新の価格は1キロあたり10トルコリラ=550円。それでもずいぶん高くなったなあ。5年前には7トルコリラだったのに。

(PHOTO:サラーム海上)

 本場でのいちばんポピュラーな食べ方は小麦粉やコーンフラワーを軽くふるったフライ「ハムシ・タヴァ」。レモンを搾って、パンに挟んでいただく。これがビールによく合う。そのほか、酢でしめたり、燻製にしたり。塩で漬けたもの(いわゆるアンチョビ)も酒の肴として居酒屋の定番メニューとなっている。
 また黒海地方では、片口鰯を混ぜ込んだコーンフラワーのパン、そして、今回のハムシ・ピラウが名物料理として知られている。
 1年中手に入る魚ではあるが、旬は真冬らしく、ハムシ・ピラウは真冬でないと食べられない。今回のイスタンブルでは運よく黒海料理のロカンタ(食堂)のショーウィンドウに並んでいるのを見つけることができた。ご飯茶わん山盛り1杯分で8トルコリラ=440円だった。

イスタンブルの魚市場に並ぶ片口鰯。銀色に輝く美しい姿!(PHOTO:サラーム海上)
冬のイスタンブル、ロカンタ(食堂)店頭に並ぶハムシ・ピラウ。(PHOTO:サラーム海上)

指先で覚える二枚開き(ゴミ収集日にも注意!)

今日の残骸。猫がいたら大変なことに……。

 さて、次は今回の料理でもっとも面倒な工程、片口鰯の手開きだ。鰯から頭と内臓を取り、背骨を抜く作業である。そんなことやったことないって? それなら今からやればいいだけのことだ! 日々あらたなことにチャレンジできる人生なんて素晴らしいじゃないか!
 魚を捌くのに慣れた人なら、すべて指先だけでおろせるだろうが、初めての人は鰯の頭を包丁で切り落としたほうがきれいに仕上がる。頭を切り落としたら、切った胴体のお腹に人差し指を入れる。すると内臓が飛び出してくる。内臓を取り、背骨の上側に沿って尾びれまで指を入れると、簡単に二枚開きになる。次に背骨の下に指を入れ、同じように尾びれまで指を動かすと背骨だけが浮き上がる。最後に右手に背骨、左手に身を持ちかえて、背骨をビリっと引っぱると、きれいな背開きとなる。これを2キロぶん、延々と繰り返すのだ。

 最初はきれいにおろせなくとも、10尾も続けているうちに自然に上手くなるから人間とは不思議な生き物だ。「知らない漢字や英単語を覚えることやダンスのステップを覚えることと同じく反復作業の恩恵を甘受しているこの俺……震えるぞハート、燃え尽きるほどヒート……とまでは言わないが、1尾おろすごとに身体は独特のリズムをカウントし始めたようだ。これは四拍子? 六拍子? 九拍子?」……そんなどうでもいいことを頭の中で考えてもいいが、いいから指先だけは動かして作業を続けよう。ちなみに僕は2キロ90尾すべてを背開きにし終わるのに50分もかかったよ。
 そして、なによりも重要なのは大量に残った鰯の頭や内臓を早々に片づけること。あまりに美味い料理ができあがってしまい、いい気になって台所の三角コーナーに残したままにしておくと、翌日にはとんでもない匂いを発することになるぞ。トルコ人がこの料理を真冬にしかつくらない理由をこんなところからも知ることになろうとは! ここで教訓。「諸君、ハムシ・ピラウは燃焼ゴミ回収日の前日につくろう!」

