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出禁のマナー

BARのマスターが指南する、逆マナー教室。
深夜の街にはびこる愛すべき酔っぱらいたち。
彼らへの愛憎〜まさかのエピソードから学びたい、
僕らのグラスの角度と去り際。

出禁のマナー04 / TTEXT:小林のびる PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:かわらいポメット / 2015.11.30 東中野「BAR バレンタイン」

誰が呼んだか「東中野の暴力BAR」! 中央線ホームからも確認可能な奈落のオーラ! 今回の舞台である「BAR バレンタイン」は、映画、プロレス、パンクを3本柱としたアグレッシヴなデザインにて熱狂的なファンの多いTシャツ・ブランド「ハードコアチョコレート」の代表であるMUNE氏が、自身の理想を詰め込みオープンさせた店だ。
壁を埋める膨大な量のDVD。インテリアというには殺傷能力の高すぎるモノホンの凶器。こんな空間に集うのは、やはり映画『時計じかけのオレンジ』なさがらの無法者集団なのか……繰り広げられるは『フロム・ダスク・ティル・ドーン』クラスの血の惨劇か……と、怖いもの見たさに悪寒が走る。
しかし我々を迎えてくれたMUNE氏の語り口は、思いのほかに優しくて──

有刺鉄線バットで出禁を一掃!?「そんなのこっちが営業停止になっちゃいますよ」

MUNEさん。「この店はまだ1年半ぐらいですね。東中野には「ムーンロード」という古い飲食店街があって、自分も最初の4年は別の建物で営業してたんですけど、そこが立ち退きにあって、こっちに移ってきたんです。しっかりと交渉させてもらったので、店は倍ぐらい広くなったのに、損はしていない。さらなる野望はもう1回立ち退きにあうことかな(笑)」

 みんな最初は恐るおそる入ってくるんですよ。でも、最初に言っときますけど、うちは流血沙汰なんて一度もないですからね。「暴力BAR」っていうのも、常連さんがふざけて言ってるだけ。並んでるDVDも貼ってあるポスターも、言ってみれば全部が「暴力関係」だし、いろんな武器をオブジェがわりに飾ってあるものだから、お客さんも面白がってそういう写真ばかりをネットにあげちゃうんですよ。だから店名で検索すると物騒な写真しか出てこない(笑)。(有刺鉄線が巻かれたバットを手にとって)こういうのは完全に自分の趣味で集めたもので、全部が本物。お好み焼き屋がよくやるような「エセ昭和」のイミテーションではないから、もしこれで出禁客を追い出そうものならこっちが営業停止になっちゃう(笑)。内装費がかからない私物として、ここに置いてあるだけなんですよ。
 こんな店だから、当然女性よりも男ウケのいい店になりますね。客層は圧倒的に30~40代が多いかな。みんな「友だちの家に遊びにきたみたい」とか「部室っぽい」なんて喜んでくれますよ。(壁一面のDVDを見渡して)あとは、映画が好きで好きでしょうがないんだけど、なかなか人とそういう話をする機会がない、みたいな若いお客さんも多いですね。最初は「そんなに詳しくないんですけど……」なんて遠慮してるんだけど、好きな映画を訊くとものすごいマニアックな作品を並べてきて、「いやいやそれ全然詳しいから!」って(笑)。そういうことをきっかけに、お客さん同士も自然に盛り上がる。ウチはそんな店なんですよ。

映画好きには天国のような空間。大量のポスターやDVD、関連グッズが雪崩のように襲いかかる。

人気Tシャツ・ブランド社長は仮の姿?「最初からこのBARがゴールでした」

「バイトは日替わりです。今日のりょうこちゃんは最年少。21歳の女子大生にして本気の映画好きで、『したまちコメディ映画祭』というイベントの実行委員をしていたのをきっかけに知り合ったんです。男はプロレスラーの卵がひとり。うちの話題は濃いんですよ」 「DJイベントは頻繁にやってます。下は床屋と不動産屋、上は屋上だから、夜はかなりデカい音が出せるんです。僕は芸人の友だちも多かったりするので、たまにお笑いイベントも開いてますね。ハリウッドザコシショウとか、米粒写経の居島一平なんかが、10人くらいのお客さんの前でも渾身のネタを披露してくれますよ」

 自分がTシャツ屋(ハードコアチョコレート)を始めたのも、このBARをやるための資金稼ぎ。最初からこっちがゴールでした。当時はいろいろと将来を摸索していて、たまたまTシャツをつくってみたら周囲の反応がよかったので、「これならゆくゆくは理想のBARができるかもしれない」と本気で取り組んでみたんです。当時は無謀な賭けだと思ったけど、いつのまにかコアチョコ(ハードコアチョコレート)は会社組織になっちゃって、どっちが本業なんだかって話で。お陰さまで、コアチョコのファンの人もよく来てくれます。遠い人は北海道とか大阪から「このBARで飲みたかったんです」と遠征してくれる人もいて、うれしいですよね。あとは外人さん。怪しい匂いを感じ取るのか、フラッと入ってきてくれたりしますね。
 もともとのBAR願望ですか? それは親父の影響ですね。飲食関係の家庭で育ったもんで、僕も高校を卒業してすぐに寿司屋に入って、8年間は板前をやってました。飲食って大変なことも多いですけど、自分には学(がく)もないし、「これしかないだろ」ぐらいの覚悟でね。だから仕事としてしっくりくるのもBARのほうで、基本、酒を飲みながらお客さんと喋ってるのが好きなんですよ。Tシャツの場合、デザインにしろ販売戦略にしろ在庫管理にしろ、いろいろ考えなくちゃいけないことが多いけど、ここなら酔っ払いの相手をしていればいい。そこにリスクがまったくないってわけじゃあないですけど、そもそもこっちも酔っ払いだからね(笑)。

インスタント麺や缶詰を持ち寄っての食べ比べなど、飲食系の企画も人気。

「貸切なんで」これは便利な言葉ですよ

カウンターの防護壁(?)のように並べられた一升瓶。人気は宮崎の麦焼酎「惡(あく)」やスパイシーなリキュール「ドラキュラズ ブラッド」だそう。徹底してます!

