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ヒトトヒトサラ

あの店のヒトサラ。
ヒトサラをつくったヒト。
ヒトを支えるヒトビト。
食にまつわるドラマを伝える、味の楽園探訪紀。

ヒトトヒトサラ34 / TEXT+PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:山口洋佑 2016.05.27 新潟県立海洋高等学校「生物資源研究部」の「最後の一滴」

出会いは某鮮魚店でのことだった。晩酌のため買い出しに出向いたその店の陳列棚に、キラキラと輝く褐色の小瓶を見つけたのだった。その名を「最後の一滴」。自宅に持ち帰りさっそく味を見てみると、鼻腔の奥にまで鮮烈な興奮が駆け抜ける。調味料の分類としては「魚醤」にあたるものだが、ここまで日本人の舌にしっくりとくるものには出会ったことがなかった。
それもそのはず、原材料は日本アルプスの北端を産卵のために泳ぎ切った、「鮭」である。古くから日本の食卓を支えてきたこの魚の地力をそのままに濃縮しているのだから、我々の舌に、料理に、フィットしないわけがないのであった。
そして驚くべきは、この商品を現役高校生たちが「部活」で製造/ボトリングしているということ。
取材を快諾してくださったのは、新潟県立海洋高等学校の教員であり、商品開発を束ねる部活動「生物資源研究部」の顧問である松本将史先生。糸魚川の雄大な自然へと、たくさんの疑問と興味を抱えて遠征してきました。

現役高校生が「部活」で製造販売。「かつては〈ブラック企業〉の噂が立ったこともありました(笑)」

 うちの学校は新潟県唯一の水産海洋高校で、卒業後は商船や漁船に乗る生徒や養殖関連の仕事に就く生徒、また、食品製造や防波堤を設置したりする海洋土木関連の企業に進む生徒たちがいます。入学するときは全員が水産科で、2年生からそれぞれの進路に散らばっていくんです。これから会ってもらう生徒たちはわたしが顧問をしている部活「生物資源研究部」の生徒たちで、さまざまなコースの生徒が集まっています。僕は彼らといっしょに、地元の水産資源を使った商品を開発して、製造販売するということをしているんですね。

弁天岩にほど近い能生の高台に位置する新潟県立海洋高等学校への通学路/正門。校訓は「質実剛健」「進取力行」、そして「水産報国」だ。
松本将史先生。

 そんな活動の中で目をつけたのが、鮭の利用です。鮭は学校の近くを流れる能生川で年間1万尾ほど獲られているんですが、そのほとんどが魚卵(イクラ)への需要なのでロスが多い。かつては産廃業者に引き取られるところを見たこともあって、なんとか生徒たちの研究活動で有効活用ができないかと考えたんですね。
 そもそも糸魚川というのは鮭の味が深く根づいた土地ではないんです。種苗放流事業によって鮭が多く回帰し始めたのが昭和50年代の後半以降で、県北の村上などとは違って鮭を食べる文化がない。「緑のたぬき」ってカップ麺がありますよね。あれって出汁の味を西と東で変えているみたいなんですけど、ここ糸魚川ではそのどちらもが混ざって売られている。こういった事実にも象徴されるように、この土地は関西の風土も入った中間的な文化圏で、鮭より鰤(ぶり)のほうがよく食べられているんです。
 実は僕らの事業規模でも、能生川の鮭の半分も活用していない。だからこのまま「最後の一滴」の販売量が伸びていったとしても、鮭が戻ってくる限り、原料は確保できるんですよ。

 つまりは水産高校ならではの着眼点と、地元食材への想い。そこに生徒たちの好奇心が加わり誕生したのが、「最後の一滴」。現在では月間2000本をコンスタントに売り上げるようになり、その味を全国区へと広めつつある。

道の駅に陳列された「最後の一滴」。手前はポン酢としてアレンジされた「うおぽん」(実は魚醤ドレッシングをつくろうとした際の失敗から生まれたものなのだとか)。また、今年の夏休みには、同じく「最後の一滴」をベースにした「濃縮めんつゆ」への取り組みの控えているとのこと。
鮭を手にどすこいっ! 「すもう君サーモン」

