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SIDE ORDERS〜サイドオーダーズ

グラスを傾けつつ嗜みたい、酒香るエッセイにして、ヒトとヒトサラ流のカルチャー・ガイド。ミュージシャンや小説家、BARの店主や映画人。街の粋人たちに「読むヒトサラ」をお願いしました。

サイドオーダーズ09 / TEXT:渋谷直角 / 2015.02.24 結婚式に出る男──渋谷直角

 乾杯するのは、人を祝福するときである。

 古い友人のH君から、結婚式に来てほしい、と誘われた。
 H君は昔からヒキの強い男だ。家を引っ越した矢先、イカツイ新聞の勧誘がやってきて毎日脅され、怖くて引きこもり。結局折れて新聞を取ることにし、さあ、家から出るぞ! と思った瞬間ギックリ腰になってしまう。腰がようやく良くなったと思ったら、今度は家の天井が落ちてきて、不動産屋と大ゲンカ。さらに修理の人がぜんぜん予定通りに来ない挙げ句、修理費をボッたくられ、やっと天井が直ったと思ったら今度は水道が壊れて止まらない、とか。
 そんなことをある時期、毎日ブログに鬱々とアップしていて、可哀想なんだけど「ここまで立て続けになるかね!?」とつい笑ってしまっていた。

 そんなH君の結婚式。めでたい、と思っていたのだが、僕といっしょに行く予定だった友人のGから電話があり、「ゴメン、大事なデートがあって、いけないわ」と前日に言い出した。
 え、どういうこと? と訊くと、Gは「今、すごく好きな子がいて、その子はいつも仕事で忙しくて、この日しかデートができないんだ」などという。
「いや、だからって結婚式行かない、というのは違わない?」。するとGは、
「あの子は疲れてる。俺がリフレッシュさせたいんだ」と、ピントのズレた答え。
 式は昼すぎの1~2時間なんだから、夜にデートすればいいじゃん、と言う僕に、「夜からじゃ終電まで5時間しかないだろうが! それじゃ口説けない!」と急に語気を荒げる。「酒飲むとかメシ食うとか、そんなのはデートじゃないんだ! ディズニーランドで1日楽しませたいんだ!」と、己のデート観を(聞いてもないのに)語り出すG。僕はイマイチ、納得できない。「でも、その子とのデートは一生に一度じゃないだろ? H君の式は基本、一度っきりだぜ? 明日はその子と、夜に酒とかメシでいいんじゃないの?」。(うわー、真っ当すぎること言ってるな、俺…)と思いつつも言うと、Gは焦ったように答えた。

「……あの子を、口説いてるオヤジがいるんだよ」

 その子を巡って、ライバルがいるというのだ。「酒とかメシじゃ、そいつとカブっちゃうんだよぉ~。同じことしちゃダメなんだよぉ~。俺は昼から、彼女をすっげえ楽しませてあげたいんだよぉ~」とGは泣きそうな声を出す。僕は呆れてしまった。

「……自信なさすぎるよ、オメー。それ、絶対フラれるパターンだぜ」

 僕の言葉にGはカチンと来たようで、「なんでそんなのわかるんだよ!」と怒る。

「だって、オヤジとカブるのはマズイとか、リフレッシュさせなきゃとか、弱気になって相手のご機嫌取ろうとしてるだけじゃん。そういうの、見抜かれるぜ。オヤジと違うか、楽しいかどうかはその子が判断することで、こっちは余裕持って接してなきゃ、つまんない男だな、って思われるだけだよ」

 どうですか。この、立て板に水のようなアドバイス。ぐうの音も出ないG。なぜ、ここまで言えるのか。それは自分も完全に同じ失敗をしてきたからで~す! 他人になら平気で客観視して上から目線で言えるので~す!

