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SIDE ORDERS〜サイドオーダーズ

グラスを傾けつつ嗜みたい、酒香るエッセイにして、ヒトとヒトサラ流のカルチャー・ガイド。ミュージシャンや小説家、BARの店主や映画人。街の粋人たちに「読むヒトサラ」をお願いしました。

サイドオーダーズ18 / TEXT:やけのはら PHOTO:嗜好品LAB / 2015.11.30 Last Night A D.J. Saved My Life──やけのはら

 私の仕事は「クラブDJ」である。「クラブ」という場所で音楽をかけるのだ。
 今では、クラブという場所も多様化しており、その定義は難しい。たとえば、大きなスペースに豪華絢爛な飾りつけがあり、血気盛んでギラついた若者が夜な夜な集い、ナンパや狂乱に明け暮れる……という場所は、「クラブ」というよりも、むしろ「ディスコ」の流れにある場所であって、特定の音楽を聴きにいくというよりは、盛り場~ナイト・スポットとしての娯楽の提供がメインである。
 私が積極的に関わっているのは、音楽を聴きにきた、音楽で踊りにきた人たちを相手に、ときにはかなりマニアックな選曲で楽しんでもらえるような、音楽を中心とした場所、の、ほうのクラブである。
 とはいえ、自分が関わる方のクラブにしても、夜の場であり、お酒の場であることに違いはない。そこに水商売の成分がまったくないかといえば、そんなことはなく、やはりナイト・スポットしてのざわめきや煌めきも存在する。

 意外に感じられるかもしれないが、DJという職業は、旅芸人に近いのではないかと思う。日本中を転々と廻る弾き語りのミュージシャンにも近いかもしれない。
 街から街へ、気ままなひとり旅ともいえるのだが、お酒を浴びるように飲み、数時間の仮眠のあとに、またつぎの街へと移動するというのは、なかなかに辛い。
 土地土地の人々との交流もある。DJの時間の直前にクラブに着いて、出番が終わったら、すぐホテルに戻って……などという、ビジネスライクで失礼なこともしたくない。だから結局、お酒を飲んで、DJをして、また飲んで、少し寝て、休む間もなく、移動。そして、また飲んで……の、無限ループ。音楽はもちろん、人との交流や、お酒も好きではないとやっていけない仕事なのではないかと思う。もちろんお酒を飲まないDJというのもたくさんいるとは思うが、クラブが水商売としての場所でもある以上、多少は嗜めたほうがよいのではないだろうか。

 どこか遠方の都市に呼んでもらう場合は、イベントの前に食事会的な場がセッティングされる。食事会といっても、高級な店に行くわけではなく、ちょうどよい値段で、地元の美味しいものが食べられる店に連れて行ってもらい、音楽の話をしたり、他愛もない雑談を交わす、交流会だ。DJも、出番の前に、その土地の音楽の流行や、街の話を聞いたりすることが、どんな音楽をどうかければよいのかの貴重な情報源になる。街の大きさ、工場街か、城下町か、暖かいのか、寒いのか、内海か、外海か。そんな街の気風によって、ときに大きく、ときに微妙に、人々の音楽の好みも変わってくるのだ。
 DJは、音楽の玄人から、なんとなく遊びにきてみたという若い人たちまでを、躍らせなければならない。フロアから叫び声が上がり、週末の夜のハイライトというような熱い瞬間から、音楽的に捻りの利いた閃きのある瞬間まで、あるべき形を見極めて、夜をつくる。そのクラブごとの音響設備、集客、天候、さまざまな要素を考慮しつつ、その場に集まるお客さんたちの期待に応え、また同時に、意外性や音楽的な面白味も残したい。ミーハーなだけでも、マニアックなだけでも、押すだけでも、引くだけでも、その夜の奥へは進めない。大切なのは、その夜が、進むべき、進もうとしている方向をしっかりと認識して、適切な後押しや、軌道修正を図ること。

