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SIDE ORDERS〜サイドオーダーズ

グラスを傾けつつ嗜みたい、酒香るエッセイにして、ヒトとヒトサラ流のカルチャー・ガイド。ミュージシャンや小説家、BARの店主や映画人。街の粋人たちに「読むヒトサラ」をお願いしました。

サイドオーダーズ28 / TEXT:須永辰緒 PHOTO:嗜好品LAB / 2016.9.30 すべての「酒〈呑〉み」のために(立石クローリング編)──須永辰緒

 以前、ライターの友人がSNSで、「酒を〈呑む〉とよくいう人がいるが、本来は〈飲む〉であり、それは日本語として破綻している。気が知れない」というような投稿をしていたのを目にして、「あ、この方は酒を〈ちゃんと呑まない〉人なんだな」と思い、その旨のコメントを返したことを思い出します。
 確かに一般的な「のむ」という行為は、まさにその友人の言うように、水や酒などを「飲む」ことを指し、「呑む」の場合は固形物を喉に流し入れる──それはたとえば薬や錠剤やドリンク剤を摂取すること──に分類されることなのかもしれません。
 しかし酒呑みとしての「のむ」という行為は、やはり「呑む」ことにほかなりません。
 私たち酒呑みは、単純に酒を喉に流し込んでいるのではないからです。それは、酒場が持つ歴史や人情、雰囲気、酒が取り持つ縁(これを酒場詩人の吉田類さんは〈酒縁〉と名づけました)、また、酒場ならではの「おかず(下町では肴のことをそう呼ぶお店も多い)」を楽しみに、昼間から(そして神聖な夜も)、大人が酒場のロマンを求める行為のことを指しているのだと思います。
 そこには楽しいことばかりがあるのではありません。「苦い酒」などという言葉もあるように、背景や時間軸を含め、「酒」には人生がマシマシ全部入りなのです。決して漢字源の「飲む」とは簡単に片づられる言葉ではないのです。「清濁併せ呑む」などといいますでしょう? イメージとしては、そちらの「呑む」のほうが、よりニュアンスは近いし、何よりもワクワクするじゃないですか。