「最後の一滴」にはバックボーンがあるんです。この商品ができる前に開発に取り組んだのが、いわゆる「鮭とば」である「すもう君サーモン」。このネーミングは「スモークサーモン」のモジりですね(笑)。うちの学校の相撲部は全国優勝の経歴があるぐらいに強いんですが、相撲部の生徒たちは長期航海がある学科を選んでしまうと大会への出場や稽古ができなくなってしまうので、食品科学コースを選択することがほとんどで、食品開発に関わる生徒たちと仲がいいんです。
 ただ、「すもう君サーモン」をつくるためには、身に傷のない、一定のサイズを満たした鮭が必要になってくる。そこから「なんとかすべての鮭を利用できないか、だったら魚醤にするのはどうだろう」という発想に至ったんですね。
「生物資源研究部」の部員は6人なので、やることは山積みです。いろんなことをこなしているうちに夜の8時ぐらいまでかかってしまうこともあって、県外から入学して寮生活をしている生徒なんかは、夕飯を時間外で食べることになる。それを見たほかの生徒たちから、「あそこは部活を隠れ蓑にしたブラック企業だ。子どもを使って金を儲けている!」なんて噂が立ったこともありました(笑)。
 でも、僕は生徒たちによく話すんです。たとえば野球の名門校なんて、球が見えなくなるまで練習するのは当たり前で、授業の前にも朝練があったりするじゃないですか。それに比べればうちの部活は厳しいことなんてなにもない。うちの学校は1学年2クラスしかないので、チーム競技としての部活というのが成立しにくいという事情もあって、遅くまで部活に励む仲間が少ないんでしょうね。多少大変でも、そういう体験をしないと見えてこない景色があることを、どこかで気づいて欲しいと思っています。

座学の様子。黒板には「資源増殖→養殖→対象生物の一生を管理する」の文字が。
体育の授業の様子。

 東京や兵庫には「キッザニア」という子どもたちが未来の職業を疑似体験するアミューズメント施設があり、取材前は、たとえばそこに「大人たち」が加担したものだと考えていた。しかし「最後の一滴」は、あくまで「自主的な部活動の成果」というスタンスを保ちながら、「FOOD ACTION NIPPON(日本の食料自給率を高めるために農林水産省が立ち上げたアワード)」の審査委員特別賞までを受賞している。この活況はどんな経緯から生まれたものなのだろうか。

英語の授業を担当するジャーナ先生も「最後の一滴」の愛用者。「ベジタリアンの夫もすごく喜んでいます。オーブンで蒸した魚にかけたり、お豆腐にかけたり。この調味料は万能なんですよ!」。彼女は松本先生の英会話教師でもある。

 僕らにとって大きな転換期となったのは、2015年の4月なんです。糸魚川市の水産資源活用産学官連携事業の補助金をいただいて、学校と、同窓会である一般社団法人能水会が協力することで「シーフードカンパニー能水商店」(以下能水商店)という事業所を立ち上げることになったんですね。それまでは生徒たちが新しい商品を開発しても、その加工や販売は地元の企業さんにお願いしていたんです。とくに販売という最後の取り組みを外部に出してしまうと、「人に喜ばれる商品をつくっている」という実感は湧きませんよね。やっぱり生徒たちには「ものづくり」の喜びを直接感じられる体験をさせてあげたかったし、自分自身も「つくって終わり」という従来の学習活動の枠を超える取り組みがしたかった。「模擬株式会社」というレベルを超えて、生徒たちの活動が学校の魅力化や地域振興へとダイナミックに繋がっていくような新しい試みが、常に定員割れしていたこの学校には必要だと思ったんです。
 能水商店のモデルになったのは、三重県の高校生レストラン「まごの店」(三重県多気郡多気町が発足させた施設/レストラン。運営は三重県立相可高等学校の高校生たち)ですね。学校の外に施設をつくって、そこで生徒が働きながら実習するという仕組みは、自分たちが知る限りそこだけでした。糸魚川市の職員や商工会議所の経営指導員といっしょに視察旅行に行ったのが、この事業の始まりなんです。本当に地元のみなさまには感謝しています。

 一般的な高校生と同じく、1~6限目までは座学に勤しむ生徒たちの部活動までにはまだ時間がある。校内の施設やその周辺を案内してもらいながら、松本先生に続けてもらった。

 能水商店の売上は、次なる商品開発のために必要な機材を買ったり、商談会に出店するときの経費や生徒旅費などに充てたりしています。もうすぐうちの相撲部がスイスのダボスで開催される「ジャパンアニマンガナイト」というイベントに招かれて「SUMO」の紹介をすることになっているんですけど、そこに生物資源研究部もついていって、ヨーロッパでの魚醤のニーズの把握を目的に地元のレストランの市場調査をしたりもします。「日本の学校? 海洋高校ってなに?」という人たちにどのように伝わるのかが楽しみですね。高校生が自分たちで開発したものを、自分たちで売るために海外へ、というのは全国レベルでも事例がないことだと思うので。

実習船「くびき」での小型船舶実習。もちろん取材班も救命胴衣を着用!