 ともあれ、Gは渋々納得し、H君の結婚式に出たあと、ディズニーランドのアフター6に行くことにしたようだった。そこからはGも気分を切り替え、「ようし、H君のハッピーなヴァイブスを、俺も身にまとってデートにのぞもう! きっと良いこと起こる気がする!」と前向きになった。

 そして、当日。晴れ。京王線の新宿駅でGと待ち合わせた。式は新宿から10数分の某駅、花嫁の母校であるプロテスタント・スクールの教会で行なわれる。電車に乗りこみながら、Gが言った。
「昨日さあ、ハッピーなヴァイブスを俺も身にまとって、とか言ったけどさ、よくよく考えたら、H君って悪いヒキをいっぱい引くじゃん? ……どうなんだろうな?」。ゲンをかつぐタイプのGに、僕はため息をつき、「ダメだよ。祝福する気満々でないと。そういう心からの気持ちが表情に出てきて、女の子も楽しくなっていくものさ」などと答える。そうだよな、と自分を納得させるG。

 で、駅に着いた途端、どしゃ降り。
 ふたりで、「え!? あんなに晴れてたのに!?」。一応、正装しているので、濡れてはマズイと、近くのコンビニで傘を買う。式場の教会は近かった。受付の人が式は始まったばかりだ、という。入ってみると、かなり大きい、歴史ある感じのチャーチ。

 真ん中で、牧師さんがマイクに向かってなにかを喋っている。

 ……だが、声が聞こえない。
 マイクが壊れているらしい。途中、なんどもマイクを叩いたり、人が集まっていじっている。しかし、直らないようだ。地声で喋ることに決めたらしい。だが、大きい教会なので、こちらには牧師さんがなにを喋っているのかまったくわからない。歌も、最前列の親族たちが急に歌い出したので、うしろのほうのみんなは慌てて席を立つ。横でGが、「……のっけから、こんなグダグダな……」と小声でつぶやくので、僕はヒジで注意した。

 そして、花婿であるH君が、花嫁の顔にかけられているヴェールをまくり上げるセレモニーへ。クライマックスである。牧師の前にふたりが立つ。緊張の瞬間だ。
 すると、

 救急車のサイレンが爆音で迫ってきた。

 しかも相当近場でなにかあったらしく、サイレンは爆音のまま横付け!

 そしてサイレンが鳴り続ける中、新郎新婦はバージンロードを退場! 感動的な光景のハズが、完全に「非常事態!」って感じの雰囲気になっている。そして、サイレンは鳴り止まぬまま、結婚式は終了! Gはますます不安げな顔になっていた。

 新郎新婦が戻ってきて、全員で記念撮影をすることになったが、カメラマンの人が「いきますよ~、はい、チーズ!」と言った瞬間、

 ストロボが倒れる(しかも2本とも)。
「ちょ、ちょっと待ってくださ~い! すみません!!」と謝るカメラマン。

 僕もGも呆然としていた。さすがH君のヒキ。駅に着いてから1時間で、これだけのことが連続して起こるのか。Gは泣きそうな顔で「……このあとのデート、すげえ不安だよぉ~」と言う。僕も、「えーっと……、まあ、厄落としできたと思えばいいじゃん」などと、人の結婚式でなんてことを言うんだ、という励まし方しかできなかった。
 デートに向かうGを「がんばれ! あとは上昇するだけだ!」とふたたび失礼な物言いで送り出し、僕は二次会に向かう。ここから数駅離れた場所にある、カフェが会場だ。僕も、「さすがに二次会はふつうに過ごせるだろう」と気楽に考えていた。

 だが、それは甘かった……。

 会場となるカフェもなかなか大きい店だったのだが、二次会の参加者は式よりもかなり減っている。みんな都合もあるのだろう。それは仕方ないが、店内の広さと人数のバランスが悪く、みんな離ればなれに座る感じになった。司会を任された男が、「新郎新婦は今、こちらへ向かっておりますので、しばしご歓談ください!」とアナウンスを入れる。

 そして、ただ、ひたすら、無言の2時間が過ぎたのである。

 なんだコレは、と思った。「ご歓談」といっても、ふつうはバイキング的なものとか、立食的なテーブルがあると思うのだが、基本、椅子だけ。食べ物が出てこないのだ。店員に訊くと、「新郎の意向だ」という。なんの意向だろう。ひょっとしたら、色々と予算オーバーだったのかもしれない。事前にアナウンスがあれば、なにか食べてからきたのだが、まあ祝いの席だしガマンしよう、と思い直す。もちろん飲み物は頼める。だが厨房にふたりしかおらず、ものすごくテンパっている。遠くからでも、怒声とコップの割れる音が聞こえてきて、なんだか注文するのをためらわれるのだ。