 さて、昼からの予定がぽっかり空いた過日。笹塚在住の私は都営新宿線に乗り込み、馬喰横山駅で下車、徒歩で構内を移動し、東日本橋から都営浅草線で京成立石駅へ。接続がうまくいったため、計44分の乗車、15時半には到着。時間通り。なぜなら、この到着時間というのがポイントなのです。
 また、連れはおらず、私ひとり。昼酒は断然ひとりに限るのです。気兼ねすることなく動けるし、なんなら早くに切り上げて帰るのも全然自由。本来酒呑みは自由であるべき生き物なのです。
 そこからは、迷うことなく駅横のアーケードにあるもつ焼きの名店中の名店「宇ち多“」に。先待ち列は5人。これも計算通り。まず1時の開店(最近は2時開店の場合もあり)と同時に開店前から行列していた客がなだれ込み、1回転した時間帯というのが、ちょうどこの時間なのですね。行列客のお目当である「ホネ」と呼ばれるもつ焼きの部位はもう残っていませんが、梅割り(焼酎のストレートにちょっぴりの梅エキスを垂らしたもの)を2杯半呑み、「煮込み」と「もつ焼き(一皿2本提供)」「シロタレよく焼き(注文の仕方が暗号のようですが、部位、味つけ、焼き方を指定できるのでこれほど親切な注文はないと思います)」「カシラ塩」「お新香生姜乗っけてお酢(生姜が不要な場合はその旨を伝える。お酢はオプション)」でフィニッシュ。ひとり呑みの自由を満喫(とにかく混んでいるので大勢で行くと最初は離ればなれになる可能性が高いのですが、3代目を始めお店の差配人の目が行き届いているので10分もすれば合流できる。そのあたりも「宇ち多”」マジックの真骨頂でしょうか)。1皿200円なので合計¥1050の支払い。
 さて、次の店は「宇ち多“」のはす向かい、最近は人気の行列で敬遠していた立ち食いの「栄寿司」がラッキーにも空いていたので滑り込み。ビールの小瓶を頼み、「タコの頭」や「ゲソ」、「干瓢巻きバズーカ(たっぷりのワサビ入り)」で胃を落ち着かせることに成功。こちらも ¥1000ほど。
 続いては同じアーケード内にある「丸忠」へ。ここでは私の友人が考案した「イマちゃんハイ」をオーダー。これは生トマトを潰してジントニックに合わせたオリジナル・カクテル。おでんは「ちくわぶ」と「じゃがいも×豆腐」。我ながら、全体的に、白い(笑)。関西以西では見かけない「ちくわぶ」の分布図についてはいつも議論するんですが、静岡あたりでも場所によっては微妙なので、今のところフォッサマグナ説が酒場の定説になっている。当然根拠なし。酒場の与太話なのでそれもOK。そしてその不思議な「ちくわぶ」はビールにもチューハイにも日本酒にも合うのですが、私感でいうと、あれは「からし」を食べるものなのです。「ちくわぶ」がない地域の人は一様に不思議がるものだけど、誤解を覚悟で言ってしまえば、「冷奴」が、実は薬味を楽しむもののように、あの練った小麦粉は「からし」をつまむもの、などと考える。「丸忠」では偶然目の前に酒呑み仲間が着席。日本酒(地酒やビオワインも豊富)に切り替え、「海苔のおでん」を平らげ、あくなき与太話を咲かせる頃でもまだ5時。「あの店が開店するまであと30分か。ここまでは計算通りにクローリングが進んでいるぞ」などと考えながら、お会計¥2900を済ませ、次の店へ進軍。
 駅を挟んで線路を渡ると有名な唐揚げ店「鳥房」が営業しているけど、鉄の掟「呑んでいる方はお断り」なので入店することができない。以前、しらばっくれて入った際、酔っ払っていることを咎められこっぴどく叱られた覚えあり。ルール遵守というわけで華麗にスルーし、串揚げの「100円ショップ」へ。この店の由来は串揚げが100円均一だからということで、強面のマスターがお待ちかね。「宇ち多“」もそうだけれど、下町の酒場にはいろんなルールがあります。でもそれは、店側の勝手な要求じゃなく、すべての客さんに気持ちよく、美味しく呑んでもらうためのルール。すべてはホスピタリティのために。「100円ショップ」の場合、「煙草は灰皿じゃなくて床」「ジョッキの上げ下げはしない」「指定以外の食べ方はしない」の3点。私がいつもオーダーするのは、甘辛い味つけがしっかりしている「こんにゃく」と、おつゆを存分に吸ったおでん風の「大根」、豚バラで巻かれた「生姜天」。「大根」のみは塩をかけることが許されているけど、後は「何もつけないで」を守る(うっかり2度づけ禁止のソースなどをつけようものなら……/ソースをつけたい方は玉ねぎやうずらの卵、豚串をどうぞ)。これらが生ビールやチューハイに抜群に合うのは当然ということで、ジョッキを3杯。¥1780のお会計を済ませ、出口に手をかけると、「いってらっしゃい」と送り出してくれる。「立石で呑んでるんだなぁ」という非日常感に浸り、気分も上々。心のこもった人情味あるオペレーションに身を委ねるのも下町酒場の醍醐味。