 ただ、生徒たちには、大人が期待するほど「急に目が変わってきた!」みたいなドラマチックな変化というのはないんですよね。そのあたりはやはり一般的な高校生だと思います。ただ、人前で自信を持って話をする力なんかはどんどんついていっていると思いますけどね。

栽培漁業実習棟での昆布干し実習。ここまでに育ち、冷たい水をまとった昆布はとても重い。
海洋土木の実習に使われるプール。最深部は10メートルあり、機動隊の訓練のため解放することもあるのだそう。
生徒たちが座学に励む中、名産ベニズワイガニを始めとする豊富な海の恵みが並ぶ「道の駅マリンドリーム能生」を観光。写真左下は「最後の一滴」を使用した「イカの魚醤漬け一夜干し」。右下は養殖昆布を練り込んだアイスクリーム。しっかりとした昆布の存在感が甘さを引き立てる。美味!

インタヴュアー泣かせの学級崩壊?しかし部活は真剣そのもの!

 そんな話をしながら校舎に戻ってきた我々を、♩ド~ミ~レ~ソ~のチャイムが出迎える。いよいよここからは生徒たちの肉声を聞く時間だ。美術室に集まってくれたのは、もちろん「生物資源研究部」の6名。しかし初めて教壇に立つ取材班の不慣れを見透かすように、福島くんと今井くんの名物コンビがとりとめのない雑談を始めてしまい……。

生物資源研究部6人衆! 今回の取材(というか雑談)に加わってくれたのは後列の3名、(左から)三澤甲斐くん、今井楓人くん、福島柊介くん。
福島くん(海洋生産コース3年生)
「将来の夢は自宅警備員ですね(苦笑)。〈最後の一滴〉のレシピ……でも、ここでなにか話したらそれ以外はビミョーってことになるので、ここは〈なんでも〉とだけ言っておきます」
今井くん(資源育成コース2年生)
「〈最後の一滴〉は〈卵納豆〉におすすめ! 納豆をグチャグチャにして生卵を入れてグチャグチャにして〈最後の一滴〉を入れてグチャグチャにしたものをごはんにかけてグチャグチャにする! ちょっとお酢を入れるのも好きです」
三澤くん(海洋生産コース3年生)
「趣味は竹細工です。成人したら月に1回、美味しい日本酒をお気に入りの杯(さかずき)で飲むみたいなことをしてみたいですね。〈最後の一滴〉は天ぷらの衣に混ぜて使うのもいいですよ。茶色く香ばしく揚がって、魚醤のクセに敏感な人でも絶対に食べられると思います」

福島くん あんまりふだんはいっしょに遊んだりしないよな。
今井くん 電車で30分! いつでもウェルカムだよ!
福島くん 30分あったらなにができると思ってんだよ。ゲームやってたいよ。俺、ゲームにしか興味ないんで。
今井くん どうせギャルゲーでしょ?  女の子とお話するゲーム(笑)。
福島くん 正式には「恋愛シミュレーション・ゲーム」な。でも、本当に好きなのはRPGと音ゲー。
今井くん 俺はゲームよりも本が好きだな。福沢諭吉は尊敬してる。学問の……すすめだっけ?
福島くん ボロが出るからやめとけよ。本当はライトノベルだろ?  ひとつ質問なんだけど、お前って漢字読めるの?
今井くん 読めるよ!  俺は書けないだけ。「唐辛子」って書こうと思って「唐辛」は書けたんだけど「子」が書けなかった(笑)。
福島くん 「魔」と「邪」とか「闇」はすぐ覚えるのにな。つーか、これインタヴューなんでしょ?  まぁ、俺たちの傷口をエグられない程度に答えようじゃないか。

 青い! 青すぎる! 彼らはまさに「青い春」を生きる高校生そのものだ。

──(無駄だとわかりつつ)「自分たちで商品を売るのは楽しい?」

福島くん 東京はよかったよな。三澤の実家に泊めてもらったんだけど、夜に買い物にいこうとしたらこいつが超ビビってて。
今井くん 7時以降は全然出歩かないから怖かったんだよ~!
福島くん 海洋のジャージのまま外に出ようとするしな。
今井くん それは言うなって! 親に服のチョイスを頼んだら、「これがいいよ」ってジーパンにジーパン素材のジャケットみたいなの渡されて。みんなの買い物に集まったとき、自分でもやっぱり無理だなって。
福島くん あれでよく部屋を出てこれたと思うよ。