チャイダンルックとチャイバルダック、サラーム・ディスクでしばしの休息

トルコのチャイ専門茶器「チャイダンルック」。

 鰯の手開きが終わったら、トルコの紅茶「チャイ」でちょっと休憩。黒海地方は1年を通じて雨が多く、トルコの国民的飲料であるチャイの葉の産地としても有名なのだ。チャイは2段式のポット「チャイダンルック」を使って入れる。下のポットには水を入れ、上のポットには紅茶の葉を入れ、重ねた状態で火にかける。下のポットのお湯が沸騰しても、そのまま弱火にかけておこう。下のポットからの蒸気で上のポットの中の葉が十分に蒸されたら、下のポットのお湯を上のポットに入れる。そして、ふたたび弱火にかけて、上のポットの葉が十分に開くまで待つのだ。
 食器は耐熱ガラス製のチューリップ型のグラス「チャイバルダック」。以前は子どもの手のひらでも包み込めるくらいの大きさだったが、近年のグローバルなコーヒー文化の流入にともない、チャイバルダックもコーヒーカップの影響を受けて、サイズがひと回りもふた回りも大きくなってきている。
 上のポットから濃い紅茶を入れ、下のポットのお湯でお好みの濃さまで薄める。以前は角砂糖を2個以上入れるのが基本だったが、最近は健康志向に伴い、角砂糖1個の御仁も増えた。日本人なら砂糖なしでもいいかもしれないが、やはり、美しいルビー色のチャイには少々砂糖を加えたい。

こちらもできたて!  サラームのDJミックスCD『Cafe Bohemia~』。全国のCDショップやインターネット・ショップで好評発売中!

 おっと、ティータイムにはBGMも忘れちゃいけない。わたくしサラーム海上が選曲した『Cafe Bohemia~Relaxin' with Shisha』はいかが? トルコはもちろん、モロッコ、イスラエル、エジプト、ウクライナなどの気鋭アーティストの名曲ばかりを18曲ノンストップでDJミックス。中東音楽の最新事情を知るにも中東料理のホームパーティーにもおすすめだ。

 そろそろ料理に戻ろう。次は米の下処理だ。まずはにんにくをみじん切りに刻む。フライパンを中火にかけ、たっぷりのバターを溶かし、にんにく、松の実を加える。松の実がきつね色になったら、ざるに上げて水を切った米とカランツを加え、全体にバターがからむまで炒める。ひたひたに水を加え、焦がさないようにときどきかきまぜながら10分煮る。お米に火が半分まで通ったら、火を止め、スパイスと塩で調味する。イメージとしては稲荷寿司のかやくご飯を作る感じ。そこまで甘じょっぱくはないけれど、このトルコ風かやくご飯はピーマンや茄子に詰めたり、キャベツの葉で巻いたり、ムール貝に詰めたりと万能だ。これで下ごしらえは終了。あとは鍋に重ねて炊きあげるだけだ。

長粒米の表面全体に油をからめるように。
これで下ごしらえは完了! 2キロ、90尾の片口鰯とたっぷりのトルコ風かやくご飯。

 鍋はオーブンに入る大きさの底の厚いものを使う。内側にバターを塗り、片口鰯を放射状に敷き詰める。鰯は火を通すと縮むので、半分くらい身を重ねながら敷き詰めよう。その上にバターをたっぷり散らし、鍋の半分の高さまでトルコ風かやくご飯を入れる。ご飯の表面を平らにならして、そこに鰯を敷き詰め、ふたたびバターを散らす。さらにその上にご飯を入れ、ふたたび表面を平らにならしてから、残った鰯をきれいに並べる。そして、いちばん上にもダメ押しでバターを散らそう。こりゃあ太りそうだなあ……。
 さぁ、ここまできたらあとはオーブンが助けてくれる。お湯200ccを注いだら、アルミホイルでふたをして、30分のお別れだ。美味しくなって帰ってこいよ~!

 炊きあげている間はトルコ風のサラダを食べて待つとしようか。近くの有機野菜屋さんで、紫水菜ときゅうり、トマトを買ってきた。メインディッシュがバターたっぷりなので、野菜はシンプルな味つけで十分。紫水菜は食べやすい大きさに刻み、トルコ産チーズと、同じくトルコ産ざくろの濃縮シロップとオリーブオイルでつくったドレッシングをかけるだけ。きゅうりとトマトはやはり食べやすい大きさに刻み、ドレッシングはレモン汁とオリーブオイルと塩胡椒だけだ。

 我が家にはトルコのお酒「ラク」も常備してるんだ。ラクはトルコでは「ライオンのミルク」との別名を持つアニスの香りのリキュールで、水を入れると白く濁る。フランスのパスティスやペルノー、ギリシャのウゾーと同種のお酒だ。アルコールは45度とかなり高いので必ず水で割って飲もう。先日訪れたイスラエルでは、どのバーやレストランでもラクをショットにして飲んでいた。あな、恐ろしや!