 ここからは後半戦。アーケードに戻り、目当ての「三和」に向かうも店の前には10人ぐらいだろうか、オープンを待つ列が。最後尾に加わり、「この時間ともなると〈宇ち多”〉はすでに品切れの部位が多数のはず。やはり一軒目にあそこを選んだという采配は間違っていなかった」などと思い返していると、定時に若干遅れて開店・入店。同時にハイボールを注文する(ボールといっても下町ハイボールなので焼酎がベースです)。またここも繁盛店ということで、相席は必須。この日は妙齢のカップルと同舟した。初めての来店だったようでオススメを尋ねられ、「好みにもよりますが」と前置きしつつも同じものを注文してもらうことに。私が「三和」で注文するおかずは決まっていて、「刺し盛り」と「うなぎ串」。¥500の「刺し盛り」は基本3点盛りで、旬の白身魚や中トロ、貝類など、季節によって変わる。いずれにしても¥500のボリュームではない。そして新鮮。うなぎ串は脂が存分に乗っている。一人前には十分過ぎる量で¥400。そして「カシラのほぐし(裏メニュー)」は、やはり面目躍如の風格。モツのカシラを串からほぐしてくれて、刻みネギを乗せてくれる。提供時にお好みでお酢をかける。ネギとお酢と辛子を存分に纏わせたそれは極上のおかず。ついでに「塩らっきょ」を頂き、ハイボールを3杯呑んでフィニッシュ。同席したおふたりも大変喜んでくれて、そのうえ実は友人の知り合いということがわかり意気投合。「ではもう一軒だけ」ということになり、各々がお会計を済ませ(私は¥2100ほど)、当初から想定していた餃子の名店「蘭州」に。こちらは6時開店だから、立石に降り立った3時半からこの6時過ぎというのはほぼ予定通りに進んでいる。おふたりと話していると、仕事関係でもごく近いニアミスが発覚。話を弾ませながら、ビールに「焼き餃子」と「水餃子」をオーダー。おふたりは「パクチーラーメン」も注文していた。餃子は注文が入ってから包むという念の入りよう。仄かにだが、フレッシュな小麦粉の香りが感じられる。そこが人気の秘密なんだと思う。
 最近の立石は観光気分の酔客が多いせいか、「酔っている方はお断り」の張り紙が目につくけれど、酒呑みであれば気持ちよくサクっと暖簾をくぐりたいもの。ぐずぐず大声を上げて居座るような呑み方は野暮ってもんです。「これから立石を廻る」というおふたりを残し、お礼を伝え、1500円のお会計を済ませ、今日の2時間半のクローリングは終了。計算通り7時過ぎには帰路の京成立石駅のホームに滑り込むことができた。これ以上吞んでしまうと、乗り換えた先の都営新宿線から乗り入れた京王線で寝込んでしまい、高尾山口で起こされるなんてこともあるから。そうなると「呑まれた」という状況になってしまうけれど、まぁ「酒呑み」というくらいだから、それもいいんですけどね。

 平日の昼間から吞んでいるという背徳感、無理と道理が同居するクローリングに乾杯。こんなとき、やっぱり私は「酒〈呑〉み」でよかったと思うのです。

 さて、次回後編は「酒呑みのための音楽」です。結構難題だぞー(笑)。

SIDE ORDERS :
・吉田類『酒場詩人の流儀』(2014)
・太田和彦『居酒屋百名山』(2013)
・池波正太郎『散歩のとき何か食べたくなって』(1981)
・小石原はるか『自分史上最多ごはん』(2016)

須永辰緒Tatsuo Sunaga
ソロ・ユニット「Sunaga t experience」としての活動でも知られるDJ/プロデューサー。 DJプレイでは国内47都道府県をすべて踏破。また北欧↔︎日本の音楽交流に尽力。世界各国での海外公演も多数。自身のオリジナル・アルバム5作に加え、全12作を数えるMIX CDシリーズ『World Standard』、ライフワークともいうべきJAZZコンピレーション・アルバム 『須永辰緒の夜ジャズ』も20作以上を継続。関連する作品は延べ200作を超えた。最新作は 『VEE JAYの夜ジャズ』(ビクター)、『クレイジーケンバンドのィ夜ジャズ』(UNIVERSAL SIGMA)、Sunaga t experiencec『STE』(BLUE NOTE)など。企業ブランディングや商品開発、音楽や料理などの著作も多数手がけている。www.sunaga-t.com

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