──(もう諦めて)「先生の悪口とかないの?」

福島くん 先生に限定せず、人類すべてに恐怖と絶望を! 死よりも辛く苦しい暴虐で理不尽な世界へと!
今井くん 出た!  哲学者!  この人、超ヒネくれてるんですよ。
福島くん まぁ、俺たちの生きているこの空間そのものが、すでに暴虐で理不尽な世界なんだけどな。

 やはり青い! 青すぎる! その青さは「本当にこんな子たちがあの味を自力でつくり上げているのだろうか」と不安になるほどだ。しかし作業エリアに移動し、衛生キャップをかぶった彼らの動きはキビキビと無駄がなく、真剣な面持ちでそれぞれの役割に向き合っている。さきほどまでは口数の少なかった部長の三澤くんが「さっきはすみません。福島と今井がつるむともう大変で」と笑いながら、製造工程を説明してくれた。

 まずは前部屋で手洗い消毒をして、作業着と長靴に着替えます。鮭は能生川で獲れたものを細かくミンチにしたもので、そこに塩や醤油麹を混ぜて、10日間発酵させます。そこから2ヶ月間をタンクで寝かせて、濾布で圧搾します。そこから火入れをして、さらにそれを濾過したものを瓶詰めにして出荷します。簡単に説明するとこんな感じですね。

今井くんがカメラに気づいて最高の笑顔!
迫力の大釜。ここで95度/5分間の火入れが行われる。

 この仕込みの工程は、十数年前に新潟県の水産試験場が開発した製法を応用したものなんですけど、原料に使用する鮭の部位や塩の分量というのは自分たちで決めていきました。最初は肉だけ、つぎは肉プラス内蔵、結果的には頭まで入れたほうがコクがあるものができることがわかって、だんだんと今の味になっていったんです。……といっても「最後の一滴」の開発は僕らの先輩が2011年に始めたもので、初めてボトルに詰めたのはまだ2年ぐらい前のことです。あの頃はなかなか透明感を出すことができなくて、瓶の底に沈殿物が溜まってましたね。今よりもワイルドな風味でした。

塩分濃度は20%。そのほか水道水の残留塩素など細かな数値にも、細心の配慮がなされていた。

 商工会議所の経営指導員さんから助言をもらいながら、ラベルのデザインも自分たちで頑張りました。これからは海外展開も視野に入れて、ハラール認証のための英語表記を追加したりもしなくちゃいけないので大変ですね。

写真右は初代「最後の一滴」のデザイン。

 僕がこの部活に入ったのはたまたまです。最初はダイビング部がいいと思っていたんですけど、冬場に走っているのを見て、喘息持ちの自分には無理かなぁと。それで「最後の一滴」をつくっているところを見学しに行ったら、そのまま入部することになったんです。そこからは2年生の4月に工場が建つなどめまぐるしい展開の連続でした。1年生のときは「今月は200本も売れたね」と喜んで話していたのが、1年後には10倍になったんです。この部活のおかげで自分がこれまで知らなかった知識とか、人前に出て喋る度胸とかを身につけられたのはすごくよかったです。僕の場合、もしこの部に入っていなかったら、なんの特徴もない高校生活になっていたと思うので。

やっぱり料理も食べておきたい!急遽、福島くんの自宅に押しかけることに

 生徒たちの「部活」は熱を帯びていき、取材も邪魔になり始めた。作業エリアに立ち込める独特の香りを嗅いでいるうちに、巨大な空腹にも気づく。しかしこの空腹こそが取材に新展開を呼び込んだ。「できれば料理の写真も載せたかったなぁ」という取材班の独り言をきっかけに、福島くんのお宅にお邪魔できることになったのだ。これぞ僥倖。まさに『ウチくる!?』。その土地の家庭料理を食べるほどの幸せもなし。地元の食卓に使われた「最後の一滴」が味わえるのだ!
 というわけで、以下は学校から車で40分、上越市は妙高でのリアルな晩餐である。

お母さん 急にくるなんて言うから困るわよ。写真も撮るんですか?  わたしのは本当に適当料理だから恥ずかしいですよ(笑)。ろくな取り皿もなくてスミマセン。
福島くん いいから早くつくってよ。ハラ減ってんだよ~。

お母さん おばあちゃんが近所からもらってきている野菜があるので、肉じゃがと野菜炒めをやってます。あとはうちの茶碗蒸しですね。といっても具はワカメしか入ってないんですけどね。

お父さん この茶碗蒸しにも「最後の一滴」がいいんだよね。本当に美味しくてうちの定番になってます。本当は鶏肉とか銀杏なんかがいろいろ入ると思うんですけど、このほうがシンプルに出汁の美味しさを味わえるかなって。
お母さん 野菜炒めにも肉じゃがにももちろん使ってますよ。「最後の一滴」っていうぐらいだから最後に加えるようにしているんですけど、それで本当に味が変わるんです。煮物も炒め物もワンランクUP! よしっ! みたいな(笑)。

──あ、サラダのドレッシングにも使われるんですね!

