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SIDE ORDERS〜サイドオーダーズ

グラスを傾けつつ嗜みたい、酒香るエッセイにして、ヒトとヒトサラ流のカルチャー・ガイド。ミュージシャンや小説家、BARの店主や映画人。街の粋人たちに「読むヒトサラ」をお願いしました。

サイドオーダーズ30 / TEXT:會田洋平 PHOTO:嗜好品LAB / 2016.12.02 チェーン店再考 2016冬──會田洋平

 自分は「瓶ビール班長」という名義で、好きな酒場を紹介している。いわゆるブロガーである。とにかく飲み歩くことが好きで、気になる赤提灯があれば入るし、そこでエンジンがかかってしまえば、ひと晩に3~4軒のハシゴ酒は当たり前だ。老舗の居酒屋はもちろん、立ち飲み屋ややきとん屋、昼からの蕎麦屋飲みも大好きだし、最近は金沢や札幌まで足を伸ばしての「寿司屋飲み」にもハマりつつある(決して安くはないが本当に美味しいものにお金をかけることは厭わない)。旅といえば、角打ちの聖地である北九州へとひとり旅に出るくらい、酒場に関しては貪欲な人間だ。

 そんな飲み歩き生活を続けるうちに、2015年8月、新代田から徒歩2分という場所に、自分の立ち飲み屋「飲み屋 えるえふる」を始めることになった。
 このお店は、友人のレコード・ショップに併設している。以前からの飲み友だちが自分のお店を始めたいと話してくれたことがきっかけで、音楽が大好きな僕としては、「レコード屋で試聴しながら、1杯ひっかけられるスペースがあったら最高」みたいな感じで、それこそ酒の席でぼんやりと話していたことが、あれよあれよと実現した。自分としては、本当にベタなかたちで「好きが高じて」店主を始めちゃいました状態だ。

 正直、学生時代にファーストフード店でバイトしたことがあるくらいしか飲食経験がない僕としては、お店を始めることにはなったものの、どうしたらいいものか悩んだ。これだけ飲み屋が好きで、20代前半の頃からカリスマ・ブロガー「居酒屋礼賛」さんなどの記事を読み漁り、今では生意気にも記事を書かせていただいている身だ。恥はかけない。
 しかし自分の武器はといえば、「これまで飲み歩いた酒場で得た知識」だけだ。それを総動員し「自分が行きたいお店」をコンセプトにすべてを組み立てるしかない。

 ここ最近の飲み屋事情としては、とくに「コスパ」が重要視されているように思う。この言葉自体には、どこか機械的な響きがあると思うのだけど、用途としては非常に感情的。つまりは「え! サワーがこんなに安いの? この料理がこの値段で?」という驚きを与えてくれるお店が繁盛しているということだ。ここ2~3年でそこいらじゅうに店舗を増やしている「晩杯屋」なんかはその代表だろう。
 そしてまた、「えるえふる」も、できる限りそういったお店に近づけるよう努力しているつもりだ。母体も何もない完全な個人店だから、さすがに晩杯屋などには勝てないが、ビールの大瓶が490円、ウーロンハイなどの割りものが290円、ハイサワーなども瓶と焼酎のセットで350円と、比較的リーズナブルに出している。焼酎の豆乳割りやアールグレイ割りなども、個人店ならではの工夫のひとつであるし、日替わりのおつまみメニューの価格帯も、だいたい150~400円くらいに設定している。

 しかしこれだけ小さいお店だと、おつまみのグランドメニューは確立できない。なぜか。
 たとえば「きゅうりの浅漬け(150円)」を定番としたとしよう。ウチのお店だと、ふだんの日は15~16人も入れば席は埋まった状態になる。立ち飲みにも関わらず長居して飲んでくれるお客さんも多いので、そうすると、1日で出るひと品の数は多くても10皿ぐらい。きゅうりなんてそれこそ1日ズレただけで、1本80円だったり、逆に30円だったりする。詳しい計算は省くが、「たかが」150円と思うメニュー「だから」こそ、小さなお店にしてみれば毎日の仕入れに左右されるわけにはいかない。冷蔵庫は「閉店と同時にからっぽ」の状態をめざし、毎日買い出しに出向き、その日その季節で美味しく旬のものを、できる限り安く提供するというスタイルを徹底するしかないのだ。

 そんな中、この世界には確固たるグランドメニューを確立しつつ、コスパにも優れ……しかし、これまでどうしても好きになれなかったタイプのお店があることに気づいた。

 そう、これが「チェーン店」というやつだ。

 割引クーポンブームの頃(2000年代前半)のチェーン店は、「まずい! 高い! うるさい!」というイメージが先行してしまっていたと思うが、今も営業を続けている店の中には、その例にあてはまらない優良店も多く、また、「サイゼリヤ」などのファミレスにしても「飲み利用」としての需要が高まってきている(ここの「エスカルゴのオーブン焼き」×「プチフォッカ」の組み合わせはよく酒に合うし、定番として覚えておきたいものだ)
 そしてなによりチェーン店の一番の強みは「あらゆるところにある」ということ。つまりは、魅力的な個人店を知り、さらにはチェーン店の楽しみ方さえマスターしてしまえば、日本全国どこでも飲めてしまうということだ。なんと素晴らしいことだろう。