 いつ来るともしれない新郎新婦をひたすら待つだけの時間。徐々に知り合い同士が固まりだし、店内も広いので、交流も起こらない。知り合い同士もやがて喋ることがなくなり、沈黙するだけの時間が過ぎていく。(これは、なんの時間だ?)と不思議に思う。
 そうして、ようやく新郎新婦が来た。まずはH君が挨拶をする。

「えへへ……。えー、これから、奥さんを幸せにできるように、がんばります」

 それだけだった。シンプルすぎた。せめて「お待たせしました」的な言葉くらい……と思う気持ちを、必死で否定した。そして、司会の男が大声で、「では、今からスペシャル映像を流したいと思います! みなさん、壁のスクリーンにご注目ください!」と盛り上げようとする。店内が暗くなる。

 画面に、東京の夜景。次に、90年代の浅野温子っぽい格好をした新婦が映る。会場から小さな笑いが起きた。そして、武田鉄矢のコスプレをしたH君の顔のアップ。どうやら、「101回目のプロポーズ」のパロディ映像のようだ。

 そして、H君の顔のアップのまま、画面がフリーズした。

 DVDが故障したらしい。司会が「すみません! しばしご歓談ください!」。店内が明るくなる。司会がしばらくDVDプレーヤーをいじっていたが、どうにも動かない。H君に「もう、これはあきらめたほうが…」と言うも、H君は「せっかく撮ったのだから、流したい!」と言う。そこから30分。結局、司会がDVDプレーヤーを新たに買ってきて、流すことになった。

 映像終了後、これで何度めかの「しばしご歓談ください!」。そして、巨大なケーキが登場した。新郎新婦の顔がイラストで描かれた、豪華なケーキである。みんなが「すごーい!」と声を上げ、拍手が起きる。なにせ、こっちはなにも食べていない。ようやく食べ物にありつける。そうか、これが「新郎の意向」だったのかも? 初めて、この会場のボルテージが上がった瞬間だった。

 すると、司会とH君がなにやら話している。司会が「ええっ!?」と驚いて、あきらめたような顔をして、全員に向けて言った。

「えー……、新郎がですね、あまりのクオリティーのため、食べるのがもったいない、ということなので、このケーキは写メの撮影のみ、とさせていただきます! これでパーティは終わりです! ありがとうございました~!」

 その場の全員が戦慄した。急転直下の結末。隣にいた女性が「こんなパーティ、初めて……」と思わずつぶやいて、僕は爆笑してしまった。すごい、すごいよH君。この数時間、驚きっぱなし。最初から最後まで忘れられないパーティになった。僕はカフェを出て、急いでGに電話する。「おいG! さらにヤバかったぞ、二次会! もうさあ……」と言うと、Gは暗い声で、

「フラれちゃった……」

 ……「幸せ」って一体なんだろう? 1杯のアルコールに、それを感じる人もいる。PCのモニターに並べられた数列に、それを感じる科学者もいる。H君はこの日、最後まで幸せそうな顔をしていた。そして僕は、こういった出来事に遭遇するとなにより幸せな気持ちになるのだ。
 失恋の傷は、過ぎ去る時間と共に甘美な思い出に変わっていく。ワインが熟成し、風味や香りが変わっていくように。

 ……Gに乾杯!(結局そっち!?)。

SIDE ORDERS :
・ 渋谷直角『直角主義』(2011)

渋谷直角Chokkaku Shibuya
1975年東京生まれ。ライター/まんが。こんなような話がいっぱい詰まっているコラム集『直角主義』(新書館)が発売中。新刊コミックス『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』がまもなくドロップ予定です(ホントホント!)。読み物サイト「こフイナム」もやっています⇒co.houyhnhnm.jp 公式ページはwww.shibuyachokkaku.com

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