 あ、出禁客の話ですよね。やっぱり面倒なのは、酒が自分に勢いをつけるための薬であったり、他人に話しかけるための手段になってしまってる人ですかね。この界隈の店を軒並み出禁になってるタチの悪い酔っ払いがウチに入ってきたことがあって、すぐに常連さんが「あの人危険だよ」と耳打ちしてくれたんですけど、ただ、こっちも悪い噂をそのまま鵜呑みにするほど弱くもないんで、最初から出禁にするなんてことはしたくなかったんです。でもね、やっぱりダメだった(笑)。ウイスキーのストレートをチェイサーもなしに駆けつけ3杯も飲み干して、ベロベロに悪酔いして、誰それ構わず暴言を吐いてね。そうすることで、自分のアイデンティティを保ってるんだろうな……。さすがにこんなに優しい僕でも(笑)出禁にせざるをえなかった。でも、酔ってて覚えてないんでしょうね。その後も懲りずに2回、3回と来てしまうので、そのたびに追い払ってます。「貸切なんで」というのは便利な言葉ですよ。波風が立たないし、無駄にゴネられることもないんで。
 あとはひとり、有名な女性の出禁客というのもいてね、狩人の目をしたSEX中毒の……、いや、これはさすがに喋れないかな(笑)。

男子の夢と願望が詰まったピンクの間(ま)。男性客は口を揃えて「ここのトイレは最高!」と語る。

にわかパンクス VS. REALアキバ系。「コアチョコ」人気が生んでしまった出禁とは?

この夜カウンターに居合わせたお客さんがプロデュースするという催眠術指南イベントのフライヤー。クリスマス前に気になるあの娘をモノにしよう! その名も「すきすき☆催眠」! 名物の「煮込み」は専門店顔負けの味わい。「こう見えても元板前ですから、本当はもっとバンバン料理したいんだけど、BARってやっぱりメシ食ってから飲みにきてもらう場所だからね。我慢してます(笑)」

 コアチョコの人気が生んでしまった出禁というのもあります。最近はアニメや特撮をモチーフにしたものもデザインしているので、それにともなって、その方面の知り合いも増えるじゃないですか。以前、アキバ系のお客さんたちとこのカウンターで盛り上がってたら、見るからにパンク系のお客さんたちが入ってきたんです。たぶん30代ぐらいの奴らで、もちろんアキバ系とは水と油。ちょうど店ではパンクがかかってたから、そいつらは「あぁ~この曲最高だな~」みたいに、わざと周りに聞こえるようにアピールし始めて──まぁ、そのぐらいならかわいいもんですけど──だんだんと「お前らこの曲知ってんのか?」みたいにアキバ系に絡み始めた。僕は「相手にしなくていいから」と目配せしたし、そのお客さんも「いや、知らないですね」と大人な対応をとってくれていて、でもついには「お前はダメだ!」って、お客さんのグラスに唾を吐いたんですよ。もちろんすぐにつまみ出しました。ダメなのは圧倒的にパンクスのほうですよね。音楽にしても映画にしても、興味がなかったら知らないのは当たり前。そこを理解した上で新しいものに出会えるというのがこの店の売りなのに、要はこの店をパンクスの溜まり場みたいに錯覚して、誰に頼まれたわけでもないのに去勢を張ってる。ノリとしては転校初日にナメなられないようにしているヤンキーみたいなもんですよね(笑)。
 それ以来、席順のハンドリングというのは余計に意識するようになりました。席をひとつ間違ったがために、その夜が地獄のような時間になってしまうことを思うと、慎重にならざるをえない。だからうちは席替えもありますよ。お客さんのパーソナルな情報を少しでもインプットしておいて、10分でもつまらなそうにしてたら、席替えを勧める。ムリヤリでも勧める。すると店全体の空気が変わって、急に話が回り出したりするんです。こういうのはBARをやってみて初めて気づけたことですね。

 やっぱりうちは趣味性の強い店だからこそ、お客さんはここでの時間を大切に思ってくれてると思うんです。そういうお客さんのお酒であったり、一期一会が、ひとりのマナー違反がいることで台無しになってしまうことが許せないんですよ。それはもちろん店のためでもあって、なぜなら「嫌な客がいた店」という一夜のアクシデントが「もう2度と行きたくない店」という評価として定着してしまうというのは、経営者として悔しいじゃないですか。だからこそ、BARで働く人間は責任をもってお客さんを見極めていかなきゃいけないと思います。
 だって僕がこのカウンターに立ってるってことは、他の店を飲み歩けない僕がいるってこと(笑)。「自分は外に出れないから部屋まで遊びにきてよ」って心境でもあるわけです。とくにウチなんて毎晩自宅を開放しているようなものなので、ヘンな来客には「出てけコノヤロー!」と叫んだっていいわけ。「うちのホーム・パーティーには呼んでねぇよ!」ってね。

バレンタイン 東京都中野区東中野4-2-1
電話:03-5330-8336
営業時間:20:00~28:00(火~土曜日)/
20:00~28:00(日曜日)
定休日:月曜日

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