 というわけで、以下はこれまでチェーン店を毛嫌いしていた(それこそ年に1回、急に大人数で飲まなくてはいけないときぐらいにしか利用しなかった)自分が、「瓶ビール班長」としての客目線、そして理想的な研究対象を求める「えるえふる店主」としての経営者目線の両方を盛り込みレポートした、「チェーン店再考」である。

1軒目:バーミヤン
メニュー:ビンチョウマグロの秘醤ソース(499円)

「秘醤」は「ひじゃん」と読む。これは中華料理店ならではの醤油味噌のような調味料で、これでビンチョウマグロを「漬け」にしてある。
 実はこれ、「バーミヤン渾身の一品」と名打つ自信のメニュー。独特の香りやねっとりした食感がお酒をすすめる。2~3人でつまむにはもってこいだし、瓶ビールとの相性もいい。ファミレスにも関わらず、おつまみとしての要素が強い1品のように感じる。
 これは正直あまり言いたくないことだが、魚の漬けは日持ちするので飲み屋側としては使い勝手がいい。僕なんかは、たとえばブリが安ければ、いつもより余計に買い込んで、その日のうちに漬けにしてしまう。しっかり保管しておけば、2~3日くらいは美味しく提供できる。漬けには漬けの美味しさがあるのでそこが一番重要ではあるのだが、経営者としてはロス(廃棄)の少なさも無視できない。

2軒目:鳥貴族
メニュー:むね貴族焼、もも貴族焼(ともに2本セットで280円)

 今や知らない人のいない居酒屋チェーン店となった「鳥貴族」。1985年に大阪は近鉄俊徳道駅前に1号店がオープンし、2005年には東京に進出しているが、とくに関東に店舗数を増やしているのはここ5~6年のことだ。その時期には自分は個人店ばかりを廻っていたので、実はつい先日、2016年の秋にして初訪問。ディープな酒飲みの友人たちからも「鳥貴族はいいよ!」と聞かされていたので期待とともに入店した。
 名物という「貴族焼」。パッと見から、これはすごい……! 写真だとあまり大きさがわからないかもしれないが、かなりのボリュームがある。一般的なタバコ・ケースの1.5倍くらいの長さだ。個人店ではできない仕入れ量だからこそのこの値段。しかも、もちろん焼きたて。これぞ、チェーン店ならではのコスパだろう。ちなみにドリンクや〆のラーメンを含むすべてのメニューが280円であり、お通しもない。財布に優しく注文がしやすいのも人気店の秘訣だろう。

3軒目:フォルクス
メニュー:サラダバー(料理との組み合わせに限り350円)

「フォルクス」といえば、それこそ本当に家族向けのステーキ・レストランだ。メニューにはサーロインやフィレ・ステーキが並ぶ。実際、これらの牛肉を注文してみたが、きちんと美味しく、つまみとしても十分に楽しめる。ただし、ちょっと値段が高い。150gのサーロイン・ステーキで1980円という価格は、ハシゴを楽しみたい酒飲みにとってはちょっと厳しい。
 そこで注目したのが「サラダバー」だ。「スモークサーモン カルパッチョ風」などのサイドディッシュといっしょに頼めば、350円で注文できる。もちろん食べ放題。野菜の種類も15種類以上はあるし、ポテトサラダなんかもある。ドレッシングも充実している。とりあえずこんな感じで盛ってみた。

 これは十分つまみになるではないか! そう、酒飲みにはこれでいいはずだ。実際、こんな料理の出し方はウチのお店では無理だ。チェーン店じゃなきゃできない。健康にもよさそうだし、かなり斬新な飲み方のように思う。
 そして、これはたまたまだったのかもしれないが、スーパードライの生を含むドリンクが10分100円で飲み放題という、あまりにもハッピーなキャンペーン中だったこともあり、大満足な結果となった。

 たったこの3軒だけを見てみても、やはり10年前に僕が感じていたチェーン店/ファミレスの印象とはかなり違っている。僕自身、大好きな居酒屋がたくさんありすぎるので毎回は無理だが、今後も徐々に攻略していこうと思う。

 気が向いたら、あなたの家の隣のチェーン店でも、たまには飲んでみてほしい。徒歩2分ぐらいのところに、これまで気づかなかった楽園が広がっているかもしれないのだから。

會田洋平Yohei Aida
神奈川県藤沢市出身、1984年生まれ。2015年8月にオープンした新代田『飲み屋 えるえふる』のオーナー兼プロデューサー。「瓶ビール班長」として飲み歩きブログ「瓶ビール班長の飲み歩き日記」を執筆。また、バンド「Marginal Hardcore Foundations」主宰及び「core of bells」のメンバーとしても活動中。

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