お母さん オリーブオイルとレモン汁を混ぜたものに垂らしてますね。お父さん、味見して。大丈夫かな?
お父さん 美味しいよ~。

お母さん あとはマヨネーズと混ぜて、地元の山菜につけて食べたりもします。このあたりはたくさん「こごみ」が採れるので、ぜひお土産に持っていってください。

──遠慮なくいただきます!

お母さん じゃあ食べましょう!
福島くん 箸がないよ。

──どのお皿も本当に美味しいです! この茶碗蒸しはぜひ真似してみたいですね。サラダのドレッシングもさっぱりしていてすごくいい。とくにトマトには合いますね!

松本先生 地元のフランス料理店でも、こうしてドレッシングにしているところがあるんですよ。

──先生も自宅で使いますか?

松本先生 もちろん使ってます。異物検査で商品にならなかったボトルはメニュー開発用にみんなで持って帰りますから、台所に常備されている状態で、すっかり大豆の醤油は使わなくなりましたね。いったんこの味に慣れてしまうと普通の醤油が強すぎるように思えてきます。刺身のつけ醤油として使うと、大豆醤油より素材の風味を活かすことができますし、まさに脇役となる調味料ですね。地元では、一升の酢飯を炊くのにひとさじを加えるという繊細なことをしているお寿司屋さんもありますね。
お母さん 今日の炊き込みご飯に使ってますよ。
福島くん 味がうすいよ。
お母さん 白ごはんと比べれば違うでしょうが!
福島くん 全然味しないって。
お母さん いつもより品数が多いんだからいいの!

夜空に浮かんだ糸魚川の未来。「能水商店の東京出店」とは?

「本当にごちそうさまでした!」と福島家に別れを告げ、今度こそ取材は大団円。ふたたび松本先生の車にて、上越妙高駅へと急ぐ。だんだんと暗くなる空。流れて線になる信号の明かり。心地よいエンジン音の奥で、松本先生が真摯な本音を語ってくれた。

 もともとは理科の教員を志望していたんです。水産というのは必ずしも第一志望ではなかった。でも、今となってはこの学校の仕事に就けたのは本当によかったと思っています。というのも、新潟県内に水産海洋高校はここしかないので、教員につきものの異動というものがないんですよ。だからこそ、この土地に骨をうずめるつもりでいろんな取り組みができているんです。たとえば農業科や工業科の教員はいずれ異動しなければいけません。彼らがもし「最後の一滴」のようなプロジェクトを立ち上げたとしても、その人が異動したのちに誰が引き継ぐのかという話になって、せっかくのアイデアも立ち消えになってしまうことが多いみたいなんです。

 いずれにしても、この事業の根幹は基幹商品である「最後の一滴」が売れ続けることです。昨年度は単純な話題性で売れていただけかもしれません。品質管理とマーケティングについては、まだまだ改善すべきことがたくさんあります。これからは、実習施設の枠を超えて、企業としてのかたちを整えていかなければならないと思ってます。「最後の一滴」を教材に本校で学んだ生徒たちが、いずれは能水商店の従業員になり、ゆくゆくは企業として独立させていくことができたら素晴らしいですね。同時に鮭の資源増殖も支援する事業ができたら、生産から販売まで、一貫した展開をする水産加工会社になれると思います。
 ここからはさらに勝手な妄想ですけど、近畿大学水産研究所のように、魚醤で味つけしたメニューを提供する能水商店の飲食店を東京に出してみたいですね。売れるかどうかはべつですが(笑)。

「最後の一滴」は、「最初の一歩」でもあるということ。単なる調味料を超えた、大きな希望と可能性がこの小瓶には託されている。

 地方都市の例に洩れず、糸魚川市の人口は減り続けますので、本校の活況をどのように維持するかは考えておかなくてはいけません。もしも能水商店の東京出店が実現できたら、つねに本校の話題が関東圏に流布されるわけですから、日本海側の水産海洋高校の拠点校としての地位が確立するかもしれません。それによって、水産資源の有効利用と、特色ある教育が学校と地域の活況を維持するという、人がマネできないしくみをつくってしまう。その種をつくるもつくらないも、これからのがんばりしだいですね。はい、また明日もがんばりますよ(笑)。

新潟県立海洋高等学校 東新潟県糸魚川市大字能生3040
025-566-3155
「最後の一滴」の通信販売/取扱店舗の情報は以下まで
www.nousui-shop.com

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