 面白いことに、音楽のジャンルと、そこで好まれるお酒の種類は、とても密接な関係だ。その日のお客さんが、どんなお酒をどう飲んでいるかは、その夜の行くべき道への重要なヒントである。
 若いイベントだと、とにかくビール。量で勝負。ガブガブいく。こういう場に関しては、もうノリをあわせてゆくしかない。勢い重視、楽しい空気をつくれさえすれば、躍らせることができる。
 おもに女性がオーダーする、足の細いグラスで出てくるような、シェイカーを使うカクテル。この場合はその女性がお酒を飲み慣れているか、なんとなくカクテルの名前に惹かれてオーダーしたか、の、どちらかの可能性がある。しかし、しっかりとお酒の味で勝負しているようなクラブではない場合、お酒の嗜みがあれば、味に確証のもてない複雑なカクテルは頼まないだろう。お酒を売りにしているのかどうかは、揃えている酒瓶と、店員の所作でだいたいわかる。で、結局、なんとなく頼んだというタイプのお客さんが多い場合、わかりやすい部分をきちんとつくった選曲がよいかもしれない。入り口ができれば、人によっては奥まで入ってきてくれる場合もあるだろう。
 そして、焼酎。これは自分がよく飲むお酒である。これに合う音楽は、ずばり、ハウス・ミュージック。1時間のDJ時間で、ドカンと盛り上げてというよりは(自分は、そういうDJもできますが)、2時間や3時間、ときにはひと晩をひとりで、120BPMから130BPMをキープしながら、淡々と、しかし、さまざまな景色をつくっていく。「酔ったかな」くらいのテンションをキープしつつ、宵の奥へと……。
 また違うパターンとしては、テキーラや、ドイツ産のリキュールである「イエーガーマイスター」などを、みんなで何度も乾杯するような夜。景気づけという面もありつつ、長くゆっくりというよりは、ビールと同じく瞬発力勝負。DJもわかりやすく盛り上げなければならない。朝方に酔いつぶれたお客さんが寝ていたり、倒れているのは、こんな夜。ロック的なイベントに多い飲み方かもしれない。
 で、ワイン。これは識別が難しい。ガンガン酔うためにガブガブ飲んでいる人もいれば、ゆっくりと嗜んでいる人もいる。後者はちょうどいいお酒を、ちょうどいいペースで飲んでいる人。お酒を飲み慣れている人。こういう人を踊らせる場合は、盛り上げすぎたり、ミーハーすぎたりすると、途端に飽きられてしまう。
 あとは日本酒が残っているのだが、これだけはさっぱりわからない。……と、いうのも当たり前で、私自身、日本酒だけは飲めないのである。どうしても身体に合わないようで、すぐに眠くなってしまうのだ。

 1980年代にアメリカで活動したイン・ディープというダンス・グループに、「Last Night a D.J. Saved My Life」というヒット曲がある。昨晩、DJが私を(私の心を)救ってくれた。と、いう曲だ。DJのかける曲が、誰かを救うことが出来る時もあれば、出来ない時もあるだろう。そして、勿論、「DJ」の部分は他の何かでも代用は可能だ。それはアイドルのライブかもしれないし、スポーツ観戦かもしれない。20年ぶりに読みかえした小説かもしれないし、とても美味しいお酒かもしれない。

 まだ見ぬ、まだ知らない夜の奥に向けて、今日も、何処かの街で、さまざまな種類のお酒が飲まれていく。そこには誰かのかける音楽があり、夜を彩る。お酒と音楽が、夜を奥へ、もっと奥へと、導いてゆく。 

SIDE ORDERS :
・InDeep「Last Night A D.J. Saved My Life」(1982)
・やけのはら『THIS NIGHT IS STILL YOUNG』(2010)
・やけのはら『SUNNY NEW LIFE』(2013)

やけのはらYAKENOHARA
1980年1月生まれ。DJ、ミュージシャン。2009年に七尾旅人×やけのはら名義でリリースした「Rollin' Rollin'」が話題になり、2010年には初のラップ・アルバム『THIS NIGHT IS STILL YOUNG』(felicity)をリリース。最新作は2013年リリースの『SUNNY NEW LIFE』(felicity)。雑誌「POPEYE」でのコラム連載なども。http://yakenohara.blog73.fc2.com/

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