いよいよ完成!トルコの歴史を丸ごと喰らう!

 トルコ音楽を聴きながらラクを開けていると、台所から鰯の焼けた香ばしい香りがプーンと漂ってきた。そろそろハムシ・ピラウが炊きあがったようだ。オーブンを開け、アルミホイルを剥がすと、おお! 表面の鰯がバターでカリカリかつキラキラに揚がっている! これほどまでに食欲を揺さぶる光線があるだろうか! 間違いなく美味いことが伝わってくるぞ! 
 大きなしゃもじを鍋の底まで突っ込んで、一気に皿に盛りつけると、断面がまるで歴史を重ねた地層のように美しい! そこにレモンをキュッとしぼっていただきま~す!

焼き上がったハムシ・ピラウ。鰯の表面がバターで焦げてカリカリ!
魚出汁のご飯なんて、日本人なら美味すぎておかわりが止まらない!

 ハフハフ~熱い! でも美味~い! 美味すぎ~る! 鰯とバターの出汁を吸い込んだパラパラの炊き込みご飯、日本人が嫌いなわけないでしょう! その上、松の実のプチプチっとした食感とカランツとシナモンやナツメグの甘みが重なる~! この味の多層構造、まるで古代ビザンチン帝国の上に、近世のオスマン帝国、そして、現代のトルコ共和国までが重なるトルコの歴史をひとつの料理で表現しているかのようではないか!? 
 ハムシ・ピラウ、鰯をおろすのに時間はかかるが、あとは難しいことはなにもない。片口鰯が旬の真冬のうちに、ぜひつくってみて!

ハムシ・ピラウ(6人前)

材料

片口鰯:2kg/長粒米(インドのバスマティー米やタイのジャスミン米):4合/にんにく:3かけ:みじん切り/松の実:50g/カランツ:20g(なければレーズンで代用可)/バター:大さじ7/シナモンパウダー:小さじ1/ナツメグパウダー:小さじ1/2/オールスパイスパウダー:小さじ1/2/塩:小さじ1/胡椒:小さじ1/お湯:200cc/レモン:1個:8つ切り

つくり方

1)長粒米はよく洗い、30分ほど浸水させた後、ざるに上げて水を切っておく。

2)片口鰯は頭を落とし、手開きにして内臓と背骨まで取り、大きな皿に広げておく。

3)フライパンでバター大さじ2を熱し、にんにくと松の実を加え、松の実がきつね色になるまで炒めてから、長粒米とカランツを加え、米に油が回るまで混ぜながら炒める。

4)ひたひたになるまで水(分量外)を加え、10分火を通す。半炊きになったら火を止め、シナモン、ナツメグ、オールスパイスを混ぜ合わせ、塩と黒胡椒で調味し、ふたをしておく。

5)オーブンを220度に予熱する。その間、直径24cmの厚鍋にバター大さじ1を塗り、片口鰯の約1/3を皮を下側にして放射状に重ねていく。

6)その上に、さきほど調味した長粒米を半量、平らに敷き詰め、バター大さじ2を散らす。

7)その上にふたたび1/3の片口鰯を放射状に敷き、残りの長粒米をのせ、最後に残りの片口鰯を皮を上にして放射状に並べる。

8)そこにお湯200ccを注ぎ、バター大さじ2を散らし、アルミホイルでふたをして、オーブンで30分焼く。

9) 中のご飯がパラパラに炊きあがったらできあがり。レモンを搾っていただく。

サラーム海上Salam Unagami
1967年群馬県生まれ。中東料理研究家/音楽ライター/DJ。中東やインドを定期的に旅し、現地の料理や音楽、文化をフィールドワークし続ける。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』(双葉文庫)、『21世紀中東音楽ジャーナル』(アルテスパブリッシング)ほか。朝日カルチャーセンター新宿の講師、NHK FM「音楽遊覧飛行エキゾチッククルーズ」ではナビゲーターを務める。
www.chez-